「あんな」「でんでん」首相

Facebookにアベにかかわるおもしろい写真がのっていたので、シェアーさせてもらいました。
すべてトランプ来訪中のショットです。

より多くの人々の目に触れることで、一国の指導者はどうあるべきか。そんな大層な問題を改めて考えるきっかけになりますかどうか。情けなくて天を仰ぐ気分になりますかどうか、それなりの意義がありそうです。


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トランプの娘で補佐官でもあるイヴァンカの到着をもみ手をしながら、もうかまだかの風情。和風料亭まえで待つアベです。アベのアタマには外交上からして 出迎える必要もない格下の人物という思慮はなく、トランプの娘であることを思い切り忖度しています。

トランプがアメリカで日本の首相補佐官をパーティ―会場まえで出迎えることがあるだろうか。噴飯ものです。尚、この娘にアキエは140万円相当のパールを送ったとか。似たもの夫婦らしい。


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日本国の治外法権である米軍横田基地から(それだけでも植民地扱いですが、、)来日したトランプは霞が関CCへ直行、アベがおねだりしたゴルフにつきあいました。アベがいまにもせめて来そうだと北の脅威を煽っていた真意というのは、メイド・イン・アメリカの武器販売促進のセールスマンの甘言にのる空気つくりだったようです。


アベは3メートルのパットを大きく外し失敗したが、そのタマを拾ったトランプが投げて返したのにキャッチできず、タマを追いかけてた。アベの自作自演のハイライトはバンカーから打ったあと、土手を駆け上がったとたん、もんどりうってバンカーの斜面へ転落、ゴロゴロと底まで落ちたパーフォ―マンス。


上空から某テレビ局がしっかり撮影、動画で公開してました。なのに、「難しい話も取り混ぜて対話ができた」とゴルフ外交を自賛していますから、いいシンゾウです。(*1)


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美しい国の美風が大好きのアベは和風庭園で大きな錦鯉のエサをやる、お定まりのシーンにトランプを招待。はじめはエサを求めて集まってくる鯉に少しずつエサをまいていtましたが、面倒くさくなったのか、升から一気にぶちまけた。トランプも、それがエサやりの常道とみてかどうか、一気にバラまいてしまった。なんとも、あとは野となれ山となれ、大和心がこもった床しい振る舞いです。(*2)

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アベはトランプがらみなら、夫人のメラニアでも娘のイヴァンカでも、どっちでもいいらしく、夕食会に同席した夫人の名前を娘と取り違えてしゃべっている。トランプとなると、初々しい受験生のように上気していしまっているらしい。國際社会が白い目でみているトランプの「忠実な相棒を演じた」と述べるアメリカの新聞論評がありました。


そういえばニューヨーク・タイムズによると、これほどアベが尽くしている日本はアメリカの同盟国ベスト10どころか、20位以内にも含まれず、なんと21位です。アメリカ国民の対日認識って、この程度。(*3)


われわれは、何か勘違いした指導者によって国際社会の流れから外れた異質の国の住民にされているらしい。



(写真はすべてFACEBOOKから引用)

*1安倍首相 バンカー脱出に失敗 
   https://www.youtube.com/watch?v=-SprkKh6eVI



*2 ホウドウキョク トランプ氏は安倍首相のまねをしただけ
    https://www.houdoukyoku.jp/posts/21146


*3 Which Country Is America’s Strongest Ally? For Republicans, It’s Australia
https://www.nytimes.com/interactive/2017/02/03
/upshot/which-country-do-americans-like-most-for-republicans-its-a stralia.html?_r=0


BenQプロジェクターお試しの記

映画が好きで、多いときは週に5本くらい観ています。レンタルショップから借りてくるDVDやBDです。それらをテレビ画面(AQUOS 43型)に再生して楽しんでいます。

トシのせいか、外出を面倒がるようになってからは、それはそれで結構楽しいひとときなのですが、欲を言うと、物足りなさがつきまといます。やはり劇場で観る大画面と音響の映画にはかないません。

いまの映画製作のシーン設定では、はじめから大きな画面に投写されることが前提にあります。つまり、アスペクト比が19:6の割合を意識して作られていますので、そこのところがテレビでは十分に反映しません。

その物足りなさを居間にいてカバーするには、映像と音響が優れたホームシアターしかありません。プロジェクター投写か、スーパー大型テレビか。どちらにするか。大画面テレビは数十万円もして、しかも場所も取ります。

あるとき、大手の家電量販店を5店ハシゴしてプロジェクターを物色しました。驚いたことに名の知れた量販店なのに、ぜんぜん扱っていないのです。4店目に一台、ポツンと置いてありました。にぎやかな大型テレビ売り場の隅に目立たないかたちで、、。

販売員さんとの会話。
「なんで置いてないのですか」
「写るところを実際をみてもらうには広い場所を取りますので、その余裕がない」
「お客さんは多くないの?」
「まだまだかな。照会があってもビジネス用が主ですね」
なんだか拍子抜けした気持ちになりました。同じような思いの人は、そう多くないのかな。

展示販売していた店はわずか1店のみ。広いフロアーの売り場の隅に6畳ほど間仕切りして、薄明るい部屋に二台のプロジェクターを壁に投写していました。ビデオを再生しっぱなしで係り員もいない。いずれもE社の製品でした。ネットで検索すると、幾つかの内外のメーカーがあるのですが、実物を店頭で見る機会は少ないのが現状のようです。

さて、前置きが長くなりましたが、そんな折り、ネットでBenqのプロジェクター・モニター募集を知り、申し込みました。届いたのは「短焦点フルHDホームプロジェクターHT2150ST」です。わずか1.5mの至近距離から100インチのフルハイヴィジョン大型画面を投写でき、さらに高速の応答が必要なゲームモードを新搭載しているとのことです。

以下は「BenQアンバサダー」ということで、扱ったまま、見たままを率直に感想を書くことにします。

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(左右はプロジェクターとキャリングケ―ス、真ん中は取説とそのCDなど)

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(HT2150ST レンズカバーつき)

取説を読むまでもなく、まずはパソコンに接続し、私のホームページ画面を和室の壁に写して、びっくり、感動です。「こんなにきれいに写るのか」。正直、仰天しました。かつて歩いたエベレスト街道から撮った白銀の高峰が目前にそびえたつ臨場感。ウワッー、圧倒的な大画面の出現です。一気に引き込まれました。

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(HPのトップページ。手前左はパソコン、右はプロジェクター)

とても親しい友人とおもわずばったり出会ったような、あるいは、初めての居酒屋で新しい銘柄のうまい酒を口にしたような、心弾む瞬間です。思わず、「こりゃあ、いいなあ」。感嘆の声、連発でした。

まだ手元にスクリーンを用意していません。写したのはクリーム色のクロス張の壁でしたが、一挙に大画面スクリーンに変貌したわけで、興奮しました。台所にいた家人を呼び、たまたま遊びに来ていた娘を呼び、プロジェクター効果を見てもらいました。

「すごい、素晴らしいね」
「きれいやね、ええなあ」
立ちすくんで、見とれています。

青い空に神々しくに輝くエベレスト。あの壮大な南壁、雪氷につつまれた稜線がくっきり。現地で実物を眺めて感動した記憶がよみがえります。これほど鮮明な高画質を再現できるのか。感激の一瞬、いい出会いができたと思いました。

Youtubeにつないでみました。納得です。これなら無尽蔵にある世界の映像が申し分なく鑑賞に堪えられます。

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プロジェクターといえば、古い記憶が残っています。学校や公民館で淡い水彩画のような、あるいは、かすれたような画面でグラフやイラストなどを説明資料として見つつ、話を聴く。そんなスタイルの使い方が普通でした。

ほんと、うかつでした。ホームシアター・プロジェクターは見事に進化していたのです。簡略な手順で操作できるし、再生される映像は、テレビ画面と少しも引けを取らぬ画質になっていたのです。

いよいよ楽しみな映画の再生です。いろいろな画面を観てみたいと思い、BD二本(アスペクト比19:6)、DVD一本(アスペクト比4:3)を用意しました。最初に観たのはかつての名作『七人の侍』と『荒野の七人』をミックスしたような『マグニフィセント・セブン』(BD版)。デンゼル・ワシントン主演の西部劇です。


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(著作権保護のためぼかしています。投写距離150センチのプロジェクター)


銃の乱射、ナイフ投げの早業、爆破で木っ端微塵に舞い上がる建物の欠片と黒煙。西部劇につきもののスピード感あふれる場面転換もしっかり再生しています。苦渋の表情をにじませるワシントンの黒い顔、そばかすが顔や肩に浮かぶ白人女優。細部にまで鮮明でした。大画面を左から右へ夕日をバックに草原を疾走する人馬の群れ、そびえる岩山が美しい。大画面の勝利と言ってよい醍醐味です。

次に試したのは昔の西部劇の名作、『真昼の決闘』(ゲイリー・クーパー、グレース・ケリー主演)は、アスペクト比4:3の白黒版。さて、どうなるか。あのフランキー・レインの歌声で始まる緊迫の果たし合い劇が、忠実に再生されました。

無人化した町を味方を探して歩き回るクーパーの汗、胸に光るブリキの星(保安官の記章)、結婚式をあげたばかり、真っ白なドレスの美しいグレース・ケリー。めまぐるしく動く決闘シーン。どの場面もスムーズに再現されて満足しました。古いDVDもきちんとフォローアップされています。

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(著作権に配慮し反転しています。右側の壁に孫たちの写真額がありますので大小の比較ができます)

遠藤周作の作品をそのまま題名で映画化されたマーチン・スコセッシ監督による『沈黙』。棄教、背教を迫るキリシタン弾圧を時に残酷無残に描いており、画面は青白い色彩背景を生かしています。怒涛の大波、もやが立ち込める海岸や森、信徒たちを閉じ込める牢獄。陰鬱な暗い世を照らすかがり火、、、シネマモードのプロジェクターは暗部も深みのある映像美をみせてくれました。

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(著作権に配慮して、画面をぼかしています)

シネマモードで驚くほど高画質で鑑賞できることがわかりました。ただ、室内は相当暗くしなければ、つまり、映画館なみの暗さにしなければ、映像が浮き彫りされないこと、スピーカーが低音なら問題ありませんが、高音になると、やや金属的な音になり、耳ざわりになります。この点は音響スピーカーを補完する必要がありそうです。

家電量販店が、テレビに比べてプロジェクター販売にあまり乗り気でないように見えるのは、競合すればテレビの分が悪いとでも考えているのかな。そう勘繰りたくなるほど、負けていないようですです、プロジェクターの高画質と大画面は!!

食道楽の大阪の人たちは、こんなふうに考えます。「高くてうまいのなら、当たり前やないか。安くてうまいのが本物や」。いまやプロジェクターは、大型テレビよりもずっとお手軽な値段で、大型テレビよりもずっと大きな画面で映像を楽しめる時代になっているようです。そのことがBenqプロジェクターのモニターをしてみて、よく実感できました。

解像度がどうの、ルーメンがどうのとか、スペックにこだわる同好者もすくないでしょう。しかし、いちばん大切なことは、全体として見て楽しく、ここちよい時間を与えてくれるツールであるかどうか、ということにつきると考えます。

ただ、一点、心残りなのは、ゲーム機能を試すことができませんでした。ゲーム大好きな中学生の孫がいますので、さぞかし喜ぶだろうと考え、レンタルしたのが理由の一つでもありましたが、あいにくの家庭の事情で来宅する機会がありませんでした。西部劇の早打ちや馬の疾走など目まぐるしい場面転換にもしっかり対応できていましたから、ゲーム機能も期待の応えてくれるであろうと思っています。

ことしの冬ごもりからは、ちょっとビールなんか飲みながら、大きな画面でホームシアターを楽しむ。そんな贅沢なひとときができそうです。

護憲派がんばれ

総選挙を前に、すったもんだの末、選挙戦は三極対決というかたちに収まりました。

自公
希望・維新
立憲・共産・社民

主な争点化ないし公約は

自公は北朝鮮脅威、消費税増税、改憲、アベノミクス継続、原発維持、安保法制維持
希望・維新は消費税凍結、改憲、原発フェイドアウト、ユリノミクス、安保法制容認
立憲・共産・社民は、消費税凍結、改憲反対、原発ゼロ、安保法制反対

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解散に踏み切ったのは、アベの自己保身。モリ・カケ隠しで、選挙で信認を得られたら、禊が済んだといきたい。北朝鮮や消費税増税分の配分先の変更という公約は後付けです。「北朝鮮の脅威」は二十数年まえに本邦が射程圏内に入ったノドンいらい、ずっと続いていることで、今更、声高に脅威を煽るのは、国民の不安感を人質にした見え見えの選挙戦術。

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コイケはアベの冷遇に意趣返しのつもりで東京都知事になり、都議選の圧勝の勢いから国政へ、二匹目のどじょう狙い。女性だから当たりのよさが世間をごまかしていますが、すでに6党目と渡り歩いた女風見鶏。本性はアベ同様の極右です。過去の発言からみても改憲、国防軍創設、原発容認派。今回の改憲論には9条も含めて議論必要といい、原発フェイドアウトの約束も13年先を設定してのこと。どうなることやら。コイズミ元首相の入れ知恵で取り込んだ選挙戦術です。

党もろともコイケに捧げたマエハラは以前にも書きましたが、政策面での考えは自民党右派。安保法制も集団的自衛権の行使もやむなしという人物。リベラルを装って民進党にいたのは、政治家出発がたまたま日本新党だったからにすぎない。都議選惨敗で”民進丸”が沈没しそうと見極めて、代表になるや、あっという間に解党をもくろみ、仲間を裏切った罪は深い。

エダノはえらい。マヘハラを盟友と勘違いしていたのは甘いけれど、すぐさま立憲民主党を立ち上げ、この国の将来あるべきリベラルの旗印を掲げて、全国の護憲派の心をつかんだ。国際社会が認めている戦後70年の「平和ブランド」を死守する気構えがいざぎよい。立党一週間で62人の立候補予定者を集めている。

いざぎよいといえば、シイ共産党は、きわめて現実的に対応できている。党勢確認型ともいうべき全選挙区一斉立候補のやり方ではリベラル勢力の票が割れるだけ。統一戦線つくりに候補者の取り下げをしてまで協力している。もちろん選挙後をにらんだ背水の陣です。

というのは、議席数しだいによっては、自公と希望・維新の大連立もありうることを考えた対策といえます。コイケがすでに有り得ると発言している。大連立グループの共通点は言うまでもなく改憲です。国会発議できる三分の二を大連立で占められると、非常に強力な数の力が発揮できます。「アベ1強」とは別の形のかたちの独断専行が始まります。

そういう状況なると、リベラル派はあらゆる面から痛めつけられ、排除されることが目に見えています。特定秘密保護法やら共謀罪などで弾圧が始まるかもしれません。この国の自由や人権、民主主義の存亡にかかわる危機が到来するわけで、絶対阻止しなければならない選挙です。なにがなんでもリベラルで、なにがなんでも三分の一強を掌握しなけれならない。分水嶺をしっかり守ろう。

おりからICANが拡廃絶運動に寄与した貢献でノーベル平和賞を受賞しました。アベ政権がソッポをむいている重要な国際問題への取り組みが大きな國際的評価を受けています。日本やアメリカは世界の潮流から外れていることを改めて示しました。

自公や希望・維新の方向性は、国際社会の流れからも外れています。戦争を起こさない、巻き込まれないために発言し、行動する人々はリベラル派という区分け自体がおかしい。本来なら、それがもっとも普遍的な人間の責務です。普遍的な言動が、少数派であってはならない。個人個人の命と暮らしが尊重される世の中をぜひとも確保しなければならない選挙です。

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(写真3枚ともにFacebook記事から引用)



彼岸の墓参り


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お彼岸に亡父、亡兄の墓参りをしました。
久しぶりです。春秋のお彼岸、お盆と年に三度も慣習的な機会があるのに、ここのところ、ずっとごぶさたでした。不義理なことです。

この墓は亡父が生前に用意したものです。日常的に父とあれこれ話すことがありませんでしたので、長くその存在さえ知りませんでした。なんでも場所柄から、「いい景色が眺められるだろう」とか言って、山の斜面にある墓苑の一角を選んだそうです。

亡くなったあとは、せっせとお墓参りをしたものですが、結構遠いところなので、当方ら遺族もしだいにトシをとってくると、クルマで行くのがしんどくなります。バスや電車を乗り継いでいくとなると、半日がかりです。

墓地選びには、お参りする遺族のことも考えなくてはならない。地方にお墓があって、都会に出て暮らしている人たちにとっては墓守というのが、たいへんな重荷になっていると聞きます。訪れる人も絶えて、夏草ぼうぼうとなり、、、、そんな光景が少なくありません。

当日、見ていると、お花をもって家族で参ってきて掃除をしたり、ひとりだけの老女がしゃがんで、草むしりしていたり。足早にやってきて、お花を添える、合掌するや、戻っていく早業の人もいます。なにか他に用事があったのかもしれません。そのようなせっかちな墓参もありかと見送りました。

お墓のなかにはなにもありません。遺骨の歳月とともに土に還っているでしょう。墓石に向かって花を供え、線香をあげ、手を合わせるのは、ほかならぬ残された人の気持ちのありようです。

そうすることで、故人とのかかわりをふり返ったり、癒されたり、和まされたりしますが、お墓の主は与かり知らぬことです。先祖供養というのは、生きている遺族の気持ちを穏やかにするメンタルな行為です。

昨今の葬儀事情や墓地事情にはビジネス絡みのことで、いろいろな動きや不具合が伝えられていますが、ことは、あくまでも遺族に内面の問題ですから、気持ちが納得できるものなら、どんなかたちでも供養になるはずです。

当方はアウトとなれば、亡父、亡兄の墓に入りますが、そういうものがなくて、自分自身で墓を決める立場であったとすれば、墓地は不要です。生きていてこそ、なんぼのもので、亡くなったあとのことは、知りませんよ、そういう考えをするたちです。

それでは遺族の無責任だという声が聞こえてきそうですが、供養というのは、遺族の諸般の事情しだいのもので、あれこれ言い残すことは逆に負担を与えるようなものです。死者が生者を制約するのは、行き過ぎです。

すでに兄の亡くなったトシをはるかに超えて、亡父の享年と同じトシになりました。いろいろあったが、よくまあ、生きながらえてきたものだ。お供え下がりのビールを飲んで、青い秋空が、いっそうまぶしく感じられました。

掘りごたつ ミドリムシ

朝晩、ひんやり。夜明けごろには、目がさめて肌掛け布団をからだに引き寄せます。

うつらうつらしつつ、この冬は、掘りごたつで過ごそうかと思いつき、久しぶりに和室の畳を上げてみた。熱源になるヒーターがいかにも古い。といっても、まさか炭や練炭ではありませんが、いまや台湾資本傘下になった、あのS社製のもので、ネットで品番をチェックしても、もうみつからない。

ネット上で大手の家電のP社の商品を見つけたが、メーカーHPでは、生産中止とあった。そうなんだ。掘りごたつというのは、暖房道具としては、もうお役御免なのかもしれない。どこの家でも冷暖房はエアコンが普通になっています。あたらしい家を建てるにしても、掘りごたつを設置しようとは考えないにちがいない。

テーブル式のコタツはまだまだ重宝されているけれど、堀りごたつを使っている家庭というのは少ない。いまでは寒い地方の農家の居間に残っていたり、ちょっといい雰囲気がウリの居酒屋なんかにしか残っていないかもしれない。ぬくぬくの掘りごたつに足をいれて、焼酎なんか飲むのは、いいもんだけど。

ネットをいろいろ当たってみたら、よく知らない、、、閑人だけかもしれないが、、、中小家電メーカーが販売していることわかり、購入しました。熱源はハロゲンヒーターです。そういえば風呂場続きの洗面所を温める温風器もハロゲンヒータです。むかし、石英管ヒーターというのがあったことを思い出します。

いまどきの家電らしく、新しい掘りごたつヒーターにもリモコンがついているのが面白い。無段階で温度調節が可能とあります。だいたい、掘りごたつなんかに足を突っ込んでいる状態では、動き回われない。手元のダイアルで「強中弱」を調節すればすむことです。必要性より利便性をうたう方が勝ってるわけだ。

さて、この冬は、掘りごたつにこもり、本を読んだり、DVDを見たり、ビールを飲むんだり、たぶん冬籠りとか、冬眠とかといいわけして、うウトウトする時間が長くなるだろうな。


「ミドリムシあります」。いつも通り抜けるスーパーで、通路に面して開いていた健康美容・食品店のポップが気になっていた。ミドリムシってなんかな。虫が健康につながるって、どんな虫かな。アオムシやアカムシならわかるけれど。なにか秘薬のようなものか。

通るたびに、そう思っていたが、特別、調べてみることもなかったところ、二、三日ごぶさたしている間に、店仕舞していた。健康志向が高まるご時世だから、けっこう流行っているんだと思いこんでいたので、びっくり。

やっと調べる気になった。「ミドリムシ」というのは、なんと胃腸や便秘に効くとされるサプリメントと知った。テレビとかで効果が紹介されたことがあり、ひそかな人気商品であるらしい。

元の素材は、ムシではなくて、水のなかにいる動物とも植物とも区分けがあいまいな、気味悪そうな微小生物。顕微鏡でみると、緑色をした体が伸びたり縮んだり。ムシのように見えなくもないとか。栄養価が高いものらしい。

孫娘がまだ中学生のころ、「美少年ありますって、どういうこと!?」と気色ばんで尋ねたことがあった。街で見かけた店先の張り紙をみて、年頃らしい反応をしたとみた。

「あのなあ、”美少年”ちゅうのは、熊本のお酒の銘柄や。焼酎の名前にもある」
なあーんだ、という顔をしていた孫娘がかわいらしかった。



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(写真はGoogle画像検索から引用)

マエハラの怪

こんど民進党のトップに就任したマエハラって、どんな人物か。

旧民主党結成の時からの生え抜きで、短い期間だが、すでに党代表になったほか、政権時代には国交相や外相など要職を歴任しています。しかし、どんな政治的業績があったのか、いまいちはっきりしない。キャリアからして、知名度は多少あるものの、その考えや理念がよくわからない,というか、理解しにくい。

すったもんだの末、船出したら、いきなりヤマオ・シオリ絡みの人事でつまずいた。党いちばんの花形をかばうわけでもなく、離党届をあっさり受理してしまった。あれとこれとは次元が違う話という大人の抗弁もしない。

来月には衆院補選が三選挙区であるというのに、なんともお粗末な船出とあって、これではアベ政権に対して反転攻勢といった勢いがありません。

そもそもマエハラという政治家は、これまでの言説やエダノと争った代表選の論点などから、はっきりしていることは、重要なポイントでは自公政権の対抗軸になる気がないようです。政権奪取を図るという大望が感じられない。野党の指導者という気迫や情熱が感じられない。

それが最もうかがえるのは、この国の憲法問題や安全保障面の考え方にあります。つまり、彼の持論は

一、改憲論者で自衛隊を憲法上で明記する、     (現政権と同じ)
一、従って集団的自衛権の行使もやむえないこと、 (安保法制容認)
一、対米重視。                     (現政権と変わらぬ姿勢)
一、中国の脅威論者で、防衛力強化に寛容であること。  (現政権と同じ)

こう並べると、自民党の考えとと変わりがない。こういう考え方の持ち主なら、なんで初めから自民党から出馬しなかったのか、不思議でならない。

もともと京大教授、高坂正尭に師事して、そのススメで松下政経塾を経て政治家へ。高坂は昭和後期の國際政治学者で、現実主義的な保守の論客の第一人者、自民党の政策ブレーンでもありました。道筋から言っても自民党で歩むのがふさわしい。

そういえば、絶頂期でもてはやされていたころの維新のハシシタに共感をしめし、連携を探ったと見られる過去もあります。今回も維新へ連携を持ちかけた話が伝えられています。野党の立場からすれば、維新は自公政権の補完勢力にすぎない活動をしているにもかかわらず、です。

ALL for ALL。これがマヘハラがアピールしている目玉政策。消費税を増税した税収を雇用や社会保障に回す。みんなのためにみんなが、、という仕組み。5%,8%と消費税を上げた自公政権も、値上げ理由は同じだった。ところが、大企業の法人税を下げたり、防衛装備に充当して、結果的にはウソをついています。消費税増税論者はカネ集めに熱心だが、いったん取り込むと、本来の趣旨とは逸脱します。、.

いずれにせよ、マヘハラは革新性がきわめて薄い立ち位置です。こうした人物が再び代表に選ばれるところに民進党の曖昧さが目立ちます。政権批判、政権打倒を目指さない野党って、なんのための野党なのか、存在理由がとぼしい。

民進党は下野してから低迷の一途。比較的、支持者が多かった東京や大阪など都市部でも国政、地方議員は壊滅的状況にあり、近年は各種の世論調査で常に5%前後の支持率しか得られていない。彼は草分け期から深くかかわり、衰退の推移を身をもって体験してきたはずなのに、党勢浮揚のために努力した実績が見られない。

民進党に望まれている最大の期待感というのは、健全な二大政党化の一翼を担い、民主主義によって政権交代を可能とする政治システムの構築にありましたが、自公勢力に比べて、あまりにも非力になってしまった。仮に足元から揺らぐアベ政権の敵失にに乗じて、議席を10や20増やすことができたとしても、政治的動向に大きな変化はない。

国民にとって重大関心事である憲法問題で自公改憲勢力を阻む力にならない。彼は前述のように改憲論者であるから、この点では、大筋では自公と争点化するつもりがない。ですから、「改憲阻止」を最大の共通点とする「野党共闘」に乗り気でない。

この6月にも4野党党首が合意した「九条改悪阻止」や衆院選候補者の調整といった戦略を「見直す」と公言しています。9条論では加憲論者であり、共闘面では共産党排除論者であります。

支持率がひとケタばかりの4党でさえ、過去の国政選挙の選挙区ごとの得票率を合わせれば、自公を上回っているところ、互角であるところがほとんど。だからこそ小異を捨てて大同につく統一戦線が喫緊の課題なのですが、それを敢えて取り組まないとするなら、政権に対する対抗軸を手放したと同然ではないか。

一体、民進党は、執行部を総替えしただけで、どれだけのノビシロがあるというのだろう。マエハラが自公と違う点といえば、経済政策で所得格差の是正と社会保障面の充実を強調している点ですが、この面では、現政権は対応策で争点ずらしができます。

現政権の対峙する理念も戦略も示せないようでは、与野党が政権交代を可能にする二大政党化の確立は、夢のまた夢です。

藤浪がんばれ

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藤浪晋太郎は、よみがえったか。
速球はよみがえったが、まだ持前のノーコンは癒されていない印象です。まだ「抜けるタマ症候群」に罹っているようです。

27日の対巨人戦。巨人のルーキーと見事な投手戦を演じました。冷静に巨人打線を抑えました。惜しいことに味方打線の援護点がないまま、7回、先頭打者の背中にデッドボール。ここでイヤな予感がしました。

なにしろ藤浪は、好投手との評判とはうらはらに2013,14年の最多デッドボール王(各年11個)と不名誉な記録を持っています。案の定、代走者の二盗に続き、サインミスによる暴投、そして代打者のタイムリーで、均衡を破られ、4敗を喫しました。ことしは、まだわずか3勝しかあげていませんが、デッドボールは7個目です。

今月中旬の対広島戦では、一か月ぶりの登板だったが、4回2/3を7安打、デッドボール2を含む7四死球で3失点でノックアウト、4敗目をとなり、またファームに落ちた。このときは京セラドームのスタンドで観ていましたから、フアンの落胆、ブーイングをじかに味わいました。フアン愛はすぐさま腹立ちまぎれの憎しみにかわりますから、こころないヤジも飛びました。

いう言うまでもなく、高校生のときは、春・夏・国体と三冠投手、プロに入っても新人特別顕彰、3年二ケタ勝利、オールスターやWBC選出など輝かしい実績があり、「日本の球界を代表する大投手」と期待されている金の卵です。タイガースにしても小山正明や江夏豊に続く大投手の系譜を継ぐ人物です。

しかしながら、2013年から同時にプロ人生を歩み始めた,セパの両雄との5年間をくらべると、こうです。

          勝  敗  三振  四球   死球   防御率

藤浪晋太郎  45 36  729    301 38     2.97

菅野 智之   57   33   737   166 19     2.25

大谷 翔平   39   14   597   184 23 2.55


二刀流の大谷と比べても、藤浪の総合力はやや劣ります。際立っているのは死四球の多さです。藤浪は昨秋には160キロオーバーを投げました。バッタバッタと三振を討ち取る正統派の速球投手ですが、どういうわけかコントロールにはいまいち冴えがない。粘られると、四球になってしまう。

今シーズンも開幕早々、ヤクルトの打者にきつい死球を食らわし、あわや乱闘騒ぎになりそうでした。この間の対広島戦でも対巨人戦でも、デッドボールがきっかけで崩れました。四球よりも死球を与えた方が投手が負うプレッシャーが大きいと思われます。ここが藤浪のメンタル面に響き、動揺を誘っているのかもしれません。

アスリートによく起こるイップス(精神的なことに起因する運動障害)になっているのではないか、という専門家の見方もあります。ストライクを取りに行くタマが抜けると、死四球につながります。それが怖くて、一定のコースを突く投球に迷いが生まれます。

若くして大舞台の厳しい場面を乗り切ってきたタフやヤツ、というようなイメージとは別の内面が藤浪にいるのかもしれません。メッセンジャーを欠くタイガースにとって、藤浪の完全復帰が待たれます。

いまのままでは、菅野、大谷に引けを取り、メジャーへ行った ダルビッシュ(日本ハム在籍8年 93勝38敗 奪三振1250個)や田中将大(楽天在籍7年 99勝 35敗 奪三振1238個)ら直上の先輩たちに続けられるかどうか。なによりタイガースのエースとして優勝投手になれるかどうか。がんばってほしい。

(写真はGoogle画像検索引用)

二つの式辞考

セミたちの気がふれたような大合唱、赤い百日紅の花が窓の外に見えます。
行く夏の午後、全国戦没者追悼式での二つの式辞について、考えます。

天皇は、こう述べています。

「ここに過去を顧み、深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」


(*1)

先の大東亜戦争(開戦時の正式呼称、戦後、連合軍側の呼称では太平洋戦争)を念頭に反省と将来での非戦を希求しています。

もう一つの式辞はアベ。天皇とは対称的に大東亜戦争について、被害を与えたアジアの国々と人々への加害責任も謝罪も一言も述べていません。アベにとって第二次政権発足いらい5度目の式典ですが、そのような趣旨には一度もふれていません。

これがアベや日本会議とか、あのイナダとか、あのカゴイケら、極右に共通する歴史認識です。つまり先の大東亜戦争は、自存自衛のための聖戦であり、アジアの国々を欧米植民地からの解放であったと美化する史観によるからです。

こうした歴史認識を持つ人が、少なからずいます。いまの政権の主潮ですから、本気でそう考えている少数者に加えて、それになびいた方が得策と打算している大勢の”営業同調者”が追随しています。

開戦時の商工大臣、のちの首相、キシ・シンスケでさえ、「あれは侵略だった」(*2)と述懐しているにもかかわらず、その孫、シンゾウは聖戦説を信奉しています。聖戦説に立つならば、敵は成敗するもので、心の痛みも反省もあったもんじゃないのです。

従って、アベの式辞はこうなります。

いま、私たちが享受している平和と繁栄は、かけがえのない命を捧(ささ)げられた皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであります。私たちは、そのことを、ひとときも忘れることはありません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます。


(*3)

310万人とされる戦没者を追悼する式典です。どちらが戦没者に誠実に向き合っているか、言うまでもありません。なぜ、かくも大勢の戦没者が出たのか、アベの式辞では、よって来る所以に触れていません。過去を反省することなく、現状を肯定し、かつ未来に明るい展望があるとは決して思えません。

こうした式典など述べられる先の大戦による「尊い犠牲者」という言葉に、いつも違和感を感じています。戦没者はかけがいのない命を国家のために進んで捧げたのか。「尊い犠牲者たち」は、ほんとうに自らを「尊い犠牲者」と納得しているのだろうか。むろん、いまになってその心境を知る由もないが、「尊い犠牲者」になりたくなかったのではないか。

まったく不条理にも、死地に追いやられ、あるいは撃たれ、焼かれ、あるいは病い得、あるいは孤立無援のなかで餓死したりしたことに得心しているのだろうか。「尊い犠牲者」として祀られた人々の慟哭や無念の情を想うと誠に痛ましい。

犠牲という言葉には、祭祀でのいけにえを意味したり、何事か企図した目的を果たすために、やむをえず大切のモノを失うという意味があります。少なくとも目的に沿うために不作為に生じる損失という意味があります。

犠牲者という言葉を使うのなら、こういうかたちのものに対してなら、適切ではないか。かつて訪れたあの黒四ダムの畔には建設に伴う殉職者171人の慰霊碑があります。これは犠牲者碑であります。調べてみると、青函トンネル工事では殉職者34人、東海道新幹線建設の陰に210人の殉職者、、、、、。

また、子どものころ知った偉人のエピソード。天然痘予防のためにジェンナーが 幼子に牛痘を植えつけて、疑似天然痘に罹らせたり、華岡青洲が母と妻に手術を試み、母を死なせ、妻を失明させたあげく麻酔手術を成功させた、というような人類に寄与した犠牲譚です。完成したダムからの電力や鉄道や治療法の恩恵にあずかっています。まさに「尊い犠牲者」たちによるものです。

先の大東亜戦争で大日本帝国が開戦を企図した狙いは、いわゆる「開戦の詔勅」にありますが、そのどこを見ても、自由と民主主義、主権在民を守る立憲主義の確立や自由主義経済など、現在,国民が享受している社会体制を実現するためとは一言半句も書かれていません。つまり、目的はぜんぜん別にあったのです。

開戦日である昭和16年12月8日 天皇の詔書に書かれているのは、

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米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。(中略)
ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。 皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。


(*5)

要するに、「(数年続く)日中戦争は埒があかない。その背景には米英の支援がある。このままでは東洋での覇権をたくらむ米英は大日本帝国にも野望を向けてくる。神とされる天皇制を継ぐ私としては、この国体を守り、東アジアの平和を確立するために立ち上がる」というふうに解されます。

戦後の日本は、アベが述べる「尊い犠牲者たち」が、まったく予想もしなかったような国家体制に変化しています。尽忠報国、一死報国、鬼畜米英打倒、、、「尊い犠牲者」たちが頭に叩き込まれたスローガンとは、なんのつながりもない国家に変身しているのです。

神がかりであった戦前の表現でいえば、あの世界に冠たる万邦無比で万古不易ーーーあらゆる国々に比べようがないほど優れ、永久に不滅であるーーー神国ニッポンは、跡形なく消えてしまったのです。

たとえて言えば、厳冬の富士山に無理やり登らされたために累々の遭難者を輩出したが、矢つき、刀折れたあげく到達したところは、そこはデナリ山(アメリカの最高峰)であった。こんなシュールな展開になったことになります。

戦陣に駆り出され、かつ銃後を食うや食わず守った人々からすれば、話がちがうじゃないか、という顛末です。あの神がかり、、いまやアベたちの懲りないアタマの中にしか残っていないのです。

アベの式辞は、本来、こんなのがふさわしい。せめて「多大の損害と苦痛を与えた」と詫びた「村山談話」(*4)の精神に触れたあとで、

「いま私たちが享受している平和と繁栄は、先の誤まった戦争を直視し、国家のあるべき姿を民主的に改革する一方、亡くなられた大勢の方々の無念に思いをいたしながら、勤勉な国民の不断の努力の上に築かれたものであります。」


(写真はGoogle画像検索から引用)

*1 宮内庁 主な式典におけるおことば(平成29年)
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/14

*2 安倍首相の祖父・岸信介衝撃発言!あれは「侵略戦争だった!!」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Pp-ocj8TrDU

*3 平成二十九年 全国戦没者追悼式式辞
    http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2017/0815sikiji.html 
    首相官邸

*4 外務省 「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)
   http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html

*5 詔書から筆者が一部を引用。改行も。

「謂われない圧力の中で」

奄美大島あたりで台風が停滞しているそうで、炎暑の候をさらにうっとうしくさせています。ふだんから、あまり使わないアタマがなおさら鈍くなってもおかしくない季節です。

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とはいえ、ネット上で偶然、目にした、屈指の進学校、灘中学・高校長による一文は、興味深かった。あらためて、この国を戦前回帰の国家主義に戻そうと、いわゆる「草の根運動」を進めている反動勢力のやり方を剔抉されています。反動勢力の魔手はここまで及んでいるのか、彼らの人脈や組織の実態は、あるいは、資金はどう工面されているのか、いろいろと考えさせられます。

あの「日本会議」はじめアベら極右勢力は、このような多角的で巧妙な圧力を加えて教育の現場を、自らの望む方向へ強引に転換させようと謀っている。そのいわば、同調圧力戦とも謀略戦ともいうべきやり方の実相がよくわかります。

そのことを身をもって体験した灘中高の校長は、顛末を具体的に冷静に報告しています。反動勢力への憤りとともに、校長のゆるぎない教育的信念の確かさに敬服する次第。猛暑を蹴飛ばす、さわやかな読後感をもちました。

いささか長文ではありますが、ネット上の公開文書とはいえ、今日の教育現場を襲っている反動勢力の実情が多くの人の目に触れられるといいと考え、全文を引用し紹介し対と思います。

謂れのない圧力の中で

       ̶̶ある教科書の選定について̶̶

                  和田孫博

本校では、本年四月より使用する中学校の歴史教科書に新規参入の「学び舎」による『ともに学ぶ人間の歴史』を採択した。本校での教科書の採択は、検定教科書の中から担当教科の教員たちが相談して候補を絞り、最終的には校長を責任者とする採択委員会で決定するが、今回の歴史教科書も同じ手続きを踏んで採択を決めており、教育委員会には採択理由として「本校の教育に適している」と付記して届けている。

ところが、昨年末にある会合で、自民党の一県会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問された。こちらとしては寝耳に水の抗議でまともに取り合わなかったのだが、年が明けて、本校出身の自民党衆議院議員から電話がかかり、「政府筋からの問い合わせなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけてきた。

今回は少し心の準備ができていたので、「検定教科書の中から選択しているのになぜ文句が出るのか分かりません。もし教科書に問題があるとすれば文科省にお話し下さい」と答えた。「確かにそうですな」でその場は収まった。

しかし、二月の中頃から、今度は匿名の葉書が次々と届きだした。そのほとんどが南京陥落後の難民区の市民が日本軍を歓迎したり日本軍から医療や食料を受けたりしている写真葉書で、当時の『朝日画報』や『支那事変画報』などから転用した写真を使い、「プロデュース・水間政憲」とある。

それに「何処の国の教科書か」とか「共産党の宣伝か」とか、ひどいのはOBを名乗って「こんな母校には一切寄付しない」などの添え書きがある。この写真葉書が約五十枚届いた。それが収まりかけたころ、今度は差出人の住所氏名は書かれているものの文面が全く同一の、おそらくある機関が印刷して(表書きの宛先まで印刷してある)、賛同者に配布して送らせたと思える葉書が全国各地から届きだした。文面を要約すると、

「学び舎」の歴史教科書は「反日極左」の教科書であり、将来の日本を担っていく若者を養成するエリート校がなぜ採択したのか?こんな教科書で学んだ生徒が将来日本の指導層になるのを黙って見過ごせない。即刻採用を中止せよ。

というものである。この葉書は未だに散発的に届いており、総数二百枚にも上る。届く度に同じ仮面をかぶった人たちが群れる姿が脳裏に浮かび、うすら寒さを覚えた。

担当教員たちの話では、この教科書を編集したのは現役の教員やOBで、既存の教科書が高校受験を意識して要約に走りすぎたり重要語句を強調して覚えやすくしたりしているのに対し、歴史の基本である読んで考えることに主眼を置いた教科書、写真や絵画や地図などを見ることで疑問や親しみが持てる教科書を作ろうと新規参入したとのことであった。

これからの教育のキーワードともなっている「アクティブ・ラーニング」は、学習者が主体的に問題を発見し、思考し、他の学習者と協働してより深い学習に達することを目指すものであるが、そういう意味ではこの教科書はまさにアクティブ・ラーニングに向いていると言えよう。逆に高校入試に向けた受験勉強には向いていないので、採択校のほとんどが、私立や国立の中高一貫校や大学附属の中学校であった。それもあって先ほどの葉書のように「エリート校が採択」という思い込みを持たれたのかもしれない。
三月十九日の産経新聞の一面で「慰安婦記述 三十校超採択̶̶「学び舎」教科書 灘中など理由非公表」という見出しの記事が載った。さすがに大新聞の記事であるから、「共産党の教科書」とか「反日極左」というような表現は使われていないが、この教科書が申請当初は慰安婦の強制連行を強くにじませた内容だったが検定で不合格となり、大幅に修正し再申請して合格したことが紹介され、本年度採用校として本校を含め七校が名指しになっていた。

本校教頭は電話取材に対し、「検定を通っている教科書であり、貴社に採択理由をお答えする筋合いはない」と返事をしたのだが、それを「理由非公表」と記事にされたわけである。尤も、産経新聞がこのことを記事にしたのには、思想的な背景以外に別の理由もありそうだ。フジサンケイグループの子会社の「育鵬社」が『新しい日本の歴史』という教科書を出している。新規参入の「学び舎」の教科書が予想以上に多くの学校で、しかも「最難関校と呼ばれる」(産経新聞の表現)私学や国立大付属の中学校で採択されたことに、親会社として危機感を持ったのかもしれない。

しかしこれが口火となって、月刊誌『Will』の六月号に、近現代史研究家を名乗る水間政憲氏(先ほどの南京陥落写真葉書のプロデューサー)が、「エリート校―麻布・慶應・灘が採用したトンデモ歴史教科書」という二十頁にも及ぶ大論文を掲載した。また、水間政憲氏がCSテレビの「日本文化チャンネル桜」に登場し、同様の内容を講義したという情報も入ってきた。

そこで、この水間政憲氏のサイトを覗いてみた。すると「水間条項」というブログページがあって、記事一覧リストに「緊急拡散希望《麻布・慶應・灘の中学生が反日極左の歴史教科書の餌食にされる;南京歴史戦ポストカードで対抗しましょう》」という項目があり、そこを開いてみると次のような呼びかけが載っていた。

私学の歴史教科書の採択は、少数の歴史担当者が「恣意的」に採択しているのであり、OBが「今後の寄付金に応じない」とか「いつから社会主義の学校になったのか」などの抗議によって、後輩の健全な教育を護れるのであり、一斉に声を挙げるべきなのです。理事長や校長、そして「地歴公民科主任殿」宛に「OB」が抗議をすると有効です。

そして抗議の文例として「インターネットで知ったのですが、OBとして情けなくなりました」とか「将来性ある若者に反日教育をする目的はなんですか。共産党系教科書を採用しているかぎり、OBとして募金に一切応じないようにします」が挙げられ、その後に採択校の学校名、学校住所、理事長名、校長名、電話番号が列挙されている。

本校の場合はご丁寧に「講道館柔道を創立した柔道の神様嘉納治五郎が、文武両道に長けたエリート養成のため創設した学校ですが、中韓に媚びることがエリート養成になるような学校に変質したようです。嘉納治五郎が泣いていますね……」という文例が付記されている。あらためて本校に送られてきた絵葉書の文面を見ると、そのほとんどがこれらの文例そのままか少しアレンジしているだけであった。どうやらここが発信源のようだ。

この水間氏はブログの中で「明るい日本を実現するプロジェクト」なるものを展開しているが、今回のもそのプロジェクトの一環であるようだ。ブログ中に「1000名(日本みつばち隊)の同志に呼び掛け一気呵成に、『明るい日本を実現するプロジェクト』を推進する」とあり、いろいろな草の根運動を発案し、全国にいる同志に行動を起こすよう呼びかけていると思われる。

また氏は、安倍政権の後ろ盾組織として最近よく話題に出てくる日本会議関係の研修などでしばしば講師を務めているし、東日本大震災の折には日本会議からの依頼を受けて民主党批判をブログ上で拡散したこともあるようだが、日本会議の活動は「草の根運動」が基本にあると言われており(菅野完著『日本会議の研究』扶桑社)、上述の「日本みつばち隊」もこの草の根運動員の一部なのかもしれない。

このように、検定教科書の選定に対する謂れのない投書に関しては経緯がほぼ解明できたので、後は無視するのが一番だと思っているが、事の発端になる自民党の県会議員や衆議院議員からの問い合わせが気になる。現自民党政権が日本会議を後ろ盾としているとすれば、そちらを通しての圧力と考えられるからだ。

ちなみに、県の私学教育課や教育委員会義務教育課、さらには文科省の知り合いに相談したところ、「検定教科書の中から選定委員会で決められているのですから何の問題もありません」とのことであった。そうするとやはり、行政ではなく政治的圧力だと感じざるを得ない。

そんなこんなで心を煩わせていた頃、歴史家の保坂正康氏の『昭和史のかたち』(岩波新書)を読んだ。その第二章は「昭和史と正方形̶̶日本型ファシズムの原型̶̶」というタイトルで、要約すると次のようなことである。

ファシズムの権力構造はこの正方形の枠内に国民をなんとしても閉じこめてここから出さないように試みる。そして国家は四つの各辺に「情報の一元化」「教育の国家主義化」「弾圧立法の制定と拡大解釈」「官民挙げての暴力」を置いて固めていく。そうすると国民は檻に入ったような状態になる。国家は四辺をさらに小さくしてその正方形の面積をより狭くしていこうと試みるのである。

保坂氏は、満州事変以降の帝国憲法下の日本では、「陸軍省新聞課による情報の一元化と報道統制」「国定教科書のファシズム化と教授法の強制」「治安維持法の制定と特高警察による監視」「血盟団や五・一五事件など」がその四辺に当たるという。
では、現在に当てはめるとどうなるのだろうか。第一辺については、政府による新聞やテレビ放送への圧力が顕在的な問題となっている。第二辺については、政治主導の教育改革が強引に進められている中、今回のように学校教育に対して有形無形の圧力がかかっている。

第三辺については、安保法制に関する憲法の拡大解釈が行われるとともに緊急事態法という治安維持法にも似た法律が取り沙汰されている。第四辺に関しては流石に官民挙げてとまではいかないだろうが、ヘイトスピーチを振りかざす民間団体が幅を利かせている。

そして日本会議との関係が深い水間氏のブログからはこれらの団体との近さがにじみ出ている。もちろん現憲法下において戦前のような軍国主義やファシズムが復活するとは考えられないが、多様性を否定し一つの考え方しか許されないような閉塞感の強い社会という意味での「正方形」は間もなく完成する、いやひょっとすると既に完成しているのかもしれない。


(*1)

(写真はGoogle画像検索)

引用文の改行について一部は、引用者によります。

*1 http://toi.oups.ac.jp/16-2wada.pdf?utm_content=buffer79104&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer  謂れのない圧力の中で

   引用文中にある水間政憲という人物のブログは以下の通り。
   http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/
   【水間条項ー国益最前線ジャーナリスト水間政憲のブログです。】

”マツエク”のイーさん退場




伊達メガネ、マツエク、網タイツのイナダがようやく降りた。
31日、自ら騒動のタネをまき散らした役所にお詫びの一言もなく、サヨナラした。

「イ」嫌いとしては、酷暑のなか、溜飲をさげる一服の清涼剤です。

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伊達メガネと網タイツのスタイルは、特産地をかかえる選挙区向けのポーズ。目が高い人が見ると、海外に出るときなんかは、数十万円もする外国産ブランドメガネに変えているそうだ。本音では、特産地のでは、カッコよくないと思っているのだろう。選挙民を喜ばせて。裏切るワルイ奴です。

マツエクというのは、なんのことか(*1)。なんと目元くっきりと見せるため、マツ毛一本づつに、つけまつげを繋いで拡張するエステのことと知る。イナダはオン年、58才。国会で虚偽、はぐらかし、撤回発言を繰り返しているさなかに、何万円もするマツエクに通っていたわけです。

容貌に自信があるのか、その裏返しなのかどうか。そういえば、先のシンガポールでの国際会議であろうことか、同席のフランスとオ―ストラリアの女性大臣を引き合いに出して、3人の共通で重要なことは、「グッド・ルッキング」(美人)と自賛して、失笑され、醜態をさらしています。自称美人を自負するバックグラウンドには、こんな美容法?!を取り入れていたらしい。国事をよそに、国辱をふりまく浅はかな女です。(*2)

さて、「イ」が降りたら、次は「イ」のうえ、つまり「ア」ですね。いうまでもありませんが、本命の「アベ」です。アベの命運もできるだけ早く尽きることを願っています。アベはもう「まさに」「いわば」「基本的に」「いわば」「まさに」「基本的に」を壊れたレコードのようにリピートする崖っぷちにあります。あとひと押し、です。

「イ」や「ア」が嫌いで、これまでも何度かこの欄に書いてきました。根本的には、戦後70年を経た民主国家にとって、アやイの政治姿勢を受け入れがたいと考えています。国内でも国際社会でも、受け入れがたいものです。

もちろん個人的な好悪のレベルでなくて、近い将来のこの国の政治経済社会のありようとしても、アやイの目論見を受け入れるわけには到底いかないものだと思っています。

アやイが目指す国家のありようというのは、かいつまんで言えば、全面的な改憲のもと、

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大日本帝国の復元、
首相の非常大権(もしくは国家緊急権としての全権委任)を法令化
国家神道の復活、
自衛隊の国防軍化(国際社会で核兵器を保有する”核クラブ”参加)
教育勅語の浸透と社会保障よりも家族意識の強化、
道義大国化(日本会議が目指す国家ファースト、国民の臣民化)

アべが言う「戦後日本の脱却」というのは、「戦前回帰」という意味です。その目標に向けて教育基本法を改訂、歴史教科書の右寄り化容認、特定秘密法、安保関連法制、共謀罪法、、、、と第一次、第二次政権と積み上げてきています。教育の右傾化、不適切な法令による自由や人権の包囲など、もはや看過できない時点まで進んでいます。

アベは、同じ極右思想を共有するイナダが可愛くて、自らのちの首相候補として育て上げるつもりだった。そのため、政治家どころか、社会人としての資質さえ問われるバカ発言、法違反発言、隠蔽、虚偽発言のときでさえ、かばい続けました。

この構図の一部分は森友学園の国有地払下げ問題と同じです。園児の教育勅語を唱和させ、園児に自衛隊を日の丸の小旗を振らせて歓迎するカゴイケを「素晴らしい教育者」と褒め上げて、特別な優遇措置を援助したと見られています。アベは自説に寄り添う者でありさえすれば、重用する視野狭窄症なのです。

奇しくもというか、イナダの亡父は、極右運動家として知られ、カゴイケも信奉しておりました。イナダが森友学園の弁護代理人を一時期勤めていたのは、そういう筋だからで、その筋の片方にアべやアキエがいたのです。まったくもって、連中の極右相関図はわかりやすいのです。

ついでにいえば、イナダは本職は弁護士です(*3)。政治家へデビューするきっかけは、日本兵の百人斬りはなかった、兵隊の遺族が名誉棄損だとして、提訴した訴訟の原告代理人として、いわば大南京大虐殺はなかった論を唱えていた。

あの戦争を正義の戦争ということは、イナダによれば、東京裁判は「事後法」であって無効。したがって東条英機もアベの祖父、キシシンスケも無実という論理につながるわけです。

その第二次世界大戦後の世界秩序をチャラにする暴論というべき主張こそ、極右連中の本懐です。イナダの言説がアベに見込まれ、また極右勢力から歓迎されたのが、極右の姫になる始まりです。つまりは父娘二代にわたる反民主主義者、大東亜戦争聖戦論の、トンデモナイ国家主義者なのです。

それが自身の本当に信念に基づく考えなのか、極右思想の連中になびいた借りものなのか。おそらくは、アベ寵愛に応えた「マツエク」なんだろうと思います。アベ1強に躍ったバカ女の終焉と思いたい。

本来なら、大臣職を辞するどころか、議員としても不適格者であることを強調しておきます。こういう伊達メガネ、マツエク、網タイツの「おしゃれが好きな、ダサい人」(*4)とか「田舎の金持ちフアッション」とか揶揄される人物が二度と国政に携わることがないように願いたいものです。選挙区の皆様、ぜひぜひご検討ください。

(写真上下ともにGoogle画像検索から引用)



*1 マツゲエクステ(通称マツエク)とは自分のまつ毛に一本ごとに人工ナイロン毛を専用の接着剤でくっつけて、目元をカワユク!見せる美容技術のこと。

*2 AERA https://dot.asahi.com/aera/2017062900046.html
   小島慶子「稲田大臣の『グッドルッキング』発言に世界は失笑」

*3 http://1000nichi.blog73.fc2.com/blog-entry-9810.html
    弁護士だけど裁判負けまくりの稲田朋美大臣、南京虐殺でも大惨敗
    夫の稲田龍示弁護士も敗訴


*4 2017年3月31日 女性自身の記事
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