三題話

あのアソウさんが、施政演説で、なお解散をせずに景気回復の専念するという。景気というのは、簡単に人為的に改革できるものでない。幾多の経済政策が古今東西にあるが、決め手がないから、好況と不況をイレギュラーに繰り返しているのである。だとすれば、バラマキ給付金くらいで景気が上昇すのを望むのは無謀としか言いようがない。つまるところ一日でも延命を図り解散を先延ばし、総理大臣の権力を弄びたいのであろう。すでに16%台まで支持率が落ちている死に体内閣が続くのは国民の大いなる不幸である。

また力士が大麻を吸引、所持して逮捕された。昨年、理事長がしぶしぶ辞任して角界浄化を誓ったばかりなのに、この不祥事。新しい理事長も親方もカンカンであるようだが、もともと相撲取りになりたい人物が総じて社会性に長けているとは思えない。これは偏見ではなくて、実情であろう。角界成功者の話につきものなのは、年少の割りに身長、体重が異常に大きい、つまり巨漢をスカウトして育てたというストリーである。身体的条件が優先されて、、、、それはこのスポーツの性質上やむ得ないが、、、ことの軽重を問える基礎学力、社会的な素養があるかどうか、そういうハードルを課したという話を聴いたことがない。だとすれば、序二段から三役まで数百人もいる力士のなかから、こうした人物が出るのは仕方がない。考えてみれば、心技体などとむずかしいことを要求されて横綱をきわめた人物でも、その後、妙な方向に行った者がいくらも居るではないか。

大阪の橋下知事が、大阪の児童生徒の学力や体力検査の結果がいずれも全国平均より格段と低いことを嘆いて、こういう趣旨のことを言った。ふつう勉強ができないけれど、スポーツはできるというもんだが、大阪では両方とも悪い、と。この発言はスポーツを不当に貶めている。スポーツのなかには、なかなか理解できない複雑なルールや身体の動かし方が必要なものが多く、そこらのボンクラが簡単に取り組めるものでない。ということからして、勉強もできるし、スポーツもできるというのが、おおむね定番だ。いわゆる底辺校や三、四流大といわれる生徒学生は両方とも冴えないのは普通だ。ボンクラがボンクラであるのは、外的な条件を除けば、万事に意欲に欠けるからだ。

ガム

最近、よくガムを噛む。カルシュウム含有とかで虫歯予防にもなるという効用をうたっているガムを噛む。本を読んだり、ものを書いたりするときも、ついついガムを噛む。いくらか集中力がつくような気がしている。つまり、ガム愛好家になったのだ。

新春のウイーンフィルハーモーニーの本場の演奏会をTVで見ていたら、観客席でガムをむしゃむしゃ噛む西洋オバサンたちが結構いた。格調高い交響楽団の格式ある音楽の殿堂でも、いまやガムを噛みながら名曲鑑賞する連中がすくなくないのだ。

そう思っていたら、イスラエルのハマスへの軍事行動を審議する国連安保理の会議のTVニュースを見てたら、代表たちの後方で待機する職員もしくは随員女性が、ガムを噛んでいた。世界の平和を安全を討議する場で、けっこう、くつろいでというか、ガムを牛のように噛んでいるのだ。

臆面もなくガムを噛んでいるのは講義中の学生たち。目は机下のケータイ、口にガム。注意をうけても
素知らぬ顔で再びガムを噛みだす。イタチごっこである。販売促進会議や次年度の事業活動を討議する会社の会議でガムを噛むヤツは、まだいない。

プロ野球の選手はガムが好きだ。洋の東西を問わず選手たちは噛んでいる、これには緊張緩和と集中力をつけるからだと理由づけされているし、力いっぱいのバットスイングなどのときには口内に力を緩衝する働きがあって、いいのだという理屈もあるようだ。

昔といっても戦後まもなくのことだが、おそらく日本におおぴっらにガムを持ち込んだのは米軍の兵士たちだろう。かれらGIはいつもジープの上でも歩いていてもガムを噛んでいた。どういう効用から米国政府はGIたちに、あんなにガムを噛ませていたのだろう。歩きながらモノを食す習慣がなかった日本では、当初ガム噛みは顰蹙を買った。しかし、その半面、なにも甘味がなかったころだから、あの短い時間とはいえ、口内の広がる強烈な甘さはこたえられなかった。筆者などは、子どものころにハーシーの名前を覚え、いまも忘れられない。

ところで、スポーツ選手といっても、力士やサッカーやバスケやテニスの選手がガムを噛んでゲームをやっている姿はみない。こうしたゲームにも緊張や不安解消の手立てが必要とおもわれるが、噛まない。このことからすると、ガム噛みは動きが激しいスポーツには向かないのだろう。ノドを詰める危険の方は強いかもしれない。

ガムを噛むような口をもごもご動かすのは、食べるため、あるいは咀嚼するため欠かせない天賦の運動であるが、なぜか作法やマナーの世界では、これをみっとない、はしたない、行儀が悪いとする見方が有力である。これも古今東西同じような見方である。

排泄とか性交とか睡眠とか食欲とか、そういう本能がむき出しのままの行動を人の前にさらすのは、マナー違反、行儀作法がなっていないと見るわけだ。だから人目から隠蔽する作法や人目にあってもよい範囲とされる文化が生まれるのだろう。ガム噛みというは本能の要請ではないが、これほど人の口内に根を張ってきたのには、もっと、もっともらしい理由がある気がしてならない。

ウイーンフィルならダメで、サザンオールスターならOKか、大学の講義ならOKで、安保理ならダメか。
そもそも同梱状態になる口内を使うディナーやレストランでは両立しないが、冠婚葬祭では、どうなんだろう。ガムを噛むTPOは揺れている。

ガム愛好家になってしまったので、ここはひとつ、権威ある世界のガム研究者(という人がいるとしたら)のご高説が待たれるところである。
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
プロフィール

tajifu

Author:tajifu

ブログ内検索
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる