女の声で「褒めあげ商法」の電話wwwww

見知らぬ若い?女性の声で電話があった。
いきなり本のことを褒められる。
なんだ、どうした?!
すぐ、なんか企みがありそうだと身構えます。

一部始終は、こうです。
「コウホウド―の○○です。東京の新聞広告を扱っているコウホウドーです。あなたが平成8年に出版された『夫婦へんろ紀行』という本を読みました。素晴らしい本です。四国お遍路の体験を生き生きと書かれていますね」
「はあ、まあ、ありがとうございます」
「土佐路を苦労して歩かれるところなど感動しましたよ。これから遍路される方には、いい参考になります」
「はあ、まあ、ありがとうございます」

「それで、こんないい本を私どもの方でサンケイ新聞東京本社版で、9月○日ごろに読書の秋ということで、2ページ見開きの作品広告を載せる計画をしていますが、それに作品をお出しになりませんか」

「えーと、どういうこと?広告を出せ、ということですか」
「そうです。たくさんの他の方の作品といっしょにです」
「広告出稿なら、する考えはありませんよ。広告なら出版社がします」

「自費出版されたものではないのですか」
「いえいえ、大阪の東方出版さんから出している一般の本です」
「著作権は出版社さんの方にあるのですか」
「いえ、著作権は私にありますが、出版の権利を出版社に委任しています」
「じゃあ、あの、印税をもらっていらっしゃる?」
「当たり前でしょ。とにかく広告出稿をするつもりはありませんから、出したければ出版社にあたってみてください」
ガチャン。

どこで本を見つけたのか知らないが、いきなり褒めているにしては、自費出版か一般本かの区別もついていない。だいいち作者自身が自分の作品を自分で広告出稿するって、そんなことはあまり聞かない話。(なかには売り込みがきついヘンな奴がいるのかもしれないが)。

電話を切れたあと、Google検索してみると、コウホウド―と名乗る会社は東京・虎ノ門にありました。漢字でなら「広報堂」。その社のHPによると、

私たち株式会社広報堂は1967年に設立。約30年にわたり産経新聞(東京本社版)の芸術企画を組んでいます。



要するに、芸術・文化関係に絞り、もっともらしいテ―マのもとに関連作品を集めてサンケイ新聞に広告を掲載、作者から広告料を取る広告代理店だと分かりました。見ず知らずの者に電話一本でいきなり作品を褒めて、広告出稿を促す商法は、いかにもウサン臭い。インチキ勧誘商法の手口と似ていなくもない。

こういうやり方が詐欺にもならず、「約30年」も続いているとしたら、対価に見合うかどうかは別にして、(喜んでか、泣く泣くか)広告料を払う者がいるからに違いない。

自費出版の世界ではよくある話。小説や詩歌の作品をベタ褒めして、わが社から出版してあげましょう。新聞広告も打ちますよ、と持ちかけて、編集、印刷、販売代行として高額の料金を取る手口。一度は自分の書いたもの、作ったものに陽の目を当てたい、認められたいと思っている人が少なくないから、結構、商売になっているらしい。かつて閑人のところに、そんな会社の一つから速達で手紙がきたことがありました。感動したとの手紙を速達で、、、というのがミソですね。

そんなことを思い出しながらネット検索していたら、広報堂から同じ手口で電話がかかり、あやうく高額の広告料をとられそうになった体験事例がうじゃうじゃありました。こうしたやり方は「褒めあげ商法」と呼ぶそうだ。そうした体験事例のブログの一つを引用してみましょう。

「あのう広報堂の○×と申します。(言い回しの変な初老の声)
「○○○○」を書かれた○山○平先生ですか?」
「はい、そうですが先生ではなく書き手です。」
「私は鳥取砂丘の近くの出身で昭和54年生まれです。(何だずいぶん若いではないか) 国立図書館で本を読ませていただき、島の活性化やアイターンの人たちの生活、少年時代のことなどがよく書かれていて感動しました。」
「読んでいただいて有り難う。」

「こちらは産経新聞の紙面を買い取り作品の広告を載せる企画ですが、あなたの作品が素晴らしいので是非(素晴らしい作品とオチョクリが始まったな)この度新聞に載せたいと思います。」
「はぁ、なるほど。」
 「来年一月七日の新聞に掲載予定で、葉書の半分の大きさになります。」
「ああ、そうですか。」

「出版社との契約も終わり何冊か手元に本が返されているのではありませんか」
「ああ、そうですが」

 「東日本版に掲載しますと三百万人の読者がいますので、こちらで本をお預かりして興味を持たれた人たちに販売させていただきます。経費は24万円かかりますがお手元に置かれているより売られた方が良いと思います。掲載された新聞を10部お宅の方にお送りしますので確認していただいて後に送金していただければ結構です」
「有り難うございます。折角ですが広告を出しても売れるような作品ではないのでそのつもりはありません」

「それは残念ですが、またお出しになったときはよろしくお願いします」
「続編も国会図書館にはありますよ」
「また読ませていただきます。失礼しました」

ネットで調べてみると産経一面の広告代は240万、20名騙されて480万手にして儲けは240万ということらしい。小説だけでなく自費出版した人間をターゲットにアクセスしているようだ。

こんな電話には用心しましょう。



(○○の伏字は引用者注です)

私のところにかかってきた電話とそっくりさんでしょ。女声、男声があるようですから、おそらく片っ端から電話をして、ノッテくるヤツをつかまえて商売にしていると想像されます。

この手の「褒めあげ商法」事例では、小説本のほかに短歌、和歌、絵画なんかにも及んでいるらしい。たとえば、趣味で永年,短歌なんかをたしなんでいる高齢者男女などは、褒められたうえ、新聞に作品が出るのは生涯の喜びだと舞いあがって、商談にノッテしまうようだ。あとで多額の広告料を請求されて嘆いても遅い。ツミ深い商法だなあ。

業界新聞なんかではあるかもしれないが、一般紙が記事に使う本や作品に広告料をとって載せることはない。新聞に載せるという持ち掛け方は正確ではない。正しくは新聞広告に載せるです。高齢者はだまされてはいけない。また「三百万人の読者」がいますなんてのは、ウソ八百。サンケイの東京本社版は71万部(同社媒体資料センター)しかない。

まあ、なんですね、詐欺にはなるまいが、よくまあ、懲りもせず、セコイ感じの口先商売をやってるものだ。その熱意に感動した。褒めてあげたい(笑)。 

それにしても、若い女の声で電話、、、なんてことはホントないなあ。

引用ブログ
http://takusan.grupo.jp/blog/493276

ポックリ寺のこと

過日、お墓参りの帰途、ポックリ寺に参りました。
ポックリ寺に参拝しましたと言いますと、怖いねえ、と言った女性がいました。

閑人には、ユーモラスな呼び名としか思わなかったのですが、怖いねえ、と言われると、確かにポックリと死は同じことを指しているですから、怖い話と言えば、怖い。死の話は、できれば避けて通りたい話かもしれません。

ポックリ寺は正式には「清水山吉田寺「といい、奈良県斑鳩町にあります。かの有名な法隆寺から西南一キロくらいのところ。付近には龍田神社もあり、それらを含めて、そぞろ歩きの散策路になっています。あたりは鄙びて、寺も小ぶりな規模で、静かでした。
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寺の縁起によりますと

吉田寺の創建は古く、天智天皇の勅願によると伝えられている。その後、平安時代末期、永延元年(987年)に恵心僧都源信が開基された。 浄土教の先駆者として知られる恵心僧都源信はお念仏のみ教えを早くから世に広められ、その著書の「往生要集」では、お念仏による衆生救済の功徳を理論付けられた。浄土宗の法然上人や浄土真宗の親鸞上人にも多大な影響を与えられた。</p>



由緒正しい古刹なんですが、ここが一般に知られているのは、こういう縁起があるからです。吉田寺公式ホームページから一部引用しますと、

「ぽっくり往生の寺」としても広く知られている。開基上人・恵心僧都が臨終の母に浄衣を着せかけられ、お念仏「南無阿弥陀佛」をお称えになると、恵心僧都の母は安らかに極楽往生を遂げられた。吉田寺の御本尊・丈六阿弥陀如来像は、恵心僧都が母の三回忌追善供養と末世衆生救済のために発願されたものである。

これが由縁となり吉田寺の御本尊前で御祈祷を受けると、長患いすることなく寿終の後には阿弥陀如来のお迎えがあるという霊験がある。現在ではシモの世話にならないようにと、肌着を持参して御祈祷をお受けになる方も多い。



シモの世話にならずと、具体的で切実な問題を回避できるとあるのが、この高齢化時代の男女の人心にうまくマッチしているようです。この日は、お参りしている人の姿はひとりも見られませんでした。お盆明けの翌日だったせいかもしれません。休憩所や手洗いのあたりで、普請工事が行われていました。

この寺に行くすがら、ポックリ往生の願いごとなら、長野で起きたPPK(ピンピンコロリ)運動のことを想い起していました。
こちらの運動も、命名がユーモラスで、しかし、高齢者たちの日頃の懸念を言い得て妙なのに感心します。もうとっくに逝った母にピンピンコロリとなるまで頑張ってや、と話した記憶が蘇ります。

改めてネット検索しましたら、発祥地の長野県には「ピンピンコロリ地蔵」というものまで建てられているのに驚きました。三十数年まえに地元の体育教師が健康長寿体操を考案。日本体育学会に「ピンピンコロリ (PPK) 運動について」と題し発表したのが始まりだそうです。

実際の運動というのは、「健康で長生きして死ぬ時はあっさり」という願いを込めた健康長寿体操。今時はやりのヨガとか、アスレチック・ジムと同じようなものかもしれないが、なんといっても、わが身、他人の身の往生際にとりわけこだわる高齢者の心をつかんでいますね。

ポックリもピンピンコロリも、言ってみれば、古今東西かわらぬ、生けるものの永遠の課題です。どうしようもないことは、祈るとか、成り行きに任せるしかないか。

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(ピンピンコロリ地蔵の写真はGoogle引用)







空蝉 夏の終わり

あの光源氏が見染めて、近づいたら、衣一枚うち捨てて、姿を消した女を、その後、名付けて空蝉という。源氏物語にも出てくるのだから、蝉の抜け殻は昔から、その存在がよく知られていたのに違いない。

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お盆を過ぎると、蝉しぐれもいくらか静まった感じです。閑人宅でも家屋の壁や駐車場で羽化し、あとに透明な薄茶色の抜け殻がいくつかくっついています。空蝉です。豊かな庭木があれば、幹を伝ってに上り、羽化するのでしょうが、そういう環境ではないにもかかわらず、砂利敷きの硬い庭土を穿って出てくるからすごい。生命力の不思議です。

羽化作業は天敵にねらわれない夜に行われるそうです。裡科観察でもしない限り、普通は目にしない。蝉の生態についてはまだ分からないことが多いうえ、地中に3年とか、長いのになると十数年とか潜伏し、地上に現れては、火がついたように鳴きますが、ほんの短い生涯を送ると信じられていますので、カゲロウと同じように儚い存在とみられています。

こういう不思議な生態とともに羽化したあとの命の儚いところが、日本人好みの無常感に通じています。蝉にもいろいろ種類がありますが、閑人が好きなのは、山中で耳にする日暮らしの鳴き声。カナカナ、カナカナと低く、か細く、余韻のある静かな趣がいい。

日暮らしを秋の山道を下りながら、耳にすると、しみじみ心が安らかになります。コオロギや鈴虫の鳴く声とおなじように心を打ちます。この世を謳歌し、世界をひとり占めするような燃焼したとしても、生あるものはいずれは虚しく果てるという無常感と重なります。凡々たる閑人なら、なおさらのことです。

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(日暮らしの写真はGoogle引用)

野球の監督

7月末のこと、復調した岩田投手が好投したのに、打線の援護がなくて敗けた。(7月29日、対ヤクルト戦)。8回自責点2で負け投手とは気の毒なことです.。あとを継いだ新加入の建山が傷を深めてしまった。ガックリ連敗です。阪神には首位巨人に肉薄する気迫が感じられない。

岩田が苦杯した、この日のナイターでソフトバンクのスタンリッジは8勝目、横浜の久保がなんと9勝目をあげています。二人合わせて17勝!!阪神にはまだ、この時点では9勝投手はいませんでした。二人の投手はタイガースが今季昨シーズン末に放出した投手です。皮肉な話じゃーありませんか。

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(阪神当時のスタンリッジ投手   Google引用)

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(阪神当時の久保投手  Google引用)

球団はどっち向いて投手陣の編成しているのかいな。和田監督や中西ピッチングコーチの目は、どうなっているのか。今の時点では明らかに手放した側の失敗ですね。スタンリッジは阪神の残留を希望していたが、球団からのオファーがなかったと移籍時に悔しがっています。在籍4年、35勝勝利をあげている投手に冷たい仕打ちでした。

プロ野球協約によれは外国人選手のチームの出場登録枠は4人が決まりです。抑えに韓国からオー・スンハンを獲得すれば、メッセンジャー、ゴメス、マートンといるため、だれかがハミ出します。この枠はベンチ外には通用しませんから、スタンとメッセを同時に取り込み、一軍とファームを休養日を挟んで交互にでもベンチ入りさせれば、抱えることは可能だったはずです。

契約金などの問題があったかもしれませんが、二ケタ勝利が可能な投手を手放すほど阪神投手陣は人材豊富ではないはず。久保にいたっては5年在籍、14勝あげたシーズンもあるのに、昨シーズン、藤川に代わるクローザーの役を押し付けられた。久保は抑えには向かないタイプです。監督の誤った采配から一気にやる気を失わせました。

久保はイヤ気をさしたのでしょう。新天地を求めてFA権を行使、横浜に移りセ投手陣のハーラーダービー争いに加わる勝ち星を、あの下位球団で積み上げています。

現時点で二人合わせて17勝の実績と見ますと。いかに阪神球団のおえら方たちに見る目がないか、歴然です。こうした不見識な編成について、球団側がフアンに反省の弁を述べたことがないのも不思議です。スタンリッジや久保にはもともといい腕があります。それを生かせない和田監督はまったく優柔不断な人物で、選手起用や作戦を見るかぎり拙策が多い。

監督という仕事をオーケストラの指揮者を同じように高く評価する向きもいますけれど、閑人はそうは思いません。勝負ごとには自然に備わった闘争心、競争心が動き出します。子供の鬼ごっこ、イス取りゲーム、徒競走をみてもわかります。争う場を設定すれば、自ずと闘うものです。

プロの場合、その仕事が賃金や名声に結びつくわけですから、チームの枠組みさえしっかり支えれば、だれだってて職を失う方向に走るはずがありません。つまり勝負ということからすれば、勝ったり負けたり、シーズンを終わってみれば、いくらかの差がついた、というのがペナントレースです。

そこで、勝つ監督と負ける監督とは、どのくらい力量の差があるものかを考えます。資料によれば、500試合以上のプロ野球監督経験者の通算勝率ベスト30位リストをみますと、
ベスト3は
1位 鶴岡一人 0.609
2位 川上哲治 0.591
3位 藤田元司 0.591

つまり、名監督といえども勝率6割そこそこなんです。五分五分にちょっと毛が生えた程度なんです。ぶっちぎって強いとか、スーパー監督はいないのです。言い換えれば、トーナメント戦なら優勝できない監督ばかりです。

ワースト3は
28位 別当 薫  0.517
29位 山内一弘  0.518
30位 若松 勉  0.518

どうですか。こっちは限りなく五分五分に近いけれど、監督30人を比較すれば、みんな似たり寄ったり、五分五分同然のレベルです。トップ監督と最下位監督との差を比べても勝率1割の差に達しません。年間145試合のペナントレースで言えば、14.5差にもならないわけです。あのブツブツ言いで知られるノムラさんなど30位以内にはいません。

別に歴代監督を貶めているわけではありませんが、ほぼ五分五分なら、だれが監督の座にすわっていてもつとまるんじゃないか。そういうことがわかるデータです。

ちなみにわれらのタイガース監督では30位のなかで
8位  岡田彰布 0.561
13位 若林忠志 0.546
16位 星野仙一 0. 538

当たり前の話ですが、監督が試合中の選手に、
「ここでファインプレーして守れとか」、
「ここで三者凡退にしろ」、
「ここでホームランを打って逆転せよ」
とか指示できるわけもありませんし、指示しても無意味です。ラグビーなんか監督はスタンドで試合をみています。

だとすれば、監督の役割とはなんぞや。

今夏、高校野球大阪大会で監督不在のPL学園が決勝戦まで勝ち上がったのは、監督がいても、いなくても選手に優勝を目指す意欲があれば自然に競争心を発揮するいい例です。

野球の監督というのは、選手の向上欲や競争心をうまく引き出すメンタル面と投手起用などの作戦面で、ほんの少しばかり気配りできればいいんです。和田監督のように敗戦につながる拙策をしないことです。みすみす無駄な打線組み換えや投手交代やバント作戦をしないことです。いたずらに思いつきの策を弄するから敗けるのです。なにもしないでも、おおむね五分五分は行けるのですから。

監督の最大の役割は,、もって生まれた才能ある選手を掘り出して、レギュラーにすることです。昨年のマー君がいた楽天しかり、、オー・ナガシマがいた巨人しかりです。タイガースであれば初めて日本一になった1985年、バース、掛布、岡田と役者がそろったときです。強い監督がいたからチームが強かったのではなくて、天賦の才に恵まれた選手たちを集めて、のびのびやらせた結果、強かったのです。

プロ球団は、チーム編成さえ強固にすれば、あとは選手が自発的に燃えるものだと思います。監督の采配で勝てるとしたら、勝率9割や8割の監督がいても不思議ではありませんが、実態は数字に現れています。敗けるのは、編成自体が弱体なのと監督の拙策のせいです。いい選手を揃え、いい選手を手放さないことです

阪神フアンの知人は、阪神フアンをやってると、シーズン中、だいたい8割方はため息や愚痴になり、残り2割でなんとか喜ばせてもらっていると述懐してましたが、まったくそうなんだな、われらのタイガースは!!
まあ、仏頂面の和田監督とはいっしょにビールを飲みたいって思わないネ。

*監督通算勝率は以下のサイトから引用させてもらいました。
『プロ野球データ管理室』
http://www.din.or.jp/~nakatomi/record/total/k_syoritu30.html

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