不快な話題三つ

その一、野田首相が、あの大震災で生じたガレキの山の処理について、各都道府県で分散処理したいと自治体にお願いしている。法的根拠も用意したうえ、国民の「絆」をわかちあおうと呼びかけています。

これは一種の美談もどきの泣き落しですね。大震災を受けた地域の人々の苦しい思いと復旧復興を願う気持ちには、同情しますが、これはアブナイ手法です。福島県を中心に地域によっては放射能汚染をしている。除染の決め手をまだ人類は持っていないといいますから、これは汚染物質を全国に分散させる愚行です。数十年先、どのような後遺症が現れるのかも予見できない現状で、バラマキは良くない。

原発の放射性廃棄物の根本的な処理法がなくて、六ヶ所村の地中深くにしか埋設するしかない現況ですから、これらのガレキをダンプやトラックで駆け回って処理するのは、全国の放射能汚染物をばらまくようなものです。結局、いまできることは、東電福島原発の周辺か、東電幹部といわゆる原子力ムラの住人たちの自宅の庭に地球の軸まで届くような巨大な穴を掘って埋めるしかないだろう。

その二、大阪の府立高校長・中原某が卒業式で君ケ代を斉唱しなかったとされる教員を不逞分子として教委に報告、処分の対象にしていた。口パクかどうか。校長は通常なら先頭にいるから、後ろの様子は見えない。にもかかわらず、「摘発」したということは、校長が後ろを探索したか、彼の意を体した同僚教員がいたということか。心寒くなる校長一派だな。

教委の通達は、おそらく起立と斉唱であろうが、その起立の姿勢や斉唱の態様までは一律に規制していないと思われるから、校長の目のつけどころは、教委通達に踏み込んだ強硬な吟味であろう。摘発内容を具申すれば、橋下の腹話術人形・マツイの目があるので、教委は、そこまでは求めていないとは言えない。そこを見越した過剰な、バカバカしい忠誠心ごっこであります。

この校長は若く、しかも橋下同様に本来は弁護士だそうだ。教委の職務命令を守って、なにが悪いと開き直っているらしいが、この職務命令の法源である条例の制定経過に配慮が及ばないと見える。橋下維新の府議たちがろくに審議もしないで可決したこと。制定の底意に教職員の管理と統制があること、さらに言えば、この国には国旗国歌については忌まわしい歴史的経緯があって、そのことで塗炭の苦しみを味わった記憶と、その系譜を持つ人が少ないということ。ために、法制化さえやっと10年前に内心の自由にまで踏み込まないという共通認識で出来ていること。法律を上回る条例の運用はありえないだろう。そういう背景に対しては一切配慮が及ばないらしい。

物議をかもせば、条例は民意、摘発は職務命令のせいにして、言い逃れているようだ。この校長には良識ある社会人に必要なバランス感覚が欠けている。こういう「法律万能派」は、昔から法匪といって唾棄されている。

その三、巨人のダーティな戦力強化策がまた明るみにであた。球団申し合せよりも6選手の入団契約高が合計27億円も超過していることが分かった。朝日が特報するや、読売は朝日の抗議、法的措置も辞さないなどとほざいている。こんなことで抗議するなら、読売の特報は全部、抗議の対象になる。

なにより、暴露された巨人側は、違反でもない、制裁もない、もう昔のことではないか、いまごろ明るみにするのには意図的なものを感じると、的外れなコメントを出している。察するに内部告発した犯人探しに躍起になっている模様。誰か考えても、いま係争中の「清武の乱」に深く関わった流出情報だろうなと思わせるからおかしい。

この球界の盟主を気取る巨人は、このバレなきゃ、なんでもありの汚いやり方が、どんなに野球界やフアンを毒しているのか、ぜんぜん意に介していない。プロとはいえ、ルールあってのスポーツの世界のヌケ駆けだけに、いっそう不愉快な話。巨人の選手には、みんなウラがあるんだろうな。今季移籍の内海やホールトンや村田も、そうなんだろうなとかんぐりたくなる。そう思わせるだけの、赫々たる「実績」が、巨人にはつきまとっているからね。

辺野古

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沖縄へ遊びに行きました。そのついでにと言うと、事柄が深刻重大なことなので、申し訳ないことでありますがとぐちゃぐちゃ言い訳をしておりますが、タイガースが春季キャンプしている宜野座村から、あの問題の辺野古地区が近いことが分かり、行ってきました。

宜野座村で酒臭いオジサンに尋ねたら、すぐそこだとおっしゃる。地図を見ると、すぐそこではない距離だが、念を押すと、ニコニコして、すぐそこだ、7分で行けると言います。そこで、国道329号を走る。教えられた給油所の角を回ると、茂った林が続き、ついで、海岸に出たが、人影はない。こういうところが移設地候補なのか、どこが違うの感じなので国道筋に戻り、別の人に尋ねると、もっと先だと言います。

教えてもらった通り、国道を北に直進する。左右は一切なんにもなく、ただ上下四車線の道が続く。そこへ実に立派な巨大な建物が現れた。建物は国道の両側にあり、国道をまたいだ跨線橋で結んでいる。国立沖縄工業高専とあります。近年やっと卒業生が送り出したという若い高専。なんでこんな辺鄙なところに国立工業高専を開校したのか、というところに国の思惑やら配慮やらがあるのだろうな。とても通学できる場所ではなさそうなせいか、学生は寮に入っているそうだ。国道を挟んで対峙しているような建物の一方は学生寮なんだろう。すでに辺野古地区であるが、通行人は一人もいない。人が住んでいる息づかいがなにもない。

国道を走ると、相変わらず森林のほかはなにもないところで、いきなりキャンプ・シュワブの入口の前に出た。米軍海兵隊基地であるが、入口には日本人の警備員が一人、こちらを見ている。ここまでくると、海岸側は広大なキャンプ地ばかりので、引き返す。

T字路に写真のような標識をみる。海岸側に小さな漁港があって、そこまで数十戸の集落がある。家並のなかに狭い道路が縦横にあるが、人影は依然となく、店は締められて、出入りが感じられない。埃っぽい。家の壁には英語の大きな文字が風化したり、消し方がおざなりだったのか、色あせて残っていたり。すべてバーやサロンだったと思しき文字列である。米軍の兵隊たちが、大勢繰り出して、夜ごとアルコールと女でにさんざめいた賑わいの跡であろうか。

普天間基地の移転先として日米政府が合意した候補地。移設に反対する地元の動向がきっとあるだろうと想像してきたが、大きな看板一つない。あったのは電柱の根元に立てかけられて小さな立て札で、「私たちはヘリ基地の移設に反対です。命を守る会」というような趣旨の地味なものでした。三日後、野田首相が初めての沖縄訪問したとき、この地の上空をヘリから視察したニュースをTVで見ましたら、海岸で約30人が、移設反対の声を上げていました。

沖縄復帰40年。米軍基地に依存しなければ、火の消えたような貧しさの影に覆われる地域であります。辺野古の歓楽地は、まるで西部劇に出てきたゴールドラッシュのあとゴーストタウンのように生気が感じられないところでした。思うに、ここで暮らす人たちのなかには、基地が来てくれれば、助かるという本音を秘めた人が少なくないのではないかと思いました。

知事も辺野古地区を抱える名護の市長も「県外移設」の立場で日米合意の見直しを強く求めています。それは正しい見解に違いありませんので、辺野古移設を両政府が強引に実行するのは、困難でしょう。強行すれば、不測の事態が起きそうではありますが、しかし米軍依存でなければ、地域の経済振興もままならぬ現状も悲劇です。戦後60余年、政府や沖縄県はなにをやってきたのかと思います。琉球国の昔から、ずっと差別的に処遇されてきた沖縄と沖縄の人たちの苦しみが肌身に感じられました。
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