曲学阿世の輩

呆れたサル芝居でした。
こんなサル芝居で、この国の安保政策の大転換が決まるのか。
なにがなんでも、この国を戦争に参戦できる国柄にしたいようですね。
軍事ごっこ大好き人間のアベは!!

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過日、アベにアベのプライベートな諮問機関「安保法制懇」の代表、柳井某が集団的自衛権の行使容認を盛り込んだ報告書を提出しました。柳井の背後に並ぶ学者、役人OBたちの顔ぶれをニュースを見て思い出したのが、「曲学阿世」の徒という昔なつかしい言葉でした。

中国の古書「史記」にある言葉らしく、本来の意味は学問の世界で真理、真実を勝手にまげて、時の権力や時勢に媚びへつらう輩のこととあります。

この四字熟語が、この国でよく知られるようになった有名な戦後の史実があります。米ソ冷戦真っ盛りの戦後、時の首相、吉田茂は、アメリカ主導の連合国とのみの単独講和をまとめようとしました。これに対して東大総長、南原繁はソ連を含む全面講和論を唱えて対立しました。南原の意見は、当時の世論の一方を代表する見解でありました。

吉田茂は、南原の意見は世論に阿諛追従するものだとして南原を「曲学阿世」とののしりました。吉田は断固として政権批判を許さないという権力者の傲慢を顕わにしたわけです。吉田の言い方は、この言葉とは本来の使い方と異なるものでしたが、考えを曲げておべっかする輩を指してよく使われます。こんどの法制懇の有識者たちは、一言の注釈もなくアベの意向に追従しました。ほんとうの「阿世」の連中です。

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国策の大転換にかかわる問題、つまり世論もマスコミ論調もさまざまな異論異見がある大問題について、「集団的自衛権行使ありき」のアベに14人もの識者と称する連中が、1人残らず賛意を表すというのは、まったくもって信じられないような異常な事態。こんな茶坊主ばかりを個人的に集めて報告書を提出させて、それを行使容認への露払いするとは、なんと卑劣なやり方か。また、それに乗る有識者たちの愚劣なこと!

首相就任いらい北朝鮮の脅威をあおり、中国を挑発しているのはアベ自身です。いかにも日本の安全保障が危機にさらされているかのような状況をお手盛りしています。そのうえで軍事的膨張をはかろうとしています。アベ一派がいま言うべきことは、日米安保条約の精神からいって、日本支援を今一度米国に明言させることです。米国のプレゼンスを表明させることです。

いつでも、どこでも、アメリカさんが言うがまま軍事基地を提供します。そのかわり日本を鉄壁で守るというのが日米安保の双務的役割分担です。そのことのために巨額の米軍支援の思いやり予算を組み、沖縄はじめ全国での基地とその周辺は基地問題が生むあらゆるトラブルや犠牲を受忍してきたのですから。そっちを言わずに、アメリカさんの戦争には日本の青年も従軍させますという愚かな方策をわざわざ日本側がお膳立てするアベの気が知れない。

報告書は法治国家においては集団的自衛権の行使容認への道は改憲あってのことが正道であることすら指摘せずに解釈容認論を展開しています。憲法学者はメンバーのなかに1人しかいないそうだが、憲法学者であろうと、なかろうと行使容認論を唱えるのは、むちゃくちゃなこじつけ解釈であることくらい凡人でも分かる。

本来なら、ボンボン総理がそう言ってもね、できないものはできないと諭さなければならない学者たちが、こぞって御用学者で平伏するとは、いったい全体、彼らはなにを研究していたのか。その他の役人あがりは、権力者に盲従する茶坊主であることを改めてみせつけた。曲学阿世の徒などと注釈が必要な言葉でたとえるよりも、一言、ありゃ御用学者たち、こりゃ白アリ茶坊主たちと言えばよかったかもしれない。

あの憲法の前文や9条から容認を認める解釈を引き出すのは、ああ、石が流れて木の葉が沈むなあ。恥も外聞もない阿世の徒たちにア然としています。

(写真と一覧表はGoogle引用)

余生のパスタイム

長い老後のなかにいます。
いつまで続くのか、余生は!!。
余生とは不思議なことばです。人には決められた寿命が厳然とあるとして、なお余生というのは、文字通り、余った人生の意なのでしょうが、人生のなにが余ったのか、なにが余分なのか。はっきりしないものの、もう十分であるのに何かしら余分な気分のなかに生きているのは事実ですね。

晴れた日は、かつては山を歩きに集中しました。いまは近所をウォーキングしたり、プールへ出かけたり、本屋に立ち寄りますが、それだけではたくさんの時間をつぶすことはできません。晴雨にかかわらずですが、夜は酒を飲んで無為の時間をやり過ごすことができます。まあ、酔生夢死と言った境地です。

雨の日、時間をつぶすのにいいのは、モノを書いたり、本を読んだり、DVDを見たりしますが、それだけではとうてい閑暇のほどは埋まりませんね。

とてもいいパスタイムになるのは、なにかの面倒をみることだと思い、いろいろに手を出しています。それも小さいもので、限られた範囲にあり、細々を手をかけると、それなりの反応があるものです。もちろん自分の体力に見合ってのことです。なぞなぞめいた話しですが、たとえばガーデニングで草花を育てたり、小さなペットを飼うことです。

本来、パスタイムとは、何事かに没頭するものの、しょせんは時間つぶし、気晴らし、暇つぶしというような意味のことばです。いわゆるホビーとは次元が違います。英語圏ではホビーというのは、単なる趣味ではなくて、ほとんど専門的に造詣を深める遊びのことを指すらしい。具体的には、そのことについて本を著わしたり、一時間でも二時間でもウンチクを語れるのをもって、マイ・ホビーと人前で言えるらしい。

さて、そのパスタイムの対象ですが、いま籠のなかに白文鳥一羽、二基の水槽には熱帯魚と金魚を飼っています。白文鳥はヒナのころから育てている手のりです。鳥カゴを開けて、水浴び兼飲用の水容器を取換えてやり、餌とカルシュウム粉の容器を洗い、野菜とともに餌を補給しています。その間、文鳥は肩に乗り、頭に止まり、部屋のなかをぐるり旋回して
戻ってきます。可愛いいものです。

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文鳥はスズメほどの大きさですが、よく餌を食べ、しきりに糞をしますので、止まり木や籠の網が汚れます。これらの掃除をするのも飼い主の仕事です。いつもキレイな文鳥がいる風景を楽しんで眺めるには、手間がかかります。

熱帯魚はいまはエンゼル3匹、赤コリ2匹、黒コリ2匹です。これまでの長い飼育期間のなかで、一体、どれほどの小魚を死なせたことか、グッピー、ネオンテトラをいっぱい犠牲にしてしまったかと悔います。魚を上手に飼うのはほんとうに難しい。

水温の調節、水質の浄化、餌のやり具合、こまごまと気遣いが必要です。それでも、いまのエンゼルは買ってきたときよりも体長が二倍には成長したでしょう。元気に育っているのは喜ばしいことです。

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金魚は丹頂という種類で、いまは一匹だけ。長くて白いレースのような背びれや尾びれが美しい。ゆらりゆらりと泳いでいるのを眺めるのは、いい気持ちの安まる時間です。

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それにしても、アベ反動右翼の暴走が止まりません。後世どころか、近未来にも国民は、この誤った国策の痛手を被るだろうと思います。

家庭菜園 その2

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上は庭土を耕して、菜園予定地をつくったところです。
下はトマトやナスを植え付けて、三週間くらいたちました。全滅したキュウリの代わりに二種類のゴーヤ(ニガウリ)の苗を植えてあります。植物の成長には目を見張るところがありますね。だいぶ菜園らしくなりました。このまま大きく育つと、収穫できそうです。

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上はスリムといえば聞こえがいいけれど、枯れ木のような桜の苗木。
下は、のびのびと芽ぶき、小さな新緑の絵の枝を広げだした桜。


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ナスははやくも花を結びました。親の意見とナスビの花は千に一つもムダがない、と言いますから、菜園初の収穫になるかもしれません。

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マリ―ゴールドやアサガオの苗のすくすくと順調です。ゴーヤとアサガオは蔓を伸ばして、窓際を覆うグリーンカーテンに仕立てるつもりです。








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