独立ということ

日本は独立国かどうか。
形式的には独立しているが、内実はアメリカの属国か植
民地、ないしは51番目の州である。そう指摘する人が少
なくないが、筆者もそう思っている。

そのことを改めて思ったのは、今朝の毎日の報道で、かつ
ての砂川事件無罪判決のあと、在日アメリカ大使が最高裁
長官とひそかに面談、今後の裁判手続きについて長官に示
唆し、かつ意向を打診したことがアメリカの公文書館の資料
で明らかになった。この日米安保条約改定前の無罪判決は、
結局、最高裁で逆転有罪となった。

このことは「独立後」も司法の独立がなく、アメリカの内政干
渉を受け入れていたことをしめしている。アメリカの言うことに
頭が上がらない日本という構図を理解しているつもりても、司
法までもやっぱり、という公式資料が出たとは、情けない話で
ある。

日本国政府は、敗戦に続く6年半の占領下で、いろいろな分野
でアメリカ政府のいいなりになった。それは仕方がない。いいな
りになった結果、現在の日本のあり方にかかわる肯定的な仕組
みも受け入れた。しかし、基本的には、「独立」と引きかえにアメ
リカのいいなりになることを決めた。

とくに国内政治や国際政治の領域でアメリカの言うことに決して
逆らわない方針が国是になった。戦後60年、日本政府はアメリ
カの方針に一度も反対したことがない。日本はアメリカの言うあ
らゆる問題について全面的もしくは条件付賛成する立場を取る
稀有な国になった。

そのことは日本の保守政治家にとって自ら国のことを自分で考
えるのではなくて、アメリカはどうする?、アメリカの顔色をうか
がう姿勢を習い性にした。外務省もアメリカ国務省の一部局み
たいになった。外務官僚の双六の上がりが、他の官庁のように
事務次官ではなくて、駐米大使のポストということが、それを示
している。

近年では、アフガンやイラクの戦争に一早く挙手して賛成したコ
イズミ某や、進んで兵隊も参加させようと計った、あの投げ出し
アベ某のようにアメリカ一辺倒の政治家が輩出するのである。
危険部位の肉牛が輸入されても、システム上の問題ないとアメ
リカ側をかばう官房長官、イラク派遣は違憲との高裁判決の趣旨
にあれは傍論といってすましている防衛大臣、、、さかのぼって
歴代の政治家は大なり小なり、彼らと同様であった。

国益や国民の利益よりもアメリカの国益を優先する政治家や官僚
がうようよいる国が独立国といえるかどうか、考えるまでもない。

今回明らかになったのは、司法はしばしば行政追随だと思っていたが、
それにましてアメリカにも頭が上がらないこと。うすうす感じていた疑念
がきれいに晴れて、さっぱりした。

[パヒューム ある人殺しの物語]を観る

p



こわい映画である。18世紀の巴里は世界一、活気と悪臭の街だった。家にトイレがないころだったので、みんな窓からし尿を投げ捨てた。その悪臭を嫌って、巴里には稀な香水文化が栄えた。そうした背景を踏まえた連続殺人事件。

主人公は魚市場で生まれ、直後に作業婦の母に捨てられる。見咎めた人の通報で母は捕まり処刑
される。赤子は孤児院で育てられ、少年になるや、業つく院長によって皮なめし工場に売られる。数奇
な運命の子は、青年になるや独特の嗅覚があることがわかる。

遠くのもの、人が気がつかないものをかぎ分ける感覚が異常に優れている。あるとき、工場主
の商売について巴里の街へ。見たこともない光と繁栄、かぐわしい香りの充満、、、。そのなかで
柑橘類売りの若い娘が通りかかり、青年は取り憑かれたように尾行する。すぐ背後で娘の髪の毛
の香りをかいでいるとき、ふり返った娘の驚き。通りかかった人の気配から、娘の口を長く塞いだ
ため、気づくと娘は窒息死していた。娘の肌を存分にかいで、青年は娘がかもし出す、えもいわれぬ
香りに心奪われる。

一方で、街の香水調合師を驚嘆させるいい香りの香水を作る能力を認められて、工場主から
買い取られ、念願の香水師になる。青年は次々と流行の香水を生み出して、金満の紳士淑女が
押しかける繁盛ぶり。しかし、青年は満足しなかった。これまでにない、世界でも稀な素晴らしい
香水を作り出したい。こうして青年の関心は若い娘の髪の毛、肌のかぐわしさを求めて、、、。
奇怪な殺人事件が頻発してゆく。

出だしから絵画的な映像、ナレーション付きの静止画で次々とテンポよく物語を進めていく。まるで
紙芝居を見てるような導入から展開するのが面白い。ダスティン・ホフマンがちんけな香水調合師
になっている。配役の妙に笑った。怖いけれど、舞台劇のようにキレイな映画である。

                                          ビデオ版

「ラヴェンダーの咲く庭で」を観る


ravenn


イギリスが誇る名女優ふたりが姉妹役で共演、人生のたそがれ時に
生きる女の微妙な感情をこまやかに見せてくれる佳作です。ジュデイ・
デンチとマギー・スミス。舞い込んできた一人の才能溢れる青年をめ
ぐって、恋愛感情、母性愛、人間愛のさやあてが興味ふかい。

第二次世界大戦が始まる直前のころ、イギリスの海岸べりの館に
お手伝いさんを含めて三人の老女が暮らす。手入れが行き届いた
芝の庭、そこから海を眺め、気が向くと階段つたいに海辺に下りら
れる瀟洒な環境。

嵐があった朝、ふと海岸を見ると、死体が一つ。恐る恐る近づいて
調べれると、漂着した外国人の青年で、失神しているが、息はある。
館の運びこみ、医師を呼び、親切にも介抱を続けて結果、青年は
しだいに元気を回復、ポーランド人の青年と判明、姉妹は若々しい
青年の英語を教えるかたわら、交互に世話を焼く。世話焼きの競争
みたいなる。

あるとき、ヴァイオリンを持った男性が訪れ、青年を慰めるが、お返しに
青年がヴァイオリンを演奏すると、これが見事に上手、天才的なヴァイオ
リン演奏者とわかる。村の人々も驚嘆する。これを姉妹に興味を抱く老
男性医師が、嫉妬して警察に不法滞在の外国人として密告したころから
話が大きく展開してゆく。

大きな舞台で華やかにデビューする青年、手がとどかない世界へ伸びて
行く青年、その後ろ姿をじっと見つめ、やがて無言できびすを返す老姉妹、
、、、。どうにもならない若さと老いと、哀切がこもるラストでした。

         監督、チャールズ・ダンス    DVD版

転籍

立命館大の生命科学部が、定員オーバーの学生が入学したため
こっそりオーバー分の学生を減らすために、他の学部に学生の希望
のままに転学部させていた。最近明るみに出たニュース。

私立大(短大)の入学定員の1.39倍まで入学者を超えてもいい。
100人定員なら139人までOK。たいがいの私立大は限度いっぱい
水増し入学させているが、それ以上だと文科省から私学助成金を打
ち切られる。立命はこの措置を避けるため、こんな転籍を認めたらし
い。転部先は法学部や薬学部、経済学部などで、要するに何でもOK
だったという。表向きは{学習環境の維持」と言っているが、誰も信じは
しない。

これでは正規の入試を受けて合格したもの、不合格になったものには
不公平なやり方。大学当局は学生の志望や適正や学科そのものの存
立理由などはどうでもよくて、つじつまさえ合えばOKと考えている。

私学がしばしば教育の名を借りたビジネス事業である顔を露見させる
ことがあるが、今回のケースは露骨にその姿を現したケースであろう。
だいたい定員とは名ばかりで、かつては定員の20倍以上の学生を
入学させていた短大もあったし、どの大学も二倍、三倍はザラであった。

少子化で学生の奪いあいが熾烈を極めているので、キャンバス見学に
行けば合格、入試説明会に参加すればお土産つきで合格という大学
もあるそうだ。それでもブランド大学以外は苦戦して、生き残りのために
年の5,6回も形だけの、推薦、一芸入試など入試を行って、学生集めに
狂奔している。

関西の私学ではブランド大でもあり、大学改革にも熱心、学生集めのた
めの学部編成、付属の学校の系列化など目ざましい動きを見せている
立命。転籍などといういい加減な処理をやっていたことは、もっともっと
悪しき手の内もやって肥大化を計っているのに違いないと推察される。

教育事業が、ある程度、経営を重視せざるを得ない点について世間は
それなりの理解を示しているが、儲け主義が根本であるかのような
姿を見せると、地に堕ちるだろう。なにしろ、一応は知の砦が看板。
その品格に疑問をもたれたら、おしまいだ。

2000本安打

阪神VS中日の三連戦目が、春の雨で流れた。
このため金本選手の地元甲子園での2000本安打の達成も
持ち越された。横浜でぜひ早々と記録してほしい。

それにしても1999本に到達してから、金本は11打席ゼロ
安打である。過去三試合、TV中継の野球解説者は、だれも
金本ほどのベテランは、特別に緊張することもなく、ただの通
過点でしょうなどと、したり顔で解説していた。

しかし、こう凡打が続くと、これは、もうはっきりと、金本は記録
を前に特別な意識状態にあると言ってよい。のびのびと腕が振
れない、タマが見えていないと言ってよい。人並みにプレッシャー
をひしひしと感じていると言ってよい。

これは、われら凡人には、とてもわかりやすい教訓である。
歴戦のベテランでも、特別な状況に置かれると、日常の平静さ
を保てないということを示していることだ。そのことに思いを致さず
ベテランだから、金本は緊張してませんよなどと繰り返す解説者
は経験不足、もしくは人間心理について洞察がない輩たちである。

こういう一面的なモノの見方しかできない古手の野球選手上がりが
訳知りふうのおしゃべりをするのは、とてもうっとしい。TVは目の前
で場面が展開しているのだから、くどくどおしゃべりしてもらいたくな
い。解説者が二人、ゲストが二人、それにアナと居並ぶのは、ムダ
使いである。

後期高齢医療保険のこと

四月から75歳以上のお年寄りは、自前の保険に加入を強制される。
これまでの健保や国保で家族の扶養者になっていたものも、切り
放されてしまう。

こちらは、まだ間があるが、いずれ明日はわが身の話だ。
年金があれば年金から天引き、なければ懐から保険金を徴収され
る。均等割りと所得割りの二本立てである。

国の狙いは医療費の削減である。削減しやすいのは、もう治療
費を投入しても効果の薄い、しかも二つも三つも病気を抱える、
投資しても先がない、、、老人であると考えたようだ。

なんという無残は、過酷な話ではないか。こんな無慈悲は医療
保険制度を実施している国はどこにもない。老人は役に立たない、
効率が悪い存在だから、早く死ね、という気持がありありである。

あんまり評判が悪いので、政府は後期高齢者などいう無味乾燥な
無礼や表記を改めて、長寿保険と言い換えようとしている。

そんな問題ではないだろう。
この国は、いったいどこまで冷酷になるつもりか。



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