二つの式辞考

セミたちの気がふれたような大合唱、赤い百日紅の花が窓の外に見えます。
行く夏の午後、全国戦没者追悼式での二つの式辞について、考えます。

天皇は、こう述べています。

「ここに過去を顧み、深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」


(*1)

先の大東亜戦争(開戦時の正式呼称、戦後、連合軍側の呼称では太平洋戦争)を念頭に反省と将来での非戦を希求しています。

もう一つの式辞はアベ。天皇とは対称的に大東亜戦争について、被害を与えたアジアの国々と人々への加害責任も謝罪も一言も述べていません。アベにとって第二次政権発足いらい5度目の式典ですが、そのような趣旨には一度もふれていません。

これがアベや日本会議とか、あのイナダとか、あのカゴイケら、極右に共通する歴史認識です。つまり先の大東亜戦争は、自存自衛のための聖戦であり、アジアの国々を欧米植民地からの解放であったと美化する史観によるからです。

こうした歴史認識を持つ人が、少なからずいます。いまの政権の主潮ですから、本気でそう考えている少数者に加えて、それになびいた方が得策と打算している大勢の”営業同調者”が追随しています。

開戦時の商工大臣、のちの首相、キシ・シンスケでさえ、「あれは侵略だった」(*2)と述懐しているにもかかわらず、その孫、シンゾウは聖戦説を信奉しています。聖戦説に立つならば、敵は成敗するもので、心の痛みも反省もあったもんじゃないのです。

従って、アベの式辞はこうなります。

いま、私たちが享受している平和と繁栄は、かけがえのない命を捧(ささ)げられた皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであります。私たちは、そのことを、ひとときも忘れることはありません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます。


(*3)

310万人とされる戦没者を追悼する式典です。どちらが戦没者に誠実に向き合っているか、言うまでもありません。なぜ、かくも大勢の戦没者が出たのか、アベの式辞では、よって来る所以に触れていません。過去を反省することなく、現状を肯定し、かつ未来に明るい展望があるとは決して思えません。

こうした式典など述べられる先の大戦による「尊い犠牲者」という言葉に、いつも違和感を感じています。戦没者はかけがいのない命を国家のために進んで捧げたのか。「尊い犠牲者たち」は、ほんとうに自らを「尊い犠牲者」と納得しているのだろうか。むろん、いまになってその心境を知る由もないが、「尊い犠牲者」になりたくなかったのではないか。

まったく不条理にも、死地に追いやられ、あるいは撃たれ、焼かれ、あるいは病い得、あるいは孤立無援のなかで餓死したりしたことに得心しているのだろうか。「尊い犠牲者」として祀られた人々の慟哭や無念の情を想うと誠に痛ましい。

犠牲という言葉には、祭祀でのいけにえを意味したり、何事か企図した目的を果たすために、やむをえず大切のモノを失うという意味があります。少なくとも目的に沿うために不作為に生じる損失という意味があります。

犠牲者という言葉を使うのなら、こういうかたちのものに対してなら、適切ではないか。かつて訪れたあの黒四ダムの畔には建設に伴う殉職者171人の慰霊碑があります。これは犠牲者碑であります。調べてみると、青函トンネル工事では殉職者34人、東海道新幹線建設の陰に210人の殉職者、、、、、。

また、子どものころ知った偉人のエピソード。天然痘予防のためにジェンナーが 幼子に牛痘を植えつけて、疑似天然痘に罹らせたり、華岡青洲が母と妻に手術を試み、母を死なせ、妻を失明させたあげく麻酔手術を成功させた、というような人類に寄与した犠牲譚です。完成したダムからの電力や鉄道や治療法の恩恵にあずかっています。まさに「尊い犠牲者」たちによるものです。

先の大東亜戦争で大日本帝国が開戦を企図した狙いは、いわゆる「開戦の詔勅」にありますが、そのどこを見ても、自由と民主主義、主権在民を守る立憲主義の確立や自由主義経済など、現在,国民が享受している社会体制を実現するためとは一言半句も書かれていません。つまり、目的はぜんぜん別にあったのです。

開戦日である昭和16年12月8日 天皇の証書に書かれているのは、

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米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。(中略)
ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。 皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。


(*4)

要するに、「(数年続く)日中戦争は埒があかない。その背景には米英の支援がある。このままでは東洋での覇権をたくらむ米英は大日本帝国にも野望を向けてくる。神とされる天皇制を継ぐ私としては、この国体を守り、東アジアの平和を確立するために立ち上がる」というふうに解されます。

戦後の日本は、アベが述べる「尊い犠牲者たち」が、まったく予想もしなかったような国家体制に変化しています。尽忠報国、一死報国、鬼畜米英打倒、、、「尊い犠牲者」たちが頭に叩き込まれたスローガンとは、なんのつながりもない国家に変身しているのです。

神がかりであった戦前の表現でいえば、あの世界に冠たる万邦無比で万古不易ーーーあらゆる国々に比べようがないほど優れ、永久に不滅であるーーー神国ニッポンは、跡形なく消えてしまったのです。

たとえて言えば、厳冬の富士山に無理やり登らされたために累々の遭難者を輩出したが、矢つき、刀折れたあげく到達したところは、そこはデナリ山(アメリカの最高峰)であった。こんなシュールな展開になったことになります。

戦陣に駆り出され、かつ銃後を食うや食わず守った人々からすれば、話がちがうじゃないか、という顛末です。あの神がかり、、いまやアベたちの懲りないアタマの中にしか残っていないのです。

アベの式辞は、本来、こんなのがふさわしい。

「いま私たちが享受している平和と繁栄は、先の誤まった戦争を直視し、国家のあるべき姿を民主的に改革する一方、亡くなられた大勢の方々の無念に思いをいたしながら、勤勉な国民の不断の努力の上に築かれたものであります。」


(写真はGoogle画像検索から引用)

*1 宮内庁 主な式典におけるおことば(平成29年)
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/14

*2 安倍首相の祖父・岸信介衝撃発言!あれは「侵略戦争だった!!」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Pp-ocj8TrDU

*3 平成二十九年 全国戦没者追悼式式辞
    http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2017/0815sikiji.html 
    首相官邸

*4 詔書から筆者が一部を引用。改行も。

「謂われない圧力の中で」

奄美大島あたりで台風が停滞しているそうで、炎暑の候をさらにうっとうしくさせています。ふだんから、あまり使わないアタマがなおさら鈍くなってもおかしくない季節です。

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とはいえ、ネット上で偶然、目にした、屈指の進学校、灘中学・高校長による一文は、興味深かった。あらためて、この国を戦前回帰の国家主義に戻そうと、いわゆる「草の根運動」を進めている反動勢力のやり方を剔抉されています。反動勢力の魔手はここまで及んでいるのか、彼らの人脈や組織の実態は、あるいは、資金はどう工面されているのか、いろいろと考えさせられます。

あの「日本会議」はじめアベら極右勢力は、このような多角的で巧妙な圧力を加えて教育の現場を、自らの望む方向へ強引に転換させようと謀っている。そのいわば、同調圧力戦とも謀略戦ともいうべきやり方の実相がよくわかります。

そのことを身をもって体験した灘中高の校長は、顛末を具体的に冷静に報告しています。反動勢力への憤りとともに、校長のゆるぎない教育的信念の確かさに敬服する次第。猛暑を蹴飛ばす、さわやかな読後感をもちました。

いささか長文ではありますが、ネット上の公開文書とはいえ、今日の教育現場を襲っている反動勢力の実情が多くの人の目に触れられるといいと考え、全文を引用し紹介し対と思います。

謂れのない圧力の中で

       ̶̶ある教科書の選定について̶̶

                  和田孫博

本校では、本年四月より使用する中学校の歴史教科書に新規参入の「学び舎」による『ともに学ぶ人間の歴史』を採択した。本校での教科書の採択は、検定教科書の中から担当教科の教員たちが相談して候補を絞り、最終的には校長を責任者とする採択委員会で決定するが、今回の歴史教科書も同じ手続きを踏んで採択を決めており、教育委員会には採択理由として「本校の教育に適している」と付記して届けている。

ところが、昨年末にある会合で、自民党の一県会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問された。こちらとしては寝耳に水の抗議でまともに取り合わなかったのだが、年が明けて、本校出身の自民党衆議院議員から電話がかかり、「政府筋からの問い合わせなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけてきた。

今回は少し心の準備ができていたので、「検定教科書の中から選択しているのになぜ文句が出るのか分かりません。もし教科書に問題があるとすれば文科省にお話し下さい」と答えた。「確かにそうですな」でその場は収まった。

しかし、二月の中頃から、今度は匿名の葉書が次々と届きだした。そのほとんどが南京陥落後の難民区の市民が日本軍を歓迎したり日本軍から医療や食料を受けたりしている写真葉書で、当時の『朝日画報』や『支那事変画報』などから転用した写真を使い、「プロデュース・水間政憲」とある。

それに「何処の国の教科書か」とか「共産党の宣伝か」とか、ひどいのはOBを名乗って「こんな母校には一切寄付しない」などの添え書きがある。この写真葉書が約五十枚届いた。それが収まりかけたころ、今度は差出人の住所氏名は書かれているものの文面が全く同一の、おそらくある機関が印刷して(表書きの宛先まで印刷してある)、賛同者に配布して送らせたと思える葉書が全国各地から届きだした。文面を要約すると、

「学び舎」の歴史教科書は「反日極左」の教科書であり、将来の日本を担っていく若者を養成するエリート校がなぜ採択したのか?こんな教科書で学んだ生徒が将来日本の指導層になるのを黙って見過ごせない。即刻採用を中止せよ。

というものである。この葉書は未だに散発的に届いており、総数二百枚にも上る。届く度に同じ仮面をかぶった人たちが群れる姿が脳裏に浮かび、うすら寒さを覚えた。

担当教員たちの話では、この教科書を編集したのは現役の教員やOBで、既存の教科書が高校受験を意識して要約に走りすぎたり重要語句を強調して覚えやすくしたりしているのに対し、歴史の基本である読んで考えることに主眼を置いた教科書、写真や絵画や地図などを見ることで疑問や親しみが持てる教科書を作ろうと新規参入したとのことであった。

これからの教育のキーワードともなっている「アクティブ・ラーニング」は、学習者が主体的に問題を発見し、思考し、他の学習者と協働してより深い学習に達することを目指すものであるが、そういう意味ではこの教科書はまさにアクティブ・ラーニングに向いていると言えよう。逆に高校入試に向けた受験勉強には向いていないので、採択校のほとんどが、私立や国立の中高一貫校や大学附属の中学校であった。それもあって先ほどの葉書のように「エリート校が採択」という思い込みを持たれたのかもしれない。
三月十九日の産経新聞の一面で「慰安婦記述 三十校超採択̶̶「学び舎」教科書 灘中など理由非公表」という見出しの記事が載った。さすがに大新聞の記事であるから、「共産党の教科書」とか「反日極左」というような表現は使われていないが、この教科書が申請当初は慰安婦の強制連行を強くにじませた内容だったが検定で不合格となり、大幅に修正し再申請して合格したことが紹介され、本年度採用校として本校を含め七校が名指しになっていた。

本校教頭は電話取材に対し、「検定を通っている教科書であり、貴社に採択理由をお答えする筋合いはない」と返事をしたのだが、それを「理由非公表」と記事にされたわけである。尤も、産経新聞がこのことを記事にしたのには、思想的な背景以外に別の理由もありそうだ。フジサンケイグループの子会社の「育鵬社」が『新しい日本の歴史』という教科書を出している。新規参入の「学び舎」の教科書が予想以上に多くの学校で、しかも「最難関校と呼ばれる」(産経新聞の表現)私学や国立大付属の中学校で採択されたことに、親会社として危機感を持ったのかもしれない。

しかしこれが口火となって、月刊誌『Will』の六月号に、近現代史研究家を名乗る水間政憲氏(先ほどの南京陥落写真葉書のプロデューサー)が、「エリート校―麻布・慶應・灘が採用したトンデモ歴史教科書」という二十頁にも及ぶ大論文を掲載した。また、水間政憲氏がCSテレビの「日本文化チャンネル桜」に登場し、同様の内容を講義したという情報も入ってきた。

そこで、この水間政憲氏のサイトを覗いてみた。すると「水間条項」というブログページがあって、記事一覧リストに「緊急拡散希望《麻布・慶應・灘の中学生が反日極左の歴史教科書の餌食にされる;南京歴史戦ポストカードで対抗しましょう》」という項目があり、そこを開いてみると次のような呼びかけが載っていた。

私学の歴史教科書の採択は、少数の歴史担当者が「恣意的」に採択しているのであり、OBが「今後の寄付金に応じない」とか「いつから社会主義の学校になったのか」などの抗議によって、後輩の健全な教育を護れるのであり、一斉に声を挙げるべきなのです。理事長や校長、そして「地歴公民科主任殿」宛に「OB」が抗議をすると有効です。

そして抗議の文例として「インターネットで知ったのですが、OBとして情けなくなりました」とか「将来性ある若者に反日教育をする目的はなんですか。共産党系教科書を採用しているかぎり、OBとして募金に一切応じないようにします」が挙げられ、その後に採択校の学校名、学校住所、理事長名、校長名、電話番号が列挙されている。

本校の場合はご丁寧に「講道館柔道を創立した柔道の神様嘉納治五郎が、文武両道に長けたエリート養成のため創設した学校ですが、中韓に媚びることがエリート養成になるような学校に変質したようです。嘉納治五郎が泣いていますね……」という文例が付記されている。あらためて本校に送られてきた絵葉書の文面を見ると、そのほとんどがこれらの文例そのままか少しアレンジしているだけであった。どうやらここが発信源のようだ。

この水間氏はブログの中で「明るい日本を実現するプロジェクト」なるものを展開しているが、今回のもそのプロジェクトの一環であるようだ。ブログ中に「1000名(日本みつばち隊)の同志に呼び掛け一気呵成に、『明るい日本を実現するプロジェクト』を推進する」とあり、いろいろな草の根運動を発案し、全国にいる同志に行動を起こすよう呼びかけていると思われる。

また氏は、安倍政権の後ろ盾組織として最近よく話題に出てくる日本会議関係の研修などでしばしば講師を務めているし、東日本大震災の折には日本会議からの依頼を受けて民主党批判をブログ上で拡散したこともあるようだが、日本会議の活動は「草の根運動」が基本にあると言われており(菅野完著『日本会議の研究』扶桑社)、上述の「日本みつばち隊」もこの草の根運動員の一部なのかもしれない。

このように、検定教科書の選定に対する謂れのない投書に関しては経緯がほぼ解明できたので、後は無視するのが一番だと思っているが、事の発端になる自民党の県会議員や衆議院議員からの問い合わせが気になる。現自民党政権が日本会議を後ろ盾としているとすれば、そちらを通しての圧力と考えられるからだ。

ちなみに、県の私学教育課や教育委員会義務教育課、さらには文科省の知り合いに相談したところ、「検定教科書の中から選定委員会で決められているのですから何の問題もありません」とのことであった。そうするとやはり、行政ではなく政治的圧力だと感じざるを得ない。

そんなこんなで心を煩わせていた頃、歴史家の保坂正康氏の『昭和史のかたち』(岩波新書)を読んだ。その第二章は「昭和史と正方形̶̶日本型ファシズムの原型̶̶」というタイトルで、要約すると次のようなことである。

ファシズムの権力構造はこの正方形の枠内に国民をなんとしても閉じこめてここから出さないように試みる。そして国家は四つの各辺に「情報の一元化」「教育の国家主義化」「弾圧立法の制定と拡大解釈」「官民挙げての暴力」を置いて固めていく。そうすると国民は檻に入ったような状態になる。国家は四辺をさらに小さくしてその正方形の面積をより狭くしていこうと試みるのである。

保坂氏は、満州事変以降の帝国憲法下の日本では、「陸軍省新聞課による情報の一元化と報道統制」「国定教科書のファシズム化と教授法の強制」「治安維持法の制定と特高警察による監視」「血盟団や五・一五事件など」がその四辺に当たるという。
では、現在に当てはめるとどうなるのだろうか。第一辺については、政府による新聞やテレビ放送への圧力が顕在的な問題となっている。第二辺については、政治主導の教育改革が強引に進められている中、今回のように学校教育に対して有形無形の圧力がかかっている。

第三辺については、安保法制に関する憲法の拡大解釈が行われるとともに緊急事態法という治安維持法にも似た法律が取り沙汰されている。第四辺に関しては流石に官民挙げてとまではいかないだろうが、ヘイトスピーチを振りかざす民間団体が幅を利かせている。

そして日本会議との関係が深い水間氏のブログからはこれらの団体との近さがにじみ出ている。もちろん現憲法下において戦前のような軍国主義やファシズムが復活するとは考えられないが、多様性を否定し一つの考え方しか許されないような閉塞感の強い社会という意味での「正方形」は間もなく完成する、いやひょっとすると既に完成しているのかもしれない。


(*1)

(写真はGoogle画像検索)

引用文の改行について一部は、引用者によります。

*1 http://toi.oups.ac.jp/16-2wada.pdf?utm_content=buffer79104&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer  謂れのない圧力の中で

   引用文中にある水間政憲という人物のブログは以下の通り。
   http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/
   【水間条項ー国益最前線ジャーナリスト水間政憲のブログです。】

”マツエク”のイーさん退場




伊達メガネ、マツエク、網タイツのイナダがようやく降りた。
31日、自ら騒動のタネをまき散らした役所にお詫びの一言もなく、サヨナラした。

「イ」嫌いとしては、酷暑のなか、溜飲をさげる一服の清涼剤です。

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伊達メガネと網タイツのスタイルは、特産地をかかえる選挙区向けのポーズ。目が高い人が見ると、海外に出るときなんかは、数十万円もする外国産ブランドメガネに変えているそうだ。本音では、特産地のでは、カッコよくないと思っているのだろう。選挙民を喜ばせて。裏切るワルイ奴です。

マツエクというのは、なんのことか(*1)。なんと目元くっきりと見せるため、マツ毛一本づつに、つけまつげを繋いで拡張するエステのことと知る。イナダはオン年、58才。国会で虚偽、はぐらかし、撤回発言を繰り返しているさなかに、何万円もするマツエクに通っていたわけです。

容貌に自信があるのか、その裏返しなのかどうか。そういえば、先のシンガポールでの国際会議であろうことか、同席のフランスとオ―ストラリアの女性大臣を引き合いに出して、3人の共通で重要なことは、「グッド・ルッキング」(美人)と自賛して、失笑され、醜態をさらしています。自称美人を自負するバックグラウンドには、こんな美容法?!を取り入れていたらしい。国事をよそに、国辱をふりまく浅はかな女です。(*2)

さて、「イ」が降りたら、次は「イ」のうえ、つまり「ア」ですね。いうまでもありませんが、本命の「アベ」です。アベの命運もできるだけ早く尽きることを願っています。アベはもう「まさに」「いわば」「基本的に」「いわば」「まさに」「基本的に」を壊れたレコードのようにリピートする崖っぷちにあります。あとひと押し、です。

「イ」や「ア」が嫌いで、これまでも何度かこの欄に書いてきました。根本的には、戦後70年を経た民主国家にとって、アやイの政治姿勢を受け入れがたいと考えています。国内でも国際社会でも、受け入れがたいものです。

もちろん個人的な好悪のレベルでなくて、近い将来のこの国の政治経済社会のありようとしても、アやイの目論見を受け入れるわけには到底いかないものだと思っています。

アやイが目指す国家のありようというのは、かいつまんで言えば、全面的な改憲のもと、

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大日本帝国の復元、
首相の非常大権(もしくは国家緊急権としての全権委任)を法令化
国家神道の復活、
自衛隊の国防軍化(国際社会で核兵器を保有する”核クラブ”参加)
教育勅語の浸透と社会保障よりも家族意識の強化、
道義大国化(日本会議が目指す国家ファースト、国民の臣民化)

アべが言う「戦後日本の脱却」というのは、「戦前回帰」という意味です。その目標に向けて教育基本法を改訂、歴史教科書の右寄り化容認、特定秘密法、安保関連法制、共謀罪法、、、、と第一次、第二次政権と積み上げてきています。教育の右傾化、不適切な法令による自由や人権の包囲など、もはや看過できない時点まで進んでいます。

アベは、同じ極右思想を共有するイナダが可愛くて、自らのちの首相候補として育て上げるつもりだった。そのため、政治家どころか、社会人としての資質さえ問われるバカ発言、法違反発言、隠蔽、虚偽発言のときでさえ、かばい続けました。

この構図の一部分は森友学園の国有地払下げ問題と同じです。園児の教育勅語を唱和させ、園児に自衛隊を日の丸の小旗を振らせて歓迎するカゴイケを「素晴らしい教育者」と褒め上げて、特別な優遇措置を援助したと見られています。アベは自説に寄り添う者でありさえすれば、重用する視野狭窄症なのです。

奇しくもというか、イナダの亡父は、極右運動家として知られ、カゴイケも信奉しておりました。イナダが森友学園の弁護代理人を一時期勤めていたのは、そういう筋だからで、その筋の片方にアべやアキエがいたのです。まったくもって、連中の極右相関図はわかりやすいのです。

ついでにいえば、イナダは本職は弁護士です(*3)。政治家へデビューするきっかけは、日本兵の百人斬りはなかった、兵隊の遺族が名誉棄損だとして、提訴した訴訟の原告代理人として、いわば大南京大虐殺はなかった論を唱えていた。

あの戦争を正義の戦争ということは、イナダによれば、東京裁判は「事後法」であって無効。したがって東条英機もアベの祖父、キシシンスケも無実という論理につながるわけです。

その第二次世界大戦後の世界秩序をチャラにする暴論というべき主張こそ、極右連中の本懐です。イナダの言説がアベに見込まれ、また極右勢力から歓迎されたのが、極右の姫になる始まりです。つまりは父娘二代にわたる反民主主義者、大東亜戦争聖戦論の、トンデモナイ国家主義者なのです。

それが自身の本当に信念に基づく考えなのか、極右思想の連中になびいた借りものなのか。おそらくは、アベ寵愛に応えた「マツエク」なんだろうと思います。アベ1強に躍ったバカ女の終焉と思いたい。

本来なら、大臣職を辞するどころか、議員としても不適格者であることを強調しておきます。こういう伊達メガネ、マツエク、網タイツの「おしゃれが好きな、ダサい人」(*4)とか「田舎の金持ちフアッション」とか揶揄される人物が二度と国政に携わることがないように願いたいものです。選挙区の皆様、ぜひぜひご検討ください。

(写真上下ともにGoogle画像検索から引用)



*1 マツゲエクステ(通称マツエク)とは自分のまつ毛に一本ごとに人工ナイロン毛を専用の接着剤でくっつけて、目元をカワユク!見せる美容技術のこと。

*2 AERA https://dot.asahi.com/aera/2017062900046.html
   小島慶子「稲田大臣の『グッドルッキング』発言に世界は失笑」

*3 http://1000nichi.blog73.fc2.com/blog-entry-9810.html
    弁護士だけど裁判負けまくりの稲田朋美大臣、南京虐殺でも大惨敗
    夫の稲田龍示弁護士も敗訴


*4 2017年3月31日 女性自身の記事
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こんな首相,,,

「こんな人たちに負けるわけにいかない」 (*1)

アベが都議選の最終日、応援演説にでた秋葉原で、批判勢力の人たちの「やめろ」、「帰れ」コールに対して放った言葉が、これでした。この絶叫セリフが自民党の歴史的惨敗の流れに大きな棹を差しました。

「忖度」とか「もり・かけ」とか傑出?!した流行り言葉がたくさんあるので、今年の流行語に選ばれないかもしれないが、首相退陣へ流れの分水嶺になる”記念すべき”一言になりそうです。

アベは高慢ちきになりすぎね、
国政を私物化して腐敗しているんじゃないの、
丁寧に説明って言いながら、逃げてばっかし、
夫婦そろってずるそうで不誠実な感じ、
アベノミクスって、どうなったの、

最近のアベの言いぐさ、振る舞いになんとなく不審感やら不信感かを抱いていた人たちの気持ちを一気に結集させてくれたセリフでした。正当に批判したり、疑念を持ち始めた人たちを、アベは指さしつつ、「こんな人たち」と見下したのです。

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無能なのに傲慢で、憲法や法律の秩序すら守らず暴走する人物を、いま引きずり下ろさなければ、この国の民主主義や平和憲法を守り切れない。極右反動の社会になってしまう。北朝鮮のような強権閉鎖社会になってしまう。いつまでもバカに権力をもたせていては、この国があぶない。そういう誠にまっとうな危機感が、ようやく広がりを見せはじめました。

小手先の内閣改造なんかでは、止められない反アベの声が地に満ちてきました。5年前に第二次政権をスタートさせてからのアベは、ひたすら戦前復帰の国家体制作りに邁進しました。

具体的に言えば、まずは大日本帝国憲法の復活、そして天皇中心で、その国体維持のため国民は生命の犠牲をいとわぬ臣民とされ、国民精神統一のため国家神道を復活させ、教育勅語を唱和、体得させる一方、軍部に強権を与え、アジアの盟主たる大国に、、、、空恐ろしい話ですが、アベの政治信条は、神がかりで狂信的です。

こういう姿勢というのは、アベの最有力支持基盤、日本会議の目標とそっくり一致しています。アベの価値観、、、、、と言っても自分で考える能力も経験もなく、日本会議の思想にかぶれたのにすぎませんが、、、、価値観は、この世に受け入れてはならないものです。

つい最近、読売新聞を熟読せよと発表した2020年改憲宣言なるアベ改憲私案もそうです。現行の憲法9条1、.2項を残したまま3項を新たに起こし、そこに自衛隊の存在と活動を認める条文を追加するという”加憲論”の提案です。

一見、戦争放棄と戦力の不保持を残すかのような提案ですが、ほんとうは新たな3項に「前項の規定にかかわらず、、、、」とか「但し前項の規定は、確立された国際法に基づく自衛ための実力の保持を否定するものではない」とかの文言を入れて、、前二項を空文化させる狙いのものです。悪名高い自民党改憲草案よりも、国民の目くらましを狙ったいっそう悪性のものです。

こうした悪辣巧妙な仕掛けをアベが思いつくわけもないのですが、案の定、この考えは日本会議常務理事という有力政策委員が提言した改憲論を丸写し、そっくりそのまま取り入れたものでした。この人物はアベのブレーン中のブレーンだそうです。(*2)アベの言動の根本に大日本帝国憲法や国家神道の復活を政治目的とする日本会議があります。アベは、いわば日本会議の傀儡であります。

経済成長を前面にうたい上げて、アベノミクスを喧伝していたので、隠されきたアベの意図に気が付かないまま国民のなかには、それでも、たいした危機感をもたず、なんだかよくやっているのじゃない、代わりもいないしねえ、と手をこまねいているうちに、とうとうここまで悪化してしまった。

こうしたアベの暴走を憂慮して、アベの出身大学では後輩学生や教員たちが、2年前の安保関連法案に突っ走ったとき、いち早く声明を出していました。問題が起きても、国民は忘れやすい、別の話題を向けると、すぐ関心をそらしてしまうものだとアベ一派はタカをくくってきましたが、決してわすれてはいません。

少し長くなりますが、ここでは、それらを紹介して、出身大学の関係者たちの怒りと悲しみを共有したいものです。

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成蹊大学後輩一同声明文

1977年度成蹊大学法学部政治学科卒業生、安倍晋三さん

私たち成蹊大学後輩一同は、あなたの安全保障関連法案における、学問を愚弄し、民主主義を否定する態度に怒りを覚え、また政治学を学んだとはにわかに信じがたい無知さに同窓生として恥ずかしさを禁じえません。

日本国憲法に、集団的自衛権の行使を基礎づける条文が存在しないことを、私たちは成蹊大学で学んでいます。
憲法を、時の総理大臣が自らを責任者と称し解釈で改憲することは、法の支配に反する行為であると、私たちは成蹊大学で学んでいます。

日本国憲法は、アメリカによって押し付けられた恥ずかしいものなどではなく、日本国民が自ら選び取り70年間維持してきたものだと、私たちは成蹊大学で学んでいます。

そして、私たち成蹊大生は、憲法学を机上の空論などと考え学者の意見を軽視することなどはせず、学問が蓄積してきた知識を大切にしています。

あなたは、本当に成蹊大学で学ばれたのでしょうか。

知っていますか。就職活動の際、自己紹介で母校の名前を答えると「ああ、安倍晋三のね」と冷笑されることを。その冷笑に含まれている意味を考えてみてください。

安倍晋三さん、あなたは成蹊大学の誇りなどではなく、ただその無知で不遜な振る舞いによって、私たちの大学の名誉と伝統に泥を塗っているのです。

私たち成蹊大学生は、先輩・安倍晋三さんの立憲主義を否定する態度に反対し、安全保障関連法案の廃案を求めます。

発起人・成蹊大学法学部政治学科4年 秋山直斗

(:*3)

 



安全保障関連法案に反対する成蹊学園有志の声明

 今、国の内外で日本が「戦争しない国」から「戦争する国」に変わってしまうのではないかという不安が渦巻いています。それは、多くの人々が、安倍晋三内閣が国会に提案した安全保障関連法案は、アメリカなど他国が海外で行う軍事行動に日本の自衛隊が協力していくことを可能にするものであり、これまで、「専守防衛」の名のもとに極めて限定的にしか行われてこなかった自衛隊の活動の範囲を、時の政権が「存立危機事態」と判断すればどこへでも拡大できるようにするものであると考えているからです。

 しかも、この法案の前提になっている集団的自衛権の行使については、圧倒的多数の憲法学者が「憲法違反」との見解を示しています。また、歴代政権も「集団的自衛権の行使は憲法違反である」という解釈を60年以上にわたって堅持してきました。

そうした従来の政府解釈を安倍内閣が一片の閣議決定で覆したことで、権力の暴走を阻止して法的安定性を担保してきた日本の立憲主義­が危機に追いやられています。この安全保障関連法案がそうした無理の上に提案されている以上、国会での審議が進めば進むほど法案への人々の不安と疑念とが増しているのは当然の結果だと言わなければなりません。

 安倍晋三首相が卒業した成蹊学園は、他の学園と同じように、かつて少なからぬ同窓生を戦地へと送り出した歴史をもっています。私たち成蹊学園有志は、安倍首相が、次代をになう若い世代を再び戦地に送らないために、そうした痛恨の歴史に学び、平和を求める多くの人々の声に謙虚に耳を傾けて、安全保障関連法案を廃案とすることを切に望むものです。

2015年8月15日

(*4)



(写真はGoogle画像検索から引用)


*1 2017年7月19日 AERA
   https://dot.asahi.com/aera/2017071800069.html
   安倍首相発言の波紋余波 「こんな人たち」は私だ

*2 リテラ
    http://lite-ra.com/2017/05/post-3147.html
    安倍首相の「9条に自衛隊明記」改憲案は日本会議幹部の発案だった!「加憲で護憲派を分断し9条を空文化せよ」
*3 AJAA
   http://ajaa.strikingly.com/
*4 安全保障関連法に反対する成蹊学園有志の会
   http://seikei-appeal.strikingly.com/










あべおろしそばあります

いつもご覧くださっている読者のみなさん、暑中お見舞い申し上げます。

暑いわ、蚊に刺されてかゆいわ、梅雨は明けないわ。
いいことなしの気分なので、なにかいい消夏法はないものか、ネット上を探りました。今回はへたな文章を棚上げして「見える化」しました。

今ふうの落とし文をフェースブック上に見つけました。笑えます。メッセージを見える化するセンス、素晴らしい。ウドン愛好者よりもソバフアンはうんちくにうるさいと聴きますが、これなら涼味もあって、おいしそう。ソバフアンも納得でしょうね。勝手にシェアしましたので、ご覧ください。


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くだくだ書くより、数字がコトの本質を喝破します。大いに注目されますのは、アべから”自民政権機関紙”扱いされている読売新聞の、この数字です。発行者の思惑よりも読者層が、まじ健在である証拠でもあります。ナベツネあたりのニガムシ顔に思いをいたすと、しぜんに顔がほころんで、暑さがしのげる感じです。


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朝日新聞の世論調査。当面の問題について読者の意識をグラフ化して色分けすれば、白黒パンダよりもはっきりと「色分け具合」が鮮明に浮かびあがります。思うに、いま世間に吹いている風は、こんな感じなのでしょう。ますます強風になっていくことが予想すると、一陣の涼風が吹く感じになります。

国会閉会中のカケ問題集中審査日を逃れるためG20後すぐに帰らず、北欧三カ国をアキエと観光旅行。審査日が終わった翌日、九州北部の水害地をわざとらしく視察してみせる。そういう姑息な言動を多くの国民は冷ややかに見守っています。

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東京新聞でいつも鋭い視点から健筆をふるうコラムニスト、斎藤美奈子さんの傑作コラムです。はぐらかし、ごまかし、論点外し、意味不明なアベ話法、スガ語法のでたらめさを楽しませてくれます。(写真上でクリックすれば、別面で読むことができます)

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トランプとアベ、どちらが早く引きずりおろされるか。日米同盟のトップが同時に腐っているのは、稀有なケース。われらは、まったく不運というか、不幸な時代を共にさせられています。

トランプには複雑な手続きの弾劾裁判やら、中間選挙の結果などいう迂遠な逃げ道がのこされていますが、アべなら即刻OKでしょう。世論に追い詰められて、再び「お腹イタイ」って放り出せばいいのですから。いまいちばんの国からの心がこもった「お中元」になります。

(あべおろしそばと斎藤美奈子さんのコラムはFBから引用。残り二つは、Google画像検索
から引用)

目ンない千鳥、詮無い話

先の都議選。コイケ一派が大勝、自民が惨敗しました。

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政権与党の自民を揺るがす大変動があったことは、ないよりマシですが、言ってみれば、首都で暴走車の車体の色が変わっただけ。右翼偏向通行にはかわりがありませんでした。

コイケの政治家としての過去の実績を顧みれば、国民が望むようなまっとうな平和と民主主義を守る政治がおこなわれるとは思えない。

詮無い話というのは、こういうことです。自民が国政レベルであれほど次々とぶざまな”敵失”を重ねたのに、国政野党はぜんぜん振るわなかった。日ごろから有権者の心に響く訴えをもっと賢くやっておれば、勢力拡大の好機だったと言えるのに。

正当な主張をもった共産党はわずか2票ふやしただけ、国政で野党第一党の民進にいたっては2議席減らしています。二つ合わせても、やっと24です。惨敗した自民でさえ23、またコウモリ党である公明も23です。民共は、二つあわせてトントンなのです。

得票率でくらべてみても、自民22,53% 公明17.82%にたいして、民共あわせても24・96%(うち民10.23%)だったのです。自公の合計得票率に到底及びません。これでは、勝ったとも善戦したとも言えません。じっさい、前回の都議選よりも得票率は減っているのです。みんなコイケ一派に持っていかれたのです。(*0)

こんな調子では野党勢力というのは、選挙前の勢力をやっと維持したのにすぎないじゃーありませんか。ふがいないというか、頼りがないというか。無為無策というか。千載一遇のビッグ・チャンスをモノにできなかった。

コイケ一派の躍進というのは、大阪の住民ならずとも、”既視感”大ありの大衆迎合選挙、つまり、あのハシモト躍進と同じケースです。ハシモトがハチャメチャなことを口走ったあげくに投げ出したのと同じようにコイケ一派にも大きな危惧を抱きます。

と言いますのは、女性ですから、一見、あたりの柔らかさという点ではトクをしていますが、コイケの政治信条は、ハシモトやアベと同様に時代錯誤の国家主義というウルトラ右翼です。過去に「状況しだいでは核兵器保有もありうる」と発言にしている改憲、軍拡主義者であります。

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コイケの正体を体現している人物がいます。都議選後にコイケは”ファースト”代表を信任厚い知事特別秘書のノダ・カズサ(*1)に譲りました。この男が曲者です。

都下の地方市議を経て「東京維新の会」などというゲテものを作り、国選に立候補、落選。なのに議員時代のコイケの政策秘書、さらにアントニオ・イノキの政策秘書(*2)など渡り歩き、今回再び代表に返り咲いている。

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この人物がひどい。あろうことか、「現憲法は廃棄、大日本帝国憲法を復活」を持論に都議会に請願までしているし、現憲法では天皇は国民の家来みたいな存在になっているとか、シンタロウの尖閣列島買い上げに賛成、洋上視察もしている。いかがわしい政治屋だが、コイケとウマがあっている点で要注意人物。

こんな人物を重用していることからしても、コイケは、アベが進める戦前回帰を志向する信条の持ち主です。油断できません。彼女が都知事に転身した大きな理由は、総裁選でイシバ支持した結果、アベ政権で干されて、イナダやタカイチやマルカワらの後輩女性に比べて冷や飯をくったことの意趣返しと見られています。初の女性首相へ野心を隠さないだけに優遇のエサを見せられると、どう動くか。

仮に”ファースト”の勢いに乗じて、国政に進出するとしても、自民の補完勢力、あるいは政権を奪っても、目指す政治はアベと大同小異でしょう。

元防衛相です。自衛隊を憲法に明記するような改憲を牽引するのにちがいありません。戦後築き上げてきた民主主義の道を逆走する暴走車となることは間違いない。国民の命や生活、社会保障を守る政治を期待することは、八百屋で魚を求めるようなものです。

それにしても、野党は一体、どういうつもりで政党を作っているのか。せっかく順風の風が吹いているのに、多数派工作もしない、主導権を握る不断の地道な努力もしない。政権与党が明らかにぐらついている今、なんにも工夫をせずに権力の場が転がり込んでくるとでも思っているのか。

都議選の結果を見て思うことは、いまさらながら野党の力不足。多数派工作による連立や、二大政党による政権交代が開けるには道半ばどころではないということでした。

(写真はすべてGoogle画像検索から引用)

*0 東京都選挙管理委員会事務局 党派別得票率
   http://www.senkyo.metro.tokyo.jp/election/togikai-all/togikai-sokuhou2017/

*1 ウイキペディア 野田数
   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%94%B0%E6%95%B0

  ハフィントン
  http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/03/kazusa-noda_n_17374158.html
  野田数氏とは? 都民ファーストの会・新代表は「日本国憲法は無効」の請願に賛成した過去

*2 アントニオ猪木氏 元秘書の野田数氏を公金着服で刑事告訴
   http://news.livedoor.com/article/detail/13079613/

印象操作って

アベが先の国会答弁でムキになって乱用した言葉が「印象操作」。

あまり聴きなれないが、4字まとまれば、れっきとした学術用語で、心理学や社会学で使われているという。

そんな高等な言葉ならば、学力は中学並み(哲学者の判断 *1)と言われるアベが知るはずもない。
「だれかに教えてもらったのか」(共産党議員 *2)と揶揄されている。

要するに、まともに質問に答えず、はぐらかすために、一つ覚えの言葉を乱発したのにちがいない。

アベは「そんなことを言うのは、私をおとしめるための印象操作です」といった使い方をした。しかし、これは「印象操作」という言葉の本来の使い方を間違っているのです。アベらしい間違いです。

心理学では、当人が他人に対して言動や外観を装い、当人が望むような印象を他人に与える場合に使われる。アベは、他人がアベ自身の評判や評価をダウンさせる操作という逆の意味で使っています。

さて、それでは渦中の加計疑惑について、ネット上に散見されるいくつかの写真を見てみます。見れば、歴然たる「印象操作」を与えてくれます。状況証拠という言葉でくくれば、間柄は真っ黒けです。アベと加計の二人は”ずぶずぶの関係”と指摘した民進党議員(*3)の指摘は間違っていないことがよくわかります。

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ハギウダなる横柄な官房副長官がいる。アベの最側近とされ、前川前文科次官から、将軍の威光をカサに権勢を誇った御側用人、柳沢吉保と擬せられているような人物。いまもカケ系列大学の名誉客員教授でもあります。

この男、アベとカケが「腹心の友」だというのは、今回話題になってから初めて知ったと国会答弁でとぼけていますが、本人が開くホームページ、{■はぎうだ光一の永田町見聞録 }(2013年05月10日付け)に掲載されているのが、上の写真。

カケをはさんでアベと萩生田がBBQの場で缶ビールを飲んで楽しそうに談笑している様子。日刊ゲンダイ(*4)によると、アベとカケとハギウダは家族ぐるみの付き合いだとわかります。

連中は山梨・富士河口湖町の「富士桜カントリー倶楽部」でゴルフをしています。1組目のメンバーはアベとカケ、IT企業の会長とその親族の男。2組目にはハギウダが自民党の副幹事長ナカヤマらと組む。驚くことに、4組目には、あのアキエがカケの妻、ハギウダの妻と組んで遊んでいます。

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上の写真はアベ御用達新聞系のユニフォームを着て、ご機嫌のアベとハギウダ。左右はアキエとハギウダの妻です。一方、下の写真は、アキエ自身がFBに投稿していたもので、コメントには「男たちの悪だくみ」とあります。言い得て妙です。クリスマスの夜の歓談ショットです。左端がカケです。

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酒席でのずぶずぶ関係の様子です。

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次は、アベがカケ系列の倉敷芸術工科大学の式典へ。

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次もアベは、カケ系列の千葉科学大学式典へ。

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ネット上にはアベとカケが、どんな関係にあるか。われわれ国民の頭に焼きつけられる印象深い画像がぞろぞろ出ています。国家的行政がお友達の優遇のためにに歪められ、ハギウダがその取り持ち役に励んだ構図が一目瞭然です。

「百の文章よりも一枚の写真」です。伝説の名カメラマン、ロバート・キャパの至言です。

アベは最近、サンケイ系列の「正論」懇話会で、何をとち狂ったか「獣医学部はどんどん新設する。2校でも3校でも全国展開する」としゃべっています。それが可能であるなら、なんでカケ一校だったのか。謀らずも、”カケ獣医学部だけ新設”が自身の意向であることを”自白”してしまっています。

役人の書いた原稿を読むだけでも、読めないうえ,自身の発言が論理的に破たんしていることさえ気づいていないようです。もはや、つじつまの合う「印象操作」さえできなくなっています。

子どものころ読んだ本では、悪人はたいてい、しどろもどろになって、断末魔の泣き言を叫びつつ、お縄頂戴と相成ります。スガやらイナダやらハギウダやらと、森友がらみのヒラメ忖度官僚もろとも引き連れて”アベ学園”の閉校近し、を見守りたいものですね。

(写真はすべてGoogle画像検索から引用)

*1 『安倍でもわかる政治思想入門』 適菜収 kkベストセラ―ズ刊

*2 2017 年 6 月 03 日  http://www.asyura2.com/17/senkyo226/msg/703.html
  安倍でんでんが連呼する「印象操作」という非難の言葉の使い方、可笑しくないか 

*3 20175月9日 日刊スポーツ
  安倍首相、民進党議員の「ずぶずぶの関係」に不快感
  https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1820125.html

*4 2017年6月23日、日刊ゲンダイ 
   萩生田副長官 加計理事長とは家族ぐるみの付き合いだった





支持率36% まだかもうか

委員会審議をすっ飛ばして、採決強行した狂暴性を持つ「共謀罪」は、来月11日から施行されます。

怖いですね、怖いですね、おそろしいですね。何しろ、人の心の中をづかづかと踏み込んできますからねー。
あの映画評論家、淀川長治さんの口調にならえば、ほんと唇寒しの恐ろしい時代の到来を予感させられます。

この法案成立を見越して、早くから捜査機関は、事案の初摘発を挙げるべく、奔走していることでしょう。捜査当局が立法化を意義づける常套手段です。「それみたことか」、「だからいわんこっちゃない」とドヤ顔をしてみせたいわけです。

だいたい、新しい”武器”が手に入ると、使ってみたくなるものです。ましてやアベ政権が言うところの喫緊の課題だけに、ぜひとも該当事案を早々に摘発し、正当性を満天下に裏付けたいと躍起になっているのではと想像します。冤罪ものともせずであってはならないのですが、起こりうる可能性が広がりました。

なにしろ戦前と異なり、個人情報を監視するIT技術は日進月歩です。個人の立ち回り先を監視するGPS、何を買い、何を読み、どこで友人と会い、どんな話をしたか、盗聴盗撮は自由自在。あらゆる個人情報の収集とデータ化が可能です。ロシアに亡命中の元CIA職員、スノーデンが赤裸々に語っています。(*1)

とりわけ恐ろしいのは、密告の奨励が法律に含意されていることです。仲間を売れば、罪の減軽が考慮されるのです。現在でも捜査機関は必要に応じて密告者を工作し、協力費などの報酬を払っています。あらゆる組織や団体、地域に工作員とはいえないまでも積極的な協力者を抱えているのが、捜査の現実です。

平凡な一日を暮している庶民にとって、なんの関係もない法律だから、テロ摘発のためならやむえないんじゃない、などとのんきなことをTVで話している中年男性がいましたが、捜査当局は、一見物静かな生活者がからこそ怪しいと勘繰るのが仕事です。すべての国民の暮らしを掌握したいのです。

アベは「決して一般人が監視や捜査対象にならない」と繰り返していますが、こんな子供騙しみたいな説明が通るわけがありません。捜査してみないと、一般人かそうでないか、わからない。リンゴでさえ酸っぱいか、そうでないか、見分けるのは簡単ではないのですから、ましてや人間のメンタル部分なんか、常時監視しなければわかるはずがない。

国民を”三猿”状態に追い込む特定秘密保護法、戦争ができる安保関連法制、そして今回の共謀罪。アベ政権の戦前回帰施策は行きつくところまで行き着きました。あとは、とくに国家主義にもとづく国民一般の民生監視を徹底し、完璧な上意下達、つまり、有無を言わさず「右向け右!」体制を強化することでしょう。

本当に恐ろしいのは、そんな権力や時局の要請にこたえるということを口実に有象無象の阿諛追従者、つまり、おべっかする者が国民の中からかならず現れてくることです。率先して権力の提灯持ち、旗振りを買ってでる輩たちです。残念ながら、戦前の歴史は、そういう庶民でいながら、庶民を”売る”者がたくさんいました。

戦前の隣組制度は「トントンとんとからりと隣組」と、あたかも友愛の相互扶助を唱えながら、その背後で密告、監視の仕組みとされてました。町内会のおっさんが忠君愛国や国防について説教したり、婦人会のおばさんが、服装、化粧や生活の心得まで目を光らして、嬉々として権力に奉仕したのです。

権力の暴走は恐ろしいことはいうまでもないことですが、その暴走権力の尻にくっついて、トラの威をほのめかす輩、こういう連中がはびこるのも恐ろしい。今回の共謀罪は、戦前の治安維持法と並び称せられているように、一般人にとっても、暗い陰鬱な時代の再来を予見される内容です。

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ところで、なりふり構わぬアベ強権政治について、国会閉会後に行われた各社の支持率世論調査では、
朝日 支持率 41%    不支持率 37%  (*2)
毎日 支持率 36%    不支持率 44%
読売 支持率 49%    不支持率 41%
共同 支持率 44.9%  不支持率 不明

いずれも支持率が前回調査よりも軒並みダウン、不支持率が上回りました。「アベ御用達」とお墨付きをもらった読売もダウン、その同系統の日本テレビNNN調査でも支持率39.8%とありますから、一定数の国民は、アベ政権のやり方に納得していない結果となりました。

しかしながら、鳴り物入りだったアベノミクスは、5年たっても成果を挙げずにお蔵入りしたまま、高齢者の年金はじめ社会保障関連はじりじりカットされ、サラリーマンの給与所得は4年連続減少しているにもかかわらず、まだまだ多くのアベ政権支持者がいることが釈然としません。「政権を担う代わりがいない」という現状への代償とすれば、野党は見下されています。

たった70数年まえ、国民を阿鼻叫喚、地獄に追い込んだ戦前の体制へ回帰しようという動向に、これほど国民は鈍感であっていいのか。歴史の記憶というのは、これほど流されやすいものかと思いますね。

(イラストはGoogle画像検索引用)

*1 映画「シチズンフォー スノーデンの暴露」
   第87回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞

*2 2917年6月19日 毎日新聞電子版
  内閣支持10ポイント減36% 不支持44%と逆転
  https://mainichi.jp/articles/20170619/ddm/001/010/164000c

アホらしやの鐘が鳴る

昨今の悪徳蕎麦屋”アベ亭”のモリもカケは中から腐り果てていて食えたたもんじゃーあーりませんか。
あんまりバカバカしくて、これについてモノを言う気が失せてきた。

こんなとき、現役でいた若いころは、飲み屋でよくぼやいたものです。
「アホらしやの鐘が鳴る」、、、「アア、南京豆の網渡りやなあ」

正確な語源も意味も不明ですが、なんとなく、バカバカしい気分を口に出して嘆くのには、もってこいでした。

さて、そのアホほらしやの鐘が鳴る三題。

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(*1)

その一、あのハシモトが訴えていた名誉棄損訴訟。今月、最高裁でハシモトがまた敗訴確定しました。月刊誌「新潮45」の記事で新潮社と執筆したノンフィクション作家に損害賠償を求めた訴訟です。

 月刊誌「新潮45」の2011年11月号。ハシモトの父親や叔父が暴力団員だったなどと取り上げた記事がありました。一審、二審に続き、最高裁は「政治家としての適性を判断するのに資する」との判断を支持しました。要するに、そういう環境に育った人なら人格形成になんらかの影響があったとみられてもやむ得ないということです。
 
この3月にもハシモトは最高裁で敗訴しています。同じく『新潮45』(2011年10月発売)の記事で精神科医が「大阪府知事は『病気』である」とのタイトルで、ハシモトに精神疾患の特徴が当てはまるとする記事を載せた。これを名誉棄損として訴えた損害賠償訴訟で、 最高裁は「真実と信じる相当な理由がある」とハシモトの請求を棄却しています。

ハシモトは法と正義を守るはずの弁護士資格を持っていますが、暴力団まがいの恫喝、口汚いモノ言いや目立ちたがり屋特有の言動には、それなりの資質があったということです。

自治体の長たる公人なのに、言論の自由が民主政治の根幹に当たるという根本原則には理解がない。この手の人物が大阪府知事、市長に選ばれていたことを、いまさらながら「あほらし屋の鐘が鳴り」ます。府民もまた不明を恥じなければならないなあ。

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その二、中学生のころ読んだ芥川龍之介の『「侏儒の言葉』に、こんな言葉があり、納得したものです。

「軍人の誇りとするものは、
小児の玩具に似ている。
なぜ軍人は酒にも酔わずに、
勲章を下げて歩かれるのであろう。」

偉そうな権威嫌い、画一的な制服嫌いの習癖はこのころに身についたのではないかと思います。階級章ならいざ知らず、北朝鮮の人民軍も自衛隊員も米国の軍人も平時に制服の胸にベタ金ぶら下げて得意然とする気がしれません。

さきごろ自衛隊トップの河野克敏・統合幕僚長は、「一自衛官としても(アベ首相の提示した)自衛隊を憲法に明記する改憲は非常にありがたい」と発言して物議をかもしましたが、政権側から「一個人の発言」ととりなしてもらったうえ、忠誠心に覚えめでたく、直後に定年延長まで認めてもらっています。

彼は安保法制案がまだ国会に提案されるまえに訪問中の米国で陸軍参謀総長に「夏までに成立する」」としゃべっていた前歴もあります。一自衛官が一個人であるはずがない。れっきとした公務員。自衛隊員の政治的行為は厳禁です。

実力部隊のトップが、順守すべき憲法への改変をありがたがってアベにすり寄ったり、国会審議に先駆けて法案成立の目途を他国の軍人に注進したり。あきれた振る舞いが見過ごされています。

極右のできそこない、田母神という人物も航空幕僚長だったことを想えば、自衛隊という組織は、トンデモナイ人物が昇進、要職に坐るものだと改めてがく然とします。防大卒で退官まで同じ穴の仲間同士というシステムに問題があるのかもしれません。

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(*2)

その三、
歴代の首相夫人で、ワースト1なのが、この女性。夫の権力をカサに傍若無人、軽佻浮薄、軽挙妄動の数々を積み重ねています。ご自身の振る舞いに内閣総理大臣の権勢が覆いかぶさっているから、忖度しなければ保身にかかわる人々へ影響力を及ぼしていることがまったく理解できていない。

公邸に一室をもらい、常勤、非常勤秘書5人を従えて、まるで「謁見する」かのように関係者を呼びつけているそうです。一介のオバサンだったら、どう?という自省心も自制心も、これぽっちもない。まさに嬉々として、権力者の七光りをを体現して、全能感に酔いしれています。

なんでも、幼稚園から大学までエスカレ―ターの名門校に良家のお嬢さんとして通いながら、遊び呆けて高校から直上の大学へは進学できなかったという.。「云々」を「でんでん」、「画一的」を「がいちてき」と読む夫と似合い。そんな詮索を聴くと、この女性にまともな良識や感性を求めるのは無理な話。アホらしやの鐘が鳴る極みです。

それこそ一日も早く夫とともに権力の椅子から降りてもらいたいものです。

(写真はgoogle画像検索から引用)

*1 http://seesaawiki.jp/w/wantok/d/%B6%B6%B2%BC%C5%B0 「スクラップブック」
  •2006年10月2日放送の『徹子の部屋』。徹子さん「ハシゲって読まれませんか?」の問いに橋下は次のように答えています。「高校時代のあだ名はそうでしたね。本名はハシシタなんですけど、僕の名前がトオル、ですから、はしのしたとおる、って感じでゴロが悪いんじゃないかってことで、戸籍上には振り仮名って打ってませんから、住民票の登録の時に無理やりハシモト、にしたんです」

*2 http://women.japantimes.co.jp/20160717/interview/first-lady/
 2016年7月17日 The Japan Timesでのインタビュー。安倍昭恵は、こう述べています。
「つながりを作っていくというのが、私の一つできること。何のとりえもないですが、私は日本の中で最も幅広く色々な人と話せる人の一人だと思うんです。天皇陛下からホームレスまで誰とでも話ができる。上流階級、経済界のお偉方もいれば、全くそんなところに縁のない若者たち、スーツも着たことのないニートのような若い子たちもいる。いろいろな人たちと話が普通にできるというのが、私の強みの一つです」
 (ホームレスを蔑視した、ひとりよがりの全能感がうかがえます)

頑張るモンゴル勢

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白鵬が38回目の優勝を飾った。偉いもんだ。

熱心な相撲フアンではないけれど、稀勢の里が横網になる前後の相撲フアンの偏狭ともいえる熱狂ぶりににクビをかしげていました。日本出身横綱の誕生待望熱が異様な盛り上がっていたことです。

単なる身びいきの高揚感ではなくて、その裏に外国人力士の排斥ムードを伴っていました。その意味でも、今場所、白鵬が再起したのは、おおいに結構なことと思っています。

相撲界には長く日本出身者が横網になれないことを慨嘆する人たちが多く、日本出身横網待望論が高かった。しかし、理由な簡単です。弱いからです。お嘆きの方たちの気持ちに応えるには、強い日本出身力士が登場すればすむことなのに、なにを血迷ったことか、ことさらに外国人力士を非難したり、貶めたりするバカが多くいます。

稀勢の里が十何年ぶりに日本出身力士として横網になったとき、相撲フアンならずとも世間が喜びで湧いたのは、無理もありませんが、横網になれるかどうかがかかる場所いらい、相撲の話題は稀勢の里一色で持ち切りとなりました。NHKのテレビなどは、日本出身を強調したヒーロー、稀勢の里トピックスをなんども垂れ流したことか。肩入れが異常です。

こういう日本出身力士を称賛、待望するあまりに、モンゴル出身力士が負けると拍手したり、勝つと「国に帰れ」、「金返せ}などとヤジを飛ばす輩が出てきました。稀勢の里が横綱をかけた一番では、白鵬を破ると「バンザイ・コール」で場内が沸騰しました。大相撲人気を支えてきたた敗者への気遣いもなく、差別意識丸出しです。

愛国心の発露というのは、このようにおうおうにして、自国民優先、優越主義と同義となり、他国民を見下し、無用な摩擦を生み出します。バカな連中に改めて言うとすれば、前世紀いらい大相撲人気を再興させてきたのは、まずハワイ出身者、その後はモンゴル出身者であって、彼らの奮闘なしには、今日の大相撲の繁栄はないと言っていいくらいです。

相撲フアンならずとも、高見山、小錦、曙、そして武蔵丸といったハワイ勢。あるいは朝青龍、白鵬、日馬富士、角竜らのモンゴル勢を知らない人はいないでしょう。いまの幕内番付には、エストリアやブルガリア出身の力士もいます。

相撲協会が意図的に相撲の国際化、グローバルな改革を進んでしたわけではない。むしろ、力のある力士の成り手がなく、相撲人気の低迷をしのぐために苦し紛れに外国人力士を受け入れる流れができたといっていいのです。

大相撲は国技を自称していますが、そのビジネスが成り立っているのは、こうした外国勢が頑張って支えてくれているからです。外国勢の力士に感謝や敬意を表してあまりあるのに、ヘイトスピーチとか誹謗中傷するとは、とんでもない話です。

こうした自国民優先のナシナリズムの強い風潮が高まったのは、中韓をむやみに誹謗したり、北の脅威を煽ったりするアベ政権になっていらい、いっそう際立つ印象です。TVにも、日本の底力とか、ニッポン文化、ああ、日本人でよかったなどとか、絶賛する番組がやたらに目立ちます。各国には各国の独自の文化や伝統があります。

文化や伝統を比較して優劣を語るには無意味です。違和感があります。つまり、ピクルスとキムチと沢庵がどっちがうまいか、という終わりのない比較論になるからです。

別に相撲に限らないけれど、現代では国内外でも、プロ野球はじめサッカー、ラグビー、バスケットボールなど、ほとんどすべてのスポーツでは優れた外国勢を受け入れて、その技量やスポーツマンシップを競技力向上に盛んに取り入れています。

外国人にさんざんお世話になりながら、外国人を理由に横網経験者にさえ容易に親方になれないなど差別的待遇を続ける相撲協会。タコツボにこもる協会の体質はおかしいのですが、せめて外国人差別の声が出ないように場内の秩序維持に厳しく対処すべきでしょう。悪しき国威宣揚や差別する連中には入場禁止でもって対処する厳しいサッカー界のように。

手負いになった稀勢の里が、再起するのは容易なことではありません。いまも、これからも大相撲は、日本出身者だけでは衰退するのが目に見えてます。若貴時代(平成ひとケタ頃の若花田、貴乃花)のあと、華のある日本出身力士は育っていないのです。「国に帰れ」などとヘイトスピーチする輩は出入り禁止すべきでしょう。

(写真はGoogle画像検索から引用)
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