師走寸感 三題

その一、遠方の山里に住む友人からハガキがきました。閑人よりは年下ですが、元の勤め先の同僚です。
年賀状の欠礼ご挨拶とあります。文面の趣旨はこうです。

人生のゴールが遠くないので、身辺の仕舞い支度を考えています。その一端をとして、ことしから年賀状を差し控えさせていただきます。長い間、ありがとうございました、、、、。

いいな、と思いました。年賀状を取り交わす人たちとは、いまや年賀状のやりとりだけの友人、去年いただいたので、ことしはその返信といった年賀状が、多くなりました。それでもいいじゃないかと思う方もいるでしょうが、会社勤めをやめて世間がだんだんと狭くなり、歳月がたちますと、往年の付き合いは茫々の感となっています。

俗にいう義理づきあいの年賀状になってしまっていたら、絶ってもいいのではないか。友人の決断に賛同します。閑人も見習うつもりです。

その二、近ごろ国の史跡指定にされた大きな古い池の周りには堤防があって、いい散歩道になっています。若い母親が幼児を連れて歩いていたり、大勢の中高年層の男女が黙々と歩いています。健康維持のためのウォーキングのようです。中には陽だまりの土手でスケッチをしているお婆さん、サックスやハーモニカを吹いている爺さんもいます。

七十代か、八十代はじめと思われる爺さんが、連凧を揚げています。晩秋の高い青い空からハシゴを垂れたように長い凧がゆらゆら揺れているのは壮観です。爺さんはひざの前に置いたミカン箱から手品のように小さな凧が繰り出します。

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揚げるのに夢中な爺さんと話します。
「凧は何枚あるんですか」
「68枚や、ほらここに書いてある」
なるほど、ミカン箱の横にマジックで書いてある。もう少し少ない凧も用意しているそうだ。
「きょうは風がいいから、こっちをもってきた」
「揚げるコツはなんですか」
「風向きと風の力かげんやな。風を読み間違えると、凧が池に落ちてしまう。回収が大変だ」
お爺さんは一度もこちらを見ることなく、連凧の様子をにらんでいます。

揚げるよりも、からまずに順序よく回収する方が難しいそうだ。木に登るよりも下りる方があぶないという話と同じです。連凧はラーメンや大き目の菓子袋を切り張りして作る。長い連凧の場合、先端の数メートルはテグス、あとはワイヤロープで風圧をコントロールしているそうだ。いろいろ細かい仕掛けがあるんだと感心した。

その三、知人の穏やかに老いてい85才のおじさんが、ゴルフで85のエイジシュートを達成したと顔をほころばせて知らせてくれた。エイジシュ―トというのは自分の年齢以下でホールアウトすることで、偶然性があるホールインワンよりも素晴らしい。並々ならぬ実力が備わっていないと、できない芸当です。

85才老は、ふだんからグリーンに出ているほかに、ほぼ毎日のようにスイミングをしていて、達者そのもののように見えます。72ホールがパーですから、わずか13しか余計に叩いていない。驚異的です。プロ上がりのシニアでも、なかなかこうはいかないでしょう。まったく目出度い話でした。

アベのどさくさ解散

きょう(11月18日付け)の毎日新聞に政治部長の時局コラムが一面にありました。昨日、アベが21日に国会解散すると表明したことを受けての記事です。

そのなかで「アベのアベによるアベのための解散」だという自民ベテラン議員の見解を紹介しています。与党内でも理解できないアベの利己的な解散ですから、善良な有権者には分からないのは当然です。

昨日の長ったらしいアベの記者会見をTVで見ましたが、なんでいま解散するのか、理由がよくわからない。それでも解散権は首相の専権事項(厳密には内閣不信任案が可決された場合と同信任案が否決された場合にできる権限ですが)だから、解散できます。つまり、アベの腹のムシ加減なのです。こんなムシに付き合わなねばならない国民は不幸です。

そこで腹のムシ具合を無理に察すれば、一つは消費税10%化を先送りすること、二つ目は、アベノミクスという経済政策の成果の是非を国民に問うというものだろう。ついこの間も大阪のハシモトがなんの大義もない市長選を約6億円かけて行いましたが、アベもまたなんの名分もない選挙を約700億円かけてやろうとしています。

トップの恣意的な判断で、こうした愚挙を行えることが民主主義のルールにあるのは、大きなジレンマです。こんなルールはアベやハシモトのようなヘンな人物が出てこないことを前提に成り立っているとしか思えないですね。

消費税は3党合意で10%アップは既定路線でありましたが、ここにきてアップできないのは、8%アップによる景気の低迷が長引いているからであり、二つ目のアベノミクスの失敗と無関係ではない。GDPの6割を占める国民による消費が低迷しているから伸びないからです。つまりアベの好きな軍事や国防問題や円高株安なんかよりも民生、つまり国民の日々の生活がぜんぜん潤っていない証拠なんです。

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だとすると、解散するのは、多分アベと、その取り巻きたちが、まだB層(たとえばTVで、しょっちゅう見るだけなのに立派な人、なにかやってくれそうな人などと親近感や期待観を寄せる人たちのこと。小泉政権が郵政民営化をはかる際に愚民と狙いさだめた層)の有権者の支持率が多少あるうちに、一気にリセットして、有無を言わせず10%化とアベノミクスの信任を得たかたちにしたいからでしょう。

アベは会見でももっぱら経済状況にふれていたが、経済の動向ばかりを前面に出して、原発再稼働や特定秘密法案や集団的自衛権の容認などといった国民の過半数が首をかしげている政治問題を隠していました。

今度の選挙でアベ政権に信任を与えると、他国(実際にはアメリカ)の戦争に自衛隊を派遣する重大な政治課題についても信任を与えることになるわけで、極右政治家、アベの狙いはこちらの方にあるのではないかと思います。

いまアメリカにも中国にも北朝鮮にも相手にされず国際的に孤立したなかで、アベはいつまで唯我独尊でいるのか。いまこそアベに痛打をくらわせ、墓穴を掘らすチャンスが到来したと思いたいですね。
(写真はgoogle引用)

朝日は発行部数を減らしたか。

いわゆる“W吉田問題”報道で揺れる朝日新聞に対して、朝日たたきの大合唱がいまも鳴りやまずです。合唱している一部のメディアは、敵失に乗じてカサにかかっています。スポーツならチャンスなんでしょうが、良識あるはずの言論界にあってはならない汚い手口です。歌っている連中の下劣さに呆れます。寅さんのような大道香具師さえやらない恥ずべき禁じ手です。メディアへの信頼をいっそう失わせる茶番です。

しかし、同業者をここぞとばかり貶めるやり口が続きますと、逆効果が見え始めてきました。一つは同業者の弱り目を好機と見て、同業者たたきを平然と拡販の材料にする姿勢に心ある人たちが厳しい目を向けています。これは商道徳を逸脱する愚行だと多くの人が感じているからでしょう。その汚い手の筆頭が読売ですね。

いまひとつは、アベ極右政権が大日本帝国の再来をはかろうとしている政策推進のためにメディアを分断している動きに乗せられていることが、だれの目にも明解になってきたことです。朝日、毎日、東京新聞および大多数の地方紙対読売、産経という色わけです。別の見方をすれば「アベ政権べったりグループ」対「アベ政権是々非々グループ」です。

今国会の噴飯もののエピソードが象徴的です。政権与党批判の絶えない野党に対して「撃ち方止め」とアベが語ったという報道が一斉に各紙に載りました。(10月30日付け朝刊) その真意を質問されてアベは国会答弁でキレてしまい、延々と朝日新聞非難を繰り返した。

あげくに「朝日の報道は捏造だ」、「朝日の社是は安倍内閣倒閣にある」などと決めつけました。この「撃ち方止め」発言は毎日も読売も産経も、つまりほとんどのメディアが報じたのに、アベが紙名をあげてこき下ろしたのは、朝日だけでした。アベの異常な朝日つぶしとメディア分断策が如実にうかがえます。

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メディアの世界で旗幟鮮明に主張を掲げるのは、それなりに意味があることですから、同意しかねるメディアには近づかなければいいのです。読者ひとりひとりの態度は、それで十分なのですが、社会全体から見れば、たとえば個人の自由よりも国家大事、あるいは民主主義よりも全体主義というような、もうとっくに脱ぎ棄てられた国家主義を再び着用することをススメるメディアの存在は好ましい傾向ではありません。そういう政治思想が国民に辛酸をなめさせ、決して幸せにしないことがわかっているからです。国民を時代錯誤に引き込もうとしています。

さて、タイトルの「朝日新聞は部数を減らしたか」です。結論からいえば、あれほどの朝日非難合唱が狂唱されているにも拘わらず、減少数は大したことはありません。朝日たたきのパンフレットを各戸配達までして、販売拡張作戦を行った読売の成果は軽微にすぎません。

新聞の発行部数は日本新聞協会や日本ABC協会が加盟各社の毎月の部数動向を調べて発表しており、会員登録(有料)すれば閲覧が可能です。略称はABC部数です。新聞業界の内部事情に詳しいネット上のサイト「MEDIA KOKUSYO」 によりますと、9月の発行部数の増減を見ますと、


【2014年9月ABC部数(朝日朝刊)】
朝日(北海道) 123,769(-315)
朝日(東京) 3,976,148 (-36,109)
朝日(名古屋) 376,010(-91)
朝日(大阪) 2,098,770 (-1,523)
朝日(西部) 639,425(-117)
朝日合計 7,214,122 (-38,155)


確かに減ってはいますが、3万8千弱です。一方、8月下旬から朝日たたきの大販売作戦を行った読売はどうか。朝日たたきは、朝日から読売の購読紙を乗り換えを勧める露骨な作戦でした。


【2014年9月ABC部数(読売朝刊)】
読売(東京) 5,684,468 (9,102)
読売(中部) 159,489(181)
読売(大阪) 2,293,649 (17)
読売(西部) 797,781(-139)
読売(北陸) 96,968(144)
読売(合計) 9,242,614 (8,770)


確かに増えてはいますが、わずか8770部にすぎません。対費用効果からみても、おそらくペイしない数字でしょう。両統計の特徴点は、二紙とも東京で増減が目立つだけ、地方では影響はほとんど無関係なことです。思うに朝日の読者はもともと権力迎合色のナベツネ体質、金権ジャイアンツなんかには靡かないタイプなのでしょう。

「MEDIA KOKUSYO」は、上記とは別に興味深いデータを公表しています。新聞協会の8月現在での対前年同月比では「朝日新聞と読売新聞の8月の新聞部数の変動は、ほとんど変わらないことが分かった」としています。両紙の部数比較は次の通りです。


【8月の朝刊】
朝日:7,252,277部
読売:9,233,844部

【対前月差】
朝日:-14,589部
読売:-14,602部

【対前年同月比】
朝日:-303,582部
読売:-612,990部


1年間の長いスパンで発行部数の増減をみると、朝日30万部減に対して読売61万部となります。アベ政権べったり派の右翼メディアが、“W吉田問題”で朝日の読者離れが進んでいると報じているのは、真っ赤なウソであることを証明しています。

いずれ崩壊するアベ政権よりも新聞自体は年々、読者を失ってゆくことの方が民主的な社会にあっては重大事です。なんだかんだといわれても、莫大なコストと労力をかけて世の中全般の事実や情報を国民に知らせているのは、新聞事業のほかならないからです。多くのTVやら雑誌やらネットメディアには、まだ新聞の一次情報収集の能力に及びません。

新聞の存在理由は、多くの国民の側に寄り沿って、あらゆる権力監視を行うことにあります。これを怠る新聞は、単なる政党機関紙、宣伝紙にしかすぎません。頑張ってもらいたいのはアベ政権ではなくて、新聞業界です。

(写真引用はいずれもGOOGLE)
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