教育委員会

いじめ自殺に関して、おそまきながら大津の女性市長が、こんなものいらないと市教委をやり玉に挙げている。大阪のコスプレ大好き不倫市長は、知事時代から教委を「クソ委員会」などと存在を罵倒している。


二人が息まいていることは、教育委員の任命権は首長にあるが、任命した委員について、自分の指揮管理下に置けないことにある。つまり、首長が思うように学校運営や教科書の採択や教職員の人事や身分をいじることができない、ということにある。


当たり前だ。そのような制度であるから、政治の動向に不変の教育の安定性が保証される。教育への政治介入を認めないという仕掛けになっているのです。橋下や越が生まれるまえから、教委制度は設置されている。PTAと同じように敗戦後、GHQに導入を促されたものです。



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(越・大津市長 写真はGoogleから引用)
 


越も橋下も「選挙で選ばれてもいないのに、首長の言うことをきかない行政委員制度は、おかしい」と言っている。ということだから、その意見を裏返すと、二人は教育行政に介入できる権限を首長に寄こせと言っているわけで、これは危ない論理。制度発足の精神にまっこうから反対する意見です。



橋下や越が言うがままに教委に首長の口出しを許すと、ロクなことにならない。首長はいつも節度あるリベラルな人物とは限らない。すでに露見しているように橋下のような独断専行者の教育介入が起こる。通常、1期4年で交代する首長の党派的な信条や政治的主張に影響されて、教育がぐらぐら揺らいでは困るのであります。



過去に県教委や地方都市の市教委を仕事の場として、身近に見てきましたが、実際の教委は建前は建前として、政治介入はおおっぴらに横行しています。第一、3人から5人を委員の任命権を持っている知事なり、市長なりは、必ず自分の選挙功労者、資金援助者、地域経済界の支持者、天下り枠を既得権にしている職域団体、野ダイコみたいな教員上がりたちを選任していますので、首長の意向はツーカー、阿吽の呼吸で通じることになっています。



任命された教育委員は、たいがい月一回、登庁して、たいてい首長部局から転じている教育長(委員を兼務)が進行役で、当面の行政の報告をうけ、承認するセレモニーを行っている。そのあと昼飯を供されて、身辺談義をして終わり。なかには教員採用試験によろしく、というようなリストを渡したり。知る限りでは、委員が反対意見を述べて、事案が修正されたり、廃案になったりすることはない。おおかたの教育委員は、そのポストを社会的に成功した「俺・私」に与えられた名誉職と思っているし、だいいち月一の委員会で、コトがわかるはずもない。


私が勤めていた職場からはOBを市や府に教育委員を順番送り込むのを既得権みたいにしていましたが、送り込まれた人たちの顔ぶれを思い起こすと、みんな凡庸な出世主義者で、とくに教育について識見に富む尊敬に値する人物だったとは、とうてい思えない。ま、そんなものでよし、とされていたわけですね、行政機関全体からの位置づけというのは!!。



実際の教委には事務局があり、ここでは教員上がりはカゲが薄い。彼らは大過なく過ごして、評判のいい伝統校の幹部で現場復帰したくてたまらず、ここでは面従腹背。結局、首長部局からの職員が事実上の教育行政を握ったいます。彼らはいずれ首長部局へ戻り、出世昇進したいわけですから、まったく首長と首長が任命した教育委員の傾向を体して動いています。制度発足いらい延々と教育委員会を名あって実なしの形骸化して、しかも、それでよしとしてきたのは、首長部局の成果なんですね。(笑)



ですから、橋下や越が、いまさらにように教委はけしからんというのは、制度の実情を知らなさすぎる。彼らは不満に思っているのは、彼らが首長に選ばれる前に、先の首長に任命された教育委員がいることが不満なんだろう。橋下は知事時代に任期満了の委員に代えて、まったく恣意的にお気に入りの委員を次々に任命しているじゃーありませんか。すでに政治的であって、なにが教育的人事でしょう?



教委制度は制度疲労しているというよりも、いまのように盲腸のような、名前だけのような、ものにしておいた方が、楽チン、楽チンとしてきたのは、ほかならぬは橋本や越の先輩たち、全国の歴々代の首長サンだったんですよ。ついでに言えば、PTAを骨抜きにしておいて、PTA会合を儀式化した方が校長は楽チンだったのです。



有意義な制度を楽チン化してしまい、問題が起きた時だけ制度のせいにするんじゃあ、制度が怒りますよ。


本気で教委制度を改革するつもりなら、まず教育委員会を首長部局から完全な独立行政機関にすること、お飾りでない人格識見があり、かつ権限をもつ複数の教育委員(長)を公選し、事務局もまた首長部局から完璧に独立した公務員によって運営することなどをやることです。越や橋下が不満に思っていることとは真逆の道へ進むことでしょうね。

B層ということ

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(写真はGoogle)



ちかごろ、またぞろB層という言葉がマスコミをにぎわしています。売り出しの哲学者兼評論家、適菜収(てきな・おさむ)さんらは、好んでB層分析を展開しています。

いうまでもなく大阪市長、橋下を支える熱狂的支持者が、おもにB層から成り立っているとする解析が強くあるからです。橋下の恣意専断による人権無視などを批判すると、「橋下先生を批判するヤツは、バカ、シネ」などと電話やメールで騒ぎまくる狂信的信者までを含んでいます。

マスコミや評論家は、この手の怒号や脅迫めいた言説に頭を痛めています。まあ、マスコミには橋下をさんざん持ち上げた結果、こういうアタマが熱くなって醒めない連中を育てた責任がありますが、こうした人々は典型的なB層と見られています。

B層というのは、いかにもランキングふうの呼称なので、B級グルメの連想からか、Aより低いBとか、「部落」の頭文字だとか、勘ぐる向きがいますけれど、それらとはなんの関係もありません。

もともとB層というのは、アノ小泉郵政民営化選挙(2005年)のさい、民営化支持者を増やすための方策を広告会社に依頼して有権者をひそかに分析したもらった結果、広告会社が企画書にまとめた内容から浮上したものです。広告会社は、こう分析しました。

民営化理解、だが批判派 A層  高学歴、インテリ、マスコミ、勝ち組など 少数派

民営化反対、現状維持派 C層  高学歴、インテリ、マスコミなど  少数派

残る大多数がB層です。(広告会社は8割以上と踏んでいます)

学歴は低い。自分では考えず、マスコミに踊らされやすい。郵政民営化のことはわからないが、小泉のキャラは好き、という人たち,具体的にはお年寄り、主婦、低学歴の若者たちと分析。政府の宣伝工作は、このB層に訴えるといいとした。分析にIQ(知能指数)まで言及していたことがわかり、国会でも非難論議がありました。

小泉政権はB層目当てに選挙宣伝。反対党員を抵抗勢力と名づけて非公認、さらに「刺客」(くの一とされる女刺客も)を送り込み、「改革なくして成長なし」などのワン・フレーズで話題をマスコミにあおった結果は、ご承知のように小泉自民の歴史的大勝に終わった。

というわけでB層という類型は、事柄の本質については「なにがなんや、よう知らん。そやけど、なんか、おもしろそうやん」(なぜか大阪弁になりますが、、、)という空気に集まる人たちと考えられています。

この大衆社会ですから、モノを売るのでも、ヒトを目立たせるのも、カネがありそに見せるのも、なんや役にたちそうと想わせるのも、うまいことを言って、B層のハートをつかんだものが、とりあえず勝ちということになります。政治の世界でも商品の販売促進の世界でもB層は、その数の多さで他を圧倒します。

この数の多さが勝因になりますので、選挙はできる限りハデに、争点らしきものをうたいあげ、攻撃的話題でもって盛り上げ、ふだん投票所なんかに足を運ばない連中にも、いそいそと投票所に行かせるようにパフォーマンスする。この郵政選挙でも、橋下の市長転身選挙でも、B層的浮動票を動かして投票率をあげて初期の目的を獲得しています。、

しかしながら、また小泉政権に戻りますが、B層狙いで大勝し、アノ小泉チルドレンを83人も国会議員に押し上げましたが、次の選挙(第45回衆院選挙)で、再選されたのは、たった10人。あとは無残にも消えてしました。B層は、興味を継続することが得意でないようです。ようするに見切りは早いのです。

余談ですが、あれほど小泉が公言した「郵政民営化で国が変わる」なんてことはありえないことに、さすがのB層も気がついてからの心変わりですね。冷静に考えれば、ポストをいじって国が変わるわけがない。当たり前の話ですが、いままた大阪では「府市統合して大阪都にしようと」と橋下が扇動していますが、名前を「都」にしたら、府・市民が豊かにになるか、幸せになるか。なるはずがないじゃーありませんか。(古いギャグ)ひょっとしたら、こういう発案をするご当人は本来の「ハシシタ}を「ハシモト」」とムリ読みすることで、人生がうまく行ったと思っているのかもしれませんが、、、。

いま小泉を尊敬してやまないという橋下の人気にあやかり、当選している大阪府議、市議、堺市議らは102人いるそうです。(このなかには知事の松井や府会、大阪市会議長のように自民脱藩組もおりますが)いわば橋下チルドレンたちですが、こんなに一挙に新しい勢力が生まれるのは、B層の支持なくしては。ありえないことです。

そこで冒頭の話のように、B層解析は盛んです。橋下が常々しゃべっているように、彼自身はマスコミに乗って世に登場できたことを賢明にもよく承知しているので、そのマスコミから見放されたときが、コトの終わりとわかっているようです。マスコミを繋ぎとめるために、次々と自転車操業的に話題発言を重ねているのは、もうハナにつくほどで、この点からも飽きられかけています。

B層と言われる多数の人々は、自分たちは支持したり、共感したりしたことについて、もともと組織的でも計画的でもないですから、結果についても責任というものがない。1人1人は孤立しており、選挙結果のように他者と同じような一致した言動をしたのは、マスコミ情報だけに依ったからにすぎない。確信も責任もない判断である以上、それは容易に変わります。コロコロ変わるのがB層のゆえんでもあります。

そういう意味では、橋下は自分を支えるB層の人たちの予感よりも先に橋本旋風の風向きが突如変わるかもしれないということを直感的にわかっているのだろうと思います。

B層はA・Cよりも知的レベルでも、経済格差の上でも軽視されますが、何よりの強みは圧倒的な多数派であることです。多数が正しい、のが建前とされる民主主義社会にあっては、由緒正しい人々です。B層を動かすことが、しばしば世の中を変えるかもしれませんが、そうして変えられたものは、要するに、判断力に欠ける、無責任な多数によりかかってできたものですから、結局は壊れやすく、移ろいやすい。B層に振り回されるのは、もはや民主主義の原理的な危機ですね。



オスプレイ

垂直離発着陸機、オスプレイがまもなく岩国にやってきます。世界のあちこちで墜落事故を繰り返すフダつきの悪ガキとも言うべきものです。それが12機も積んだ米軍の船でやってきます。日本国内で、まったく歓迎されず、あらかた拒絶反応が起きている最新鋭機が受け入れ論議を無視してアメリカをすでに出発している。これをみても米軍の意向は、ハナから強硬であって、国内事情を勘案する気など毛頭ないわけです。森本新防衛大臣は、気の毒なことに釈明に追われています。

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(写真はウイキぺディア引用)

沖縄の普天間基地に米軍再編のシンボルとして配備されるオスプレイは、ヘリコプターのように垂直離発着できるし、ホバリング(空中停止)も意のまま、そのうえ、従来の戦闘機ではムリだった地形の変化に合わせて飛行を自在に変えることができ、しかも兵員輸送も大量に搬送できるというもの。性能を聞いただけでも、軍用機としてはすぐれものにちがいないと思いますが、同時にこんなに欲張ったなら、機能の欠陥も多かろうと素人は思うものです。なんせ多機能の家電やパソコンは故障が多く、ロクなことがないからです。

日米安保条約の根本はこうです。
アメリカは日本を軍事力で守る(守るフリをする)。
日本は軍事力でアメリカを守れない。
その代わり、日本はアメリカが守りやすいように全国どこでも基地をはじめ資金、資材提供、陸海空マリンが自由に駐留できる
、、、、、、というものです。

こういう取り決めですから、アメリカにとっては、オスプレイ配備計画なんか自明の条約履行行為だと思っているのに違いありません。日本にとっても国の根幹部分にあたる安全保障をアメリカにおんぶにだっこしてもらうわで、こんなラクなことはない。戦後ずっと日本の政治家にしろ外務省や防衛省(庁)のお役人にしろ、なんにもせずにメシが食えたわけです。

日本国内の事情の変化で基地反対、兵器配備反対という声は上がるたびに、いいよ、いいよという男女の関係になっていて、なんで今さら拒むねんと、と思っている男の気持ちといっしょみたいに感じているですね、アメリカは。なんでこんな話の行き違いが起こりまんねん、ひょっとしたら、日本政府はカゲで国民に反米感情を煽っているんのとちゃうか。そうでないなら、条約通りに日本政府は国民を説得せんかい、とアメリカは不信感を募らせているにちがいありません。なぜか大阪弁ですが、、、。

戦後一貫して変わらぬものは数少なくなりましたが、このアメリカ追従主義、とくに国防の問題についてはアメリカの言うがままにアメリカの世界戦略一環に組み込まれていますのが、日本政府の国防、安全保障の分野です。まあ、国家にとっては、一番の重要事項ですね。それをアメリカまかせ。敗戦後はもちろん、長い冷戦中も、冷戦が終われば、こんどは北東アジアからアフリカの端まであまねくアメリカのプレゼンスが行き届く配慮を日本政府は行っています。日本という国は、軍事的には完全にアメリカの属国ですね。

日本の政財界は、それでもって日本の安心安全が維持されていいじゃん、その間にせっせと儲かればいいじゃん、という功利的な人たちで占められています。沖縄でオアスプレイが墜落したら、、、なんて、想定外のことと考えが及ばないか、及ばなかった、と言い訳するつもりの人たちで占められています。

まったくなんの成算もなしに「普天間を国外、少なくとも県外移転」などと言って場当たり計画で迷走したあげく自滅したハトヤマ元首相。ほんと信じられないようなバカだったが、その沖縄の負担軽減をなんとかしようと考えた中学生のようなナイーブな初心自体は間違っていない。そのような初心と権謀術数をこらしてアメリカから日本の矜持を奪い返せる政治家はいないのか。

もしやもしや、岩国や沖縄でオスプレイが日本国民に犠牲者が出るような事故を起こしたら、政権は吹っ飛ぶだろう。アメリカのたった一機で命運を握られる日本の政権!!
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