ホイス 東京三大・地産地消酒

ホイスって酒、ご存じですか。

img_783073_31365482_1.jpg


私は、長年、お酒を飲んで、居酒屋でクダをまいてきましたが、知らなかった。TV番組『酒場放浪記』(月夜9時、BS-TBS)で狂言回しの俳人、吉田類がじつにうまそうに呑んでいた。彼はなんでも旨そうに飲む特技を持っているようだが、その酒を「ホイス」と言った。

o0400049812013492094.jpg





調べてみると、昭和30年ころ、東京・白金の高級住宅地にある後藤商店で開発されたもので、居酒屋専門に直売している。その辺の酒屋には卸していないとわかった。しかし、酒と自称しているものの、今回の探索で、酒ではないことが分かった。いわゆる「割もの」と言われるもので、焼酎やウイスキーなどに割って飲むものでした。ほとんど東京の一部地域の飲み屋のみしか置いていない。友人知人に当たってみても、どなたも知らない、飲んだこともないとおっしゃります。うーん、「謎の酒」ですね。

おいしい飲み方は、ホイス4 焼酎6 ソーダ水10というのが黄金比。きりきりに冷やして飲むと、うまいそうだ。飲んでみたいなあ。そこで酒友にもお願いして、飲ませるところを探しましたら、大阪にもありました、ありました。一軒はなんとアメリカ村にあります。

某日、地図で場所を確認したあと飲みに行きました。昼間だったので居酒屋というよりは、食堂という雰囲気のお店。お姉さんにホイスってありますかと尋ねると、ある、という確たる返事。見ると、お品書きにも名前があり、壁にも「嗚呼、君知るや、幻の酒、ホイス」というポスタ―が貼ってあるじゃーあーりませんか。嬉しかったですね。「嗚呼、君知るや、、、」と大時代な宣伝文句がいい。


aP1020069.jpg

aP1020068.jpg



味はどうだったか。ちよっとハーブの匂いとかすかな柑橘系か薬草の味わい。出してくれた中ジョッキは、ウイスキーの水割りのように見える。これぞホイスの名前の由来と納得。開発当時は、ウイスキーは高価な飲み物だったので、庶民の口にはおいそれと入らなかった。そこを見越して、後藤商店が安いウイスキーもどきを作ったものらしい。

厳密には、前述のようにアルコール分はゼロなので、「清涼飲料水」のジャンルだが、オレンジジュースやサイダーのように、一般の店頭には並んでいない。そのまま飲むものでもない。本体の酒に割って飲まれるもので、居酒屋でしか見かけないから、大方のイメージは、酒である。メーカーもポスタ―のように「酒」扱いしている。まことに妙なものです。


aaP1020074.jpg


東京三大・地産地消酒というのは、私が勝手に命名しているのですが、二つ目は「ホッピー」。これも赤坂生まれの割りもの酒。ラムネ、サイダーなど作っていた店が、焼酎に合う酒を開発したもので、これも大阪では、かなり入手困難。関東圏では普通に愛飲されているようだ。アルコール分はわずかに0・8%。ですから税法上からも酒類あつかいではない。ホイスと同様である。

220px-Hoppy.jpg


過日、上京のおり、池袋駅周辺の大衆酒場に入ってみると、なんとなんと壁面はホッピーの宣伝ステッカーがべたべた張ってあり、なんだか嬉しくなった。さっそくお姉さんに注文したら、
「クロか、シロか」
「えっ、じゃあ、クロ」とぎこちない。
運ばれてきたのは、黒ビ―ルのような色合いの瓶ごとのホッピー。瓶にはマドラ―のような棒がさしてあった。そして、中ジョッキの底三分の一くらい入った焼酎。このジョッキに好み量のホッピーを注いで、マドラ―で軽くかき回す。見れば、ほかのお客さんも、馴れた手つきで調合?していた。よく冷えたホッピーの喉越しは、まるで生ビールと変わりなかった。おいしかった。



そして


399PX-~1


三つ目は、「電気ブラン」。これは浅草生まれ。ブランディやウイスキーなどを混ぜた、度数の強い酒。30%と45%というから、そうとうきつい。明治末期に当時は流行語だったという「電気、、、」という言い方を酒の名にしたといわれる。酔ってシビレルという意味ではない。こっちも大阪ではなかなか買えないシロモノ。

この「電気ブラン」と言う酒は、戦後の小説には、よく出てきます。安い酒で早く酔いたい連中には愛されたものらしい。あの太宰治も小説で取り上げています.

それにしても、食い倒れの大阪に、大阪固有というか、浪速独特の酒というのはない。酒友と話していて、多分、
大阪では安い粗末な酒と言われていたころの焼酎を、なんにも体裁ぶることなく、そのまま味わって満足していたか、ドブロクのような秘かな飲み物がひそかにに流通していたから、上記のような「酒ヘン」の進化がなかったのではないか、と。まあ、酒談議は、結局、飲んでうまければ、なんか文句あっか。それがすべて、であるまいか。

(文中の一部を削除、加筆しました。関係者に御迷惑をおかけしましたことをお詫びします=H24年8月15日)

写真①②はGoogle ⑤⑥はウィキぺデイアから引用)

無力な国連

シリアのアサド政権が、国民を弾圧、虐殺を重ねています。そう伝えられ始めてから、久しい。国際社会は、シリアに対して、暴虐をやめるように声明を頻発、いろいろなかたちで、非難し、政権に揺さぶりをかけていますが、まったく無視されています。アサドの姿勢を転換させるだけの国際的な影響力はどこにも見当たりません。

0818assad.jpg


すでに元国連事務総長が二度も訪問して、アサドと会談をしていますが、アサドの言い分は政府軍は関与していないと主張するばかりです。国連の監視団も入っていて、弾圧される側の情報を国際社会に伝えていますが、その国際社会は必ずしも一色ではありません。とくにロシアや中国などはアサド政権寄りの姿勢を保っており、これがアサドにとっても大きな後ろだてになっているのは間違いない。アラブ諸国よりもイスラエル偏向のアメリカとわかりきっているだけにアメリカが、いくら強硬な声明を出しても、シリアからは無視されている。

00044982.jpg

こうした内戦状態のなかで一番の災厄は、政府軍に無差別で家を焼かれ、女性や子供を含めて虐殺される国民です。時間をおかず数十人から百人を超す単位で大量殺害が報道されている。これほど無辜の国民は不幸にあえいでいるのに、国際社会は、この国家的暴力を制御する手段を持たない。

過去の世界中での内戦や紛争や圧政が問題になったときでも、そうだったように国連は、平和の回復に有効な力を持たない。国連が組織されて60年以上たちます。世界の国々が運営資金や人材をだしあって、世界の安全保障を維持、発展させるという崇高な目的は、現状の実態としては、いまだに理想に過ぎない。

大きな国際社会という枠組みがある一方、主権国家の独立性を認めているので、肝心な一国家内で起きている重要問題にたいして、国際社会は手も足も出せない。そのため北朝鮮のような圧政国家が存立できています。国連PKOの運用もうまくいかない。国際社会が寄ってたかって、悪をやっつけるというシナリオは効果をあげていない。

仮にずっと先にアサド政権が、おおかたの国際社会が望むようなかたちて、崩壊したならば、そこで国連は家なき難民を、父母を失った子供たちを、欠損家族を、支援に立ち上がるのだろうが、この後手後手の後始末のための人道支援のなんとむなしいことか。

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)やUNICEF(国連児童基金)の活動には大いに有意義でありますが、国連が事後の救済に限って国連組織のメリットを発揮しているのは、まったくおかしいことです。この国連組織が問題の発生源や発生したときの対処法を持たずに、アフタケアだけに成果を上げるのは、本末転倒じゃないですか。

こうした無力な国連をいつまで続けるのだろうか。国連は葵の印籠を振りかざして事態を収める黄門様の威力を持たない。世界益と国家益との兼ね合いについて、国際社会は、いまもって解決すべきスタンダードを持たない。

(写真はGoogle)
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
プロフィール

tajifu

Author:tajifu

ブログ内検索
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる