読書 『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないか』

作家、矢部宏冶さん著、「集英社インタナショナル」から出版されたのが表題の本です。戦後ずっと続く日米関係の暗部を冷静に実証的な筆致で暴いて大きな衝撃を与えられる話題の本です。13年3月15日付けで、このブログで紹介した孫崎亨さんの『戦後史の正体』に継ぐ戦後史再発見双書です。

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国民の大勢がいま、再稼働に疑念を持っている原発にしろ、沖縄の辺野古基地移設問題にしろ、安倍政権は民意を平気で無視して強行しようとしています。こころある国民は、この国は、この国の政権は、どうしてこんな理不尽なことを行うのか、その正体がつかめぬまま、,漠然とおかしいなと常日ごろから不信感をもっているわけです。閑人も怒っています。

この本は、そのなんだかヘンだなと思うのは、主権国家の国民なら極くまっとうな感慨であるけれど、実を申せば、70年前の敗戦いらい国民の命や暮らしにかかわる大切な施策、つまり外交や安全保障や経済問題などにかかわる事柄について、日本政府は単独では決して決める力を持たない。常にアメリカの顔色を窺い、アメリカの吐く息を生々しく受け入れなければならない隷従システムがあることを教えてくれます。

つまり、基地のしろ、原発にしろ、問題の根は同じ、すべてアメリカの国益に沿うか否かによって、がっちりと縛られていて、日本の主権は、主権があるかのように装われているいるのに過ぎないという仕組みがあるということです。

わかりやすい事例では、アメリカの要人、軍人、CIA工作員らは、米軍基地内の飛行場に降り立って入国、パスポートなどのチェックを全然うけることなく、日本国内のどこへでも行けて、また自由に出国しています。日本の主権は完全に無視されています。

この本は、よくある陰謀論や針小棒大な暴露モンではありません。日本を動かしているのは、日米安保条約、その関連の日米地位協定、ならびに公開されていない密約によってであること、これによる日米間の取決めは、最高法規であるに日本国憲法よりも上位に位置すること、そしてアメリカに違法性、不当性があったとしても、「高度の政治性がある問題については司法の審査権が及ばない」として最高裁までもジャッジ放棄していること、要するに、日本はいまだに米軍の占領下にあるのと同然であることが、ちゃんとを論証しています。

この取決めを行う政府組織は「日米合同委員会」という平凡な名称です。そこで何が取り決められているか、一般の国民が知らないのは当然です。たとえば、普天間の移転先を「国外、最低でも県外へ」と主張して政権を獲得し、わずか9か月で退陣に追い込まれた鳩山元首相は、この本を読んで、「ぶったまげた」、「恥ずかしながら首相のとき、そういう裏があることを知らなかった」、「ただ、官僚らがなにか別のもののために動いていると感じていた」と述懐しています。*1

とかく宇宙人などと揶揄される鳩山さんのことだから、さぞかしボンヤリした首相だったのだろう?。実はそういうマンガチックなことではありません。この組織を作って参加しているのは敗戦いらいの歴代の外務省、法務省(主に検察畑)、財務省などの一部官僚と米国の政府、軍部関係者だけだからです。国会議員さえ、この組織について知見を持っている者は多くないようだ。

この本では、たとえば委員会で職責を果たした歴代の法務省関係者は17人中、12人が役人のトップである事務次官にまで昇進しているし、さらに、そのうち9人は検事総長まで上り詰めています。エリート官僚のエリートコースであることがわかります。鳩山元首相が基地移転にからみ一部官僚に緘口令を敷いて話した秘密施策案が翌日の新聞にすっぱ抜かれて、つぶされます。官僚がばらしたのです。「なにか別のもののために動いている官僚」群が政府部内にいるわけです。

こうしてみると、日本政府のなかに日本を動かしている「非公開の決定機関」があって、日本の安全保障も政治も、それに司法や経済問題も、その動向が、そこで定められているということです。日本という国は、まったくアメリカの属国であることを改めて示唆してくれます。さらに唾棄すべきことは、その属国体制を一部のエリート官僚が唯唯諾諾と協力し、自身の保身・出世につなげていることです。


この合同委員会というのは、日米で下記のような組織*2を作り、両国の代表者が月2回の定例会を、都内の米軍御用達の施設で開いています。日本側のトップは外務省北米局長、米国側は、在日米軍司令部副司令官、駐日公使らです。協議の内容は非公開とされています。

在日米軍の軍人とアメリカの国務省の一部局ではないかと言われる対米追従の外務省の北米局長が相互の交渉相手でありますように、この委員会の本質は日本国内での米軍の安全保障に関わる問題を、いかにアメリカ側の権益に寄与できるかを協議する機関であることを物語っています。首相や大臣が、なんらかの所信を具体化しようとして、これらの官僚は「アメリカ側と協議の結果」、ダメだと封じ込めます。

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在日米軍の権益についてといえば、たとえば米軍基地は全国どこでも、いつまでも、米軍が望むところに敷設できるし、米軍の航空機は沖縄ばかりでなく、、日本全国、いつでも、どんなコースでも、飛ぶことが認められています。そのうえ、たとえば首都圏あたりでは上空数千メートルまで米軍が占有していて日本の国内航空機は―――たとえば、羽田→大阪間ーーーずっと大幅な迂回飛行をさせられていること、その米軍機は米軍人軍属、家族が住む住宅地を避けて発着していること、これは沖縄の普天間基地の航空機発着の航跡からも立証されていること。

つまり、万が一の墜落事故が起きたとしても、日本人が住まうサイドに落ちることになっているわけです。このようなめちゃめちゃな話をエリート官僚たちが認めているのです。日米合同委員会は在日米軍とアメリカの国益にいかにして、特権と与えるか、という組織です。こんなことを容認している主権国家は世界中どこにもないでしょう。

フクシマ原発についても、あれだけの大惨事をこ起こしながら、だれも刑事責任と問われず、原子炉内の詳細な技術的な検証や修復作業等が明らかにならないのに、再稼働だけは既定路線のように進められています。

これは日米原子力協定の条文内にある「安全保障に資する」という文言でもって秘匿されているからだとしています。日米原子力協定というには、表向きは、原子力の平和利用のための取決めですが、その内容は日本がアメリカの核燃料を買入れ、アメリカの運用技術を受けいれ、核燃料廃棄物の再処理も含めて、アメリカに原子力を支配されている協定です。

この原子力協定の一番の底意というのはアメリカが日本の核武装化を阻止することと、アメリカの国益に合うように運用することです。そのために同協定の第11条に「国家の安全保障の利益に合致するように締結し、かつ誠実に履行する」という文面が挿入されています。フクシマで起きたこと、原子炉内部のこと、汚染除去の問題などあらゆる原発がらみのことは「アメリカの安全保障」に合致するか、しないかのレベルで明らかされているわけ。

いま何も公表されていないということはアメリカの安全保障にかかわることが大きいからだいうことを意味しています。在日米軍の特権と同様に原子力についてもアメリカ優先の取決めです。この原子力協定は付属書などを除くと、全文わずか16条項のものですが、そのうち12条項までは協定が停止、あるいは終了しても効力が持続されます。こんな不平等で一方的な二国間協定があるのか、この労作は慨嘆しています。

昨今の大きな政治的な課題、つまり安倍政権が強行しようとしている軍事力強化が眼目の安保法制整備、理不尽な辺野古基地移設、人権無視の原発再稼働、アメリカに追随した結果、国際的に孤立したAIIB(アジアインフラ投資銀行)参加問題などにすべて底流していることが、この本が、明らかにしてくれます。いま一番のオススメ本です。

(本の写真はGoogle引用)

*1 『週プレNEWS』 14年12月16日、矢部宏冶・鳩山元首相対談
    http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/15/40591/
*2 日米合同委員会組織図は外務省ホームページ。委員会のもとに30以上ある分科会などは、引用者が省略。

「大阪都妄想」反対 その4

3回にわたって書いてきました「大阪都」妄想反対は、今回で一服します。

さて、「大阪都構想」について住民の判断材料を藤井聡京大教授が提示したことに、ハシモトがとうていまともな公人とは思えぬ異常な悪態をついています。

さらに藤井教授を世間知らずの学者バカという敵に仕立て上げて、、、、、気に食わぬと、敵に仕立てるのがハシモトの手口ですが、自由な言論さえ封じ込めようと京大やTV局にまで圧力をかけています。このような強権的手法を平気で行うことに、とても弁護士資格を持っている人物とは思えません。藤井教授が詳しく経緯を報告しています。

権力による言論封殺には屈しません *1 
平成27年2月7日
藤井 聡

「大阪都構想」にいま一番必要なのは議論のための「自由な空気」です。しかし今、その自由な空気が「大きな権力」によって封殺されようとしています。

詳しくお話いたします───私、藤井聡は1月27日、「大阪都構想:知っていてほしい7つの事実」という原稿で7つの事実を指摘しました。
事実1:今回の住民投票で決まっても、「大阪都」にはなりません。
事実2:今の「都構想」は、要するに「大阪市を解体して五つの特別区に分割する」ことです。
事実3:年間2200億円の大阪市民の税金が市外に「流出」します。
事実4:流出した2200億円の多くが、大阪市「外」に使われます。
事実5:特別区の人口比は東京は「7割」、でも大阪では「たった3割」
事実6:東京23区の人々は、「東京市」が無いせいで「損」をしています。
事実7:東京の繁栄は「都」という仕組みのせいでなく、「一極集中」の賜(たまもの)です。

そうしますと2月2日、大阪維新の会からこの文書が送りつけられてきました。

要するに、私が大阪都構想について間違った情報を流し、市民に誤解を与えているというのですが──何度読み直しても、さっぱり意味が分かりません。

第一に、そもそも私の議論のどこが間違っているのか何の指摘もありません。これでは討論を始めることすらできない。
第二に、「憤りを感じ、強く抗議」と書かれているのですが、「憤りながら抗議」するならそもそも、「冷静な議論」は無理です。
第三に、当方の記事発表後から、今日までの橋下市長によるツイッターや記者会見での私に対する執拗な罵倒、例えば、「バカですから」や「チンピラ」等は異常としか言いようがありません。とても自治体の首長の振る舞いとは思えません。

つまりこれは「討論」でなく、「ケンカ」の申し入れなのです。しかも私は、この申し入れを一種の脅迫と解釈しています。「公開討論という名の『ケンカ』を売られたり、ツイッターや記者会見などで罵倒されたりするのが嫌なら大阪都構想について発言するな!」と脅す、そんな手口なのです。

冷静な議論ならいざ知らず、橋下代表と在特会桜井氏との公開討論を見ましたが、あのようなやり合いが「市民の公正な判断の機会」になるとも、到底思えません。したがって、大阪維新の会からの公開討論の申し入れには応じません。返答をするつもりもありません。

今回の「根拠を明示しないままの申し入れ」は、大阪府知事と大阪市長、そして、公党代表・幹事長という強大な公権力者による言論封殺と言わざるをえません。

おそらく橋下市長やそのシンパ(信奉者)達は、私が公開討論に応じなかったことをもって「藤井が逃げた!」と叫び、橋下市長の正当性を印象づけようとし、言論封殺を繰り返すでしょう。よろしい、叫び続ければよい。しかし私は、そんな「言論封殺」には屈しません。

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私、藤井聡は今後とも、日本、そして何より我が愛する青春の街、大阪のために、大阪都構想に対して発言し続けます。私の言論はいかなる圧力、脅し、あるいは嫌がらせにも、絶対に、屈することはありません。
「都構想」の投票日100日前/平成27年2月7日 藤井聡




大阪都構想のデメリット:「市の五分割」によって行政コストが上がるというリスク  *2  

2015年2月27日
藤井聡・京都大学大学院教授

■都構想のデメリットについての議論
大阪都構想を巡っては様々な「議論」の様なものがなされていますが、その中の少なからずの部分が冷静かつ理性的ものとは言い難く、詭弁による印象操作にまみれたものも多数あり、誠に残念な状況です。(たとえば、http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/02/24/fujii-133/、http://satoshi-fujii.com/150217-3/、http://satoshi-fujii.com/150208-2/、等を参照ください)

ですがそんな中でも、大阪市特別顧問の高橋洋一教授との本誌面上での誌面討論は、大変に理性的で実りあるものとなりました。 そこでは、『大阪市の税金2200億円が、別目的に流用されてしまう』という問題が論じられましたが、おかげさまでその論争を経て、当方がなぜそのような見解を持っているかを、より明確に公表することができました(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42056)。

そして今は、その論点についての(詭弁による印象操作が使いにくい)「書面」での反論を公募(http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/02/17/fujii-132/)しているところですが、少なくとも本稿執筆時点では、未だ、当方の手元には「冷静な理性的反論」は届いていない状況です。

いずれにしても、その「2200億円の流用問題」は、大阪市民にとっては大変に大きな「デメリットのリスク」を意味しています。 しかし、「都構想のデメリット」のリスクは、その一点にとどまるものではありません。 本稿では、そんな「都構想のデメリット」の中でも、特に重要なものの一つを、取り上げたいと思います。それは、「市の五分割」によって行政コストが上がるというリスクです。

■大阪市の「解体分割デメリット」の存在
そもそも、「都構想」が実現すれば,大阪府と大阪市の二重行政が解消されて,行政が効率化され,コストが縮減できる──としばしば指摘されています. しかし残念ながら、都構想が実現すると、二重行政の解消というような「メリット」が生まれる可能性だけでなく、新たな「非効率」が産み出されるという新たな「デメリット」が生ずるリスクも強く懸念されます。

つまり、協定書の記述を詳しくみてみると、「都構想による効率化」というイメージとは「真逆」のことが起こってしまうリスクがあるのです。そしてそのリスクをつぶさに考えた時、その非効率化リスクは、(議会では年間1億円程度しか無いのではないかとすら言われている)二重行政解消というメリットを遙かに上回るものなのではないか、という懸念が生じてくるのです。

その理由は複数挙げられますが、ここではそのなかでも特に重要な「行政の五分割に伴うデメリット」について、詳しく解説したいと思います。

そもそも、都構想が実現すれば「市と府」の二重行政は幾分解消するかもしれませんが、その一方で大阪市という「1つの役所」が解体され,特別五区の「5つの役所」ができあがり、それを通して行政コストがかえって高くなってしまう、ということが懸念されます。

なぜなら第一に、この5つの区役所には、似たような窓口や総務部を作らざるを得ないからです。 もしも、一つに統合できているのなら、1人でできる仕事も、5つものバラバラの区役所があるなら、それぞれについて1人ずつ各役所が雇わないといけなくなる、というケースが生じてしまいます。結果、項目によっては純粋に「五倍」ものコストがかかってしまうケースも生ずることになります。

ですがこれは考えてみれば当たり前の事です。 しばしば、民間ビジネスの世界では「別々の会社を合併することで、効率化を図る」ということが行われていますが、今回の大阪市の五分割案は、そうした効率化の取り組みの「真逆」の取り組となっているわけです。ですから今回の都構想は、「非効率化」「効率悪化」を引き起こす側面を、明確に持っているのです。

■「付け焼き刃」的な「プチ大阪市役所」(一部事務組合) ただし、「水道」「下水道」などは、既に大阪市内に、一つの一体的なネットワークができあがっています。これを、各区ごとのバラバラに運営するのは、あまりにも非効率です。 そこで、こういった「各区ごとにバラバラに運営するのがあまりにも非効率な行政」については、5つの特別区に行政を分割するのではなく、今までの大阪市役所と同じように、大阪市全体で行政を行う組織を作ることが議論されています。

つまり、5つの特別区とは別にもう一つ、特定の行政を行う「プチ大阪市役所」の様な存在を(いわば、付け焼き刃的に)作ろう、というわけです。 その「プチ大阪市役所」の組織名は、一般に「一部事務組合」と呼ばれています。何とも聞き慣れない組織名だと思いますが、「行政が行っているいろんな事務の内、一部だけを担当する、組合組織」というわけです。

つまり今大阪では、
 1)大阪市役所を潰すということに決めたとしても、
 2)やっぱり一部の行政については大阪市役所の様な存在が必要になるので、
 3)わざわざ大阪市役所を潰すのだけれどもその一部行政を行うプチ大阪市役所を作ろう、 という何ともややこしい議論がなされている訳です。

「組合」と言えば、なんだか実態が無いようにも聞こえますが、法律的には、これもれっきとした一つの「公共団体」です。 つまり、「都構想」というのは正確に言えば、「大阪市という公共団体を一つ解体して、五つの『特別区』と一つの『一部事務組合』という、複数の公共団体を作ること」を意味しているのです。

■「大阪市の解体・分割」がもたらす新たな「多重構造」
このことはかなり深刻な問題を意味しています。 そもそも、今は「大阪府・大阪市」の二重行政が問題だと言われ、その解消のために都構想だ、と言われているのですが、その都構想が実現してしまえば、驚くべき事に「大阪府・プチ大阪市役所(一部事務組合)・特別区」という三重構造が現れてしまうのです。

これは、解釈の問題ではなく、れっきとした事実です。少なくとも、現在の協定書の中身を読む限り、そうとしか言いようがありません。 そもそも、このプチ大阪市役所である一部事務組合は、特別区がおカネを出し合って事務をやってもらうという仕組みです。

つまり、5つの特別区が、それぞれの思いでそれぞれおカネを出して、共同で一つの事業をやろうとするものです。ところが、そこでの議論がうまくいく保証はどこにもありません。 異なる特別区同士がモメてしまえば、そこには瞬く間に、「特別区とプチ大阪市役所(一部事務組合)」との間に、相容れない「二重構造」が生じてしまうことになるのです。

かつてならこういうモメ事は起きません。なぜなら、大阪市内の行政には、たった一人の「大阪市長」というリーダーがいたからです。ところが、「都構想」が実現し、大阪市が解体されて5つの特別区に分割されれば、そんなリーダーが不在となり、互いに利益の異なる五人の特別区長というバラバラのリーダーが存在することになるのです。

それぞれの区長は、それぞれの区民の選挙で選ばれた人達ですから、選挙民の付託がある以上、選挙民の利益を最大化するために、他の区民の利益が損なわれようとも、自分の区民の利益を強く主張する局面は、必ず訪れます。つまり、異なる区同士の間に「利害対立」が生まれるのです。 そうなると一部事務組合の各種調整では、恐るべき混乱に陥るであろうことは必至なのです──。

無論、その話し合いの場には大阪府の関係者(知事等)も同席しますから、大阪府が、その調停において重要な役割を担うことになるとも考えられます──が、それもまたおかしな話です。そもそも、五特別区の間の調整は、かつては、大阪市長の下、一体的に図っていたのですから、そこに大阪府が介入してくるとなると、話はさらにややこしくなっていくでしょう。

──ということで、この「一部事務組合」なるプチ大阪市役所では、様々な局面でモメにモメることが決定的なのです。 いずれにしても、以上の話は、次のような「重大な事実」を示唆しています。 すなわち、今までは「大阪市」という一つの組織しか無く、全ての調整を全て役所内で行う「一重構造」だったところ、5つの特別区を作った途端に、プチ大阪市役所(一部事務組合)が必要になってしまい、その結果として「二重構造」が新たに現れ出てしまうのです。そしてここに大阪府の存在も考慮に入れれば、あっというまに何ともややこしい「三重構造」が生まれることになる、という次第です。

■「三重構造は、何も問題でない」という説明は、至って不条理 ところで、この点について、大阪維新の会の「都構想」のHPには、次のようなQ&Aが掲載されていますが、その内容は、全くもって、市民を安心させるようなものではありません。まずは是非、下記、ご一読ください。 ―――――――――――――――――――――――

Q.大阪都構想の実現で、実際には、都、特別区、一部事務組合の三重行政にならないの?
A.「大阪都と特別区で明確に役割分担することが、都構想の基本的な考え方です。 “一部事務組合”という組織で、ごく限られた事務のみを共同実施しようとしていますが、三重という言葉は当てはまりません。都道府県が担う方向で議論が進んでいる「国民健康保険」や民営化を予定している「水道事業」が含まれているため、財政規模が大きく見えてしまいがちですが、保険料のバラツキ見直しや保険財政安定の観点から、国民健康保険や介護保険の運営を共同で行うことはむしろ当然のことです。 ――――――――――――――――――――――― (http://oneosaka.jp/tokoso/q-and-a1.html 参照)

是非、この文章を繰り返しお読みになってみてください。 確かにこの文章では「三重という言葉は当てはまりません。」という言葉が書かれています。しかし、その「理由」が一切書かれていないのです。これでは、理性的な利民ならば、安心するわけにいかず、余計に不安になることもあるでしょう。

しかもここには、市民を安心させるかの様に、「ごく限られた事務のみ」が一部事務組合で担当するかの様に書かれているのですが──この記述には、重大な疑義があります。協定書に書かれている事業のリストは、「ごく限られた事業」とは決して言いがたい量なのです。

表1をご覧下さい。これが、今の協定書に書かれている、一部事務組合をつくって、特別区が共同で遂行しなければならないもののリストです。

表1 一部事務組合(いわゆる「プチ大阪市役所」)で共同で行うと言われている事業
①事業  国民健康保険事業、介護保健事業、水道事業及び 工業用水道事業
②システム管理 住民情報系7システム〔 住民情報系7システム〔 住民基本台帳等システム、戸籍情報税務事 住民基本台帳等システム、戸籍情報税務事 住民基本台帳等システム、戸籍情報税務事 務システム、総合福祉国民健康保険等介護統合基盤・ネットワークシステム 〕等
③施設管理 <福祉施設> 児童自立支援施設、情緒障がい 児短期治療施設、児童養護施設、母子生活支援施設、母子福祉施設、保護施設、大阪市立心身障がい者リハビテーションセンター、福祉型障がい児入所施設、福祉型児童発達支援センター、ホームレス自立支援センター、障がい者就労支援施設、特別養護老人ホーム、医療保護施設・養老人ホーム、特別擁護老人ホーム<市民利用施設> 青少年野外活動施設、ユースホテル、青少年文化創造ステーション、児童文化会館、青少年文化創造ステーション、児童文化会館、障がい者スポーツセンター、市民学習センター、大阪市中央体育館、大阪市立プール、靱庭球場、女性いきいきセンター<その他> 中央急病診療所、都島休日急病診療所、十三休日急病診療所、今里休日急病診、中野休日急病診療所、沢之町休日急病診療所、中野休日急病診療所、大阪市動物管理センター、キッズプラザ大阪、大阪市立北斎場、大阪市立小林斎場、大阪市立佃斎場、大阪市立鶴見斎場、大阪市立瓜破斎場、大阪市立葬祭場、泉南メモリアルパーク、瓜破霊園、服部霊園 、北霊園、南霊園 ④財産管理 「大阪市未利用地活方針」に基づき処分検討とされた土等の管理及び処分、オーク事業の終了に伴い大阪市が引渡しを受けた財産管理及び処分、大阪市の土地先行取得事業会計に属していた財産管理及び処分 これが「ごく限られた事業」に見えますでしょうか───?

そもそも、上記の解説文書の中に明記されているとおり、保健や水道が入っているため、「財政規模が大」きいのは事実です。ただ、それぞれの運営の詳細は未定な状況であり、実際の事業規模がどれくらいになるのかは、今のところ分からない状況です。

ただし、その事業規模は、場合によっては6400億円程度(これは、堺市の全予算規模に匹敵する額です)になる可能性があるのではないか、とも指摘されているくらいですから、維新の会のHPに記載されているような「ごく限られた事業」では、断じてないと言うことができるでしょう。

■「特別区」は、「風呂・トイレ共同の安アパート」とも言いうる存在 ちなみにここまで巨大な一部事務組合は、我が国には存在した試しがありません。なぜなら、表1に記載された事業の多く(福祉、市民施設、システム管理、等)は、通常の自治体なら、安価なアパートで風呂を共用するように他の自治体と共用するのではく、全て「自前」でそろえるのが当たり前だからです。

だから、一部事務組合がそこまで肥大化するような自治体運営は、これまで存在してはいなかったのです(例えば、東京で一部事務組合等が関係するのは、清掃等の文字通り限られた事業だけです)。 そもそもマンションで一人暮らしするなら、台所やトイレのみならず、風呂もテレビもポットも自前のものを買うのは当たり前だ、という事と同じなのです。基礎自治体なら、基礎的な施設やサービスは完備しておくものなのです。

にも関わらず、「都構想」実現後の大阪の特別区は「中核市並み」などと説明されていますが、そうした最低限のものも持たせてもらえず、共同利用する巨大な一部事務組合をつくり、さながら共同でトイレや風呂を使うアパート暮らしのような住まいに押し込められようとしている、と言って差し支えないでしょう。

この様に考えれば、一体何のために分割するのか──という風に感ずる方も決して少なくないのではないかと思います。 いずれにしても、こうした背景を踏まえれば、今までは「大阪市役所」という組織の中で,いろんな行政を一体的に進めてきたところ,それを解体することで余分にコストがかかってしまう事はほとんど決定的なのです。

つまり大阪市民はこれまで,一つの大阪市役所だけおカネを払えば,水道や下水やゴミ収集などの仕事を「一括」してやってもらえた訳ですが,これから五つの特別区と,一つのプチ大阪市役所(一部事務組合)におカネを払わないと行けなくなるのですからそうなることも決定的です.

あるいは、次のように考えると分かりやすいかと思います。 一つ屋根の下で暮らしている五人家族がいたとしましょう。この五人が、今度からバラバラに暮らし、それぞれアパートに住むようになったとしましょう。そうなると、トイレ、台所、風呂、テレビや洗濯機等、全てを共同利用していたのですが、これからは、それぞれのアパートに、トイレ、台所、風呂などを作らなければならなくなります。

それが、「独立」というものですから当たり前です(大阪市解体、5つの特別区の設置、とは、こういう風に解釈することもできるのです)。 そうなると、ものすごく初期投資も、ランニングコストもかかってしまいます。しかし、それでは、今の収入ではまかなえないので、仕方なく、アパートの方には、トイレと台所と寝床くらいの必要最小限のものだけ置いておいて、それ以外の風呂やテレビや洗濯機は全て、昔の家の中においておき、それを5人で共同利用する──ということをせざるを得なくなります。 ──お分かりいただけましたでしょうか?

一部事務組合というプチ大阪市役所とは、この「独立後も、経費節減のために、共同利用するためにおいておく、昔の家の一部」というものなのです。 つまり「都構想」というものは、行政の仕組みから考えれば、「五人家族で一つの家に暮らしていた」(現状の大阪市)のに、これからは「5つのアパート」(特別区)と「1つの共同利用のための家の一部」(一部事務組合)との6つを利用して暮らすようにする、という話なわけです。

もうこうなれば常識的に考えてサービスレベルが下がってしまうのは必至です。 仮に近くにアパートができて便利になったという側面もあるとしても(特別区になって住民サービスがきめ細かにできる、と言われるメリット)、そのアパートの施設は前の共同で暮らしていた家よりも圧倒的にサービスレベルは低いし、元々住んでいた家(一部事務組合)にもやはりわざわざ、ことあるごとに通わないと行けなくなるからです。

無論どうせなら、そのアパートを、立派なワンルームマンションとして(例えばそれこそ「中核市レベル」として)作るのなら良いのですが、それではおカネがかかりすぎます。そんなおカネはどこからも出てきません。だから結局、元々住んでいた家の一部を活用して、皆で「共同利用」するほか無くなるのです(例えば、アパートで共同風呂を使うようなものです)。

■「大阪市廃止・分割」で、行政サービスレベルは下がるのは決定的 しかも、これからは5人は対等の立場なので、その「元々住んでいた家」をどのように管理するのかでモメにモメることもまた、必至です。言うまでもありませんが、モメるということは、行政コストが増えるということなのです(そもそも、時間がかかってしまえば、それだけで、行政コストがかかってしまいます)。

つまり、収入(税収)が抜本的に上がるわけでも無いままに、一つの組織でやっていたものを6つの組織でやるようになるので、様々な行政サービスの手続きが「複雑化」してしまうことは必定なのです。 そして、こうして行政サービスが複雑化し、行政コストが上がると、結果的にサービス水準が低下することが懸念されるわけですが、それと同時に、その行政コストをまかなうために、様々な料金が値上がりしていく可能性も当然でてきます。

もちろん一寸先は闇、未来を断定的に論ずることはできませんが、以上の議論を踏まえれば、いろんな行政の手続きが「三重化」して複雑化すること、そしてその結果として、行政サービスが低下し、様々な公共料金が高まる深刻なリスクが生まれることは決定的なのです。

ましてや、これまで何度も指摘してきました通り、特別区民のために使われるべき2200億円のおカネが、大阪府によって別の項目(大阪府の借金返済や、他の自治体のインフラ整備、まちづくり等)に「流用」されてしまう訳ですから、行政サービス低下と、各種公共料金の値上げという最悪の事態が生ずる可能性は、ますます決定的なものだと言うことができるでしょう。

「都構想」の是非を考える場合、こうした「デメリットのリスク」についても、しっかりと吟味し、考慮し、総合的に判断していくことが不可欠ではないかと、筆者は考えます。 万一、「そんなデメリットなんてない」という意見をお持ちの方がいるとするなら、是非とも、「なぜ、当方が指摘したデメリットがないのか?」について、(不条理な印象操作や詭弁でのごまかしが困難な)「書面での理性的説明」をお願いしたいと思います。

ついてはここでも再び、そうしたご説明を「公募」申し上げたいと思います(本誌刊行から2週間以内に、本誌事務局までお送りください)。 本稿が、「大阪市の消滅か存続か」を決める「都構想」の住民投票の適切なご判断に、貢献することを祈念しつつ、本稿を終えたいと思います。ありがとうございました。

(なお、以上の見解は、筆者個人の見解であり、筆者が関わるあらゆる組織の見解との関連はありません)



大阪市内で育ち、そこで長く仕事につき、暮らしを立てた閑人にとっては、大阪市という愛着ある都市の名前が消えることは無念なことです。そのようなことを画策する連中がいることに怒りを感じます。多くの住民が不利益を被ることが予想されるのに、権力欲や名誉欲に駆られた愚者の愚策でもって、大阪市がバラバラにされかかっています。

藤井教授は、デメリットとして、財源と権限が大阪市から奪われ、住民の生活環境が不便になる一方、負担が増えると分析しています。「トイレも風呂も共同使用の安アパート化」する可能性があるとも指摘しています。

毎日新聞の都構想住民投票を問う世論調査では、賛成43.反対41と拮抗状態と伝えています。*3 ハシモトとその一派の利権を肥やすだけの施策にみんなで反対の声を上げましょう。

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「大阪都妄想」反対 その3で引用してます。

*1: 三橋貴明の「新」日本経済新聞  三橋貴明公式サイトwww.mitsuhashitakaaki.net

*2:現代ビジネス 2015年2月27日付け

*3:: 毎日新聞 3月16日付け電子版

(写真はいずれもGoogle引用)



「大阪都妄想」反対 その3

大阪市をなくして五つの特別区にバラバラにしたら、なんで大阪の経済成長が飛躍的に進むのか。
住民の暮らし向きが向上するのか。

ハシモトは、「大阪都構想」という見かけはよさそうな包装箱を見せているだけで、肝心の中身については具体性もない、合理的な説明もない。理屈抜きに、よくなるものはよくなるとまるで寅さんの口上みたいなことしか言ってません。

ところが、その空疎な構想を批判する人や組織には、それこそ火が付いたように口汚くバカ扱いして排除,口封じに懸命になります。まっとうな対応ではなくて、いつも罵声、罵倒というやり方です。ハシモトがいかにヘンな人物であるか、そのたびに思えてなりません。

ハシモトは、大阪を都にすれば、東京と並んで、この国の経済成長の二大牽引車になるとホラを吹いています。東京が豊かになったのは、特別区制のせいではなくて、政治、経済、情報、人口などあらゆるものが一極集中した結果であります。よかれあしかれ、いろいろな論議がある一極集中ですが、これを無視して、大阪が東京と並ぶことはあり得ないのです。

閑人のように、品性下劣な権力欲に取りつかれた人物による散臭い話だなと眉にツバをつけているレベルではなくて、ここは、ちゃんと研究者の立場から「大阪都構想」の危うさを批判している京大教授で内閣官房参与の藤井聡さんの見解を紹介します。

この藤井教授の見解に対して、ハシモトは「こチンピラ」とか「京大総長に言いつけてやる」とか、およそ自治体首長とは思えぬ悪態をついてケチをつけています。その罵詈雑言の汚さ、品格のなさにつくづく呆れます。



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大阪都構想:知っていてほしい7つの事実    2015/01/27
                                              藤井聡京都大学大学院教授

平成27年の1月,「大阪都構想」を実現するかどうかを決める,「住民投票」を行うことが決まりました.住民投票の対象者は,現在の「大阪市民」です.

そこで,過半数が大阪都構想に対して「Yes」の意思表示をすれば,投票から約2年後の平成二十九年の四月から,いわゆる「大阪都構想」が実現することになります.

──しかし,大阪市民は一体,「何に」投票すべきなのでしょうか?

実は,そもそもこの点からして,大阪市民を含めた多くの方々が,ご存じないように思います.ついては,ここでは,「大阪都構想」についての賛否はさておき,その判断に向けて大切な,いくつかの「事実」の情報を提供したいと思います.

事実1】今回の住民投票で決まっても,「大阪都」にはなりません.

実は,今度のいわゆる「大阪都構想の住民投票」で問われているのは,法律的に定められた,ある協定書に対する賛否なのですが,この協定書の中には,「大阪都」という言葉は一回も出てきません.そこに出てくるのは,「大阪府」という言葉だけです.

これはなぜかというと,今の法律の中には,東京都以外の道府県を「都」に名称変更するということは定められていないからなのです.したがって,住民投票でこの協定書が認められたとしても大阪都は実現しません.大阪府は大阪府のままなのです.

事実2】今の「都構想」は,要するに「大阪市を解体して五つの特別区に分割する」ことです.

さて,その協定書には,様々なことが書かれていますが,その中の最大のポイントが,この点です.かつては,堺市や周辺の自治体も「特別区」にすることが構想されていたのですが,一昨年の堺市長選で,この都構想が堺市民から事実上「否決」されましたので,その構想それ自体が,「大阪市を解体する」ということだけになったのです.

つまり,今度の住民投票で問われているのは,この「大阪市を5つの特別区に分割すること」についての賛否,というわけです.

事実3】年間2200億円の大阪市民の税金が市外に「流出」します.

さて,大阪市は今,数ある自治体の中でもトップランクに権限を持っている「政令指定都市」です.ところで,政令指定都市,というのは,要するに,事業所税をはじめとした他の自治体にはない財源をつかいつつ,強力な都市計画=まちづくりの権限でもって,様々な取り組みを進める力をもった自治体です.

この強力な力こそが,大阪が関西,西日本の中心都市として発展してきた,決定的理由です.大阪,関西の都心である大阪に手厚い権限を与え,キタやミナミ等に集中投資を行い,これをエンジンとして発展してきたのが,大阪という街であり,関西の活力の源泉だったのです.

ところが,都構想が実現してできあがる特別区には,この強力な権限がありません.したがって,大阪市内で集められた大量の税金が,大阪市「外」に流出することになるのです.

その総額は,実に2200億円!

(※ 正確には2240億円.これは法定協議会の資料から,この数字が明確に試算できます).

もちろん,これは今,大阪市が担当している事業の一部が大阪府に引き継がれることになるので,その事業のための資金だと解釈できるのですが,2200億円の予算が大阪市外に流出し,それを現大阪市民の自治でその使い道を,現在の様に「管理」出来なくなるのは事実です.

これは大阪市民一人あたりにすると,年間約8万円.つまり,都構想が実現すると,現在の大阪市民は,一人あたり年間8万円ものおカネの使い道を,自分で決められなくなってしまうのです.そしてそれを通して,大阪はキタやミナミをはじめとした都心の核への投資が細り,徐々に大阪の「核」が衰弱して行くことが深刻に危惧されるのです──.

事実4】流出した2200億円の多くが,大阪市「外」に使われます.

とはいえ,大阪市から流出する2200億円を管理する「大阪府」が,そのおカネをフルに活用して大阪市(特別区)にとって良いことをしてくれるのなら,現大阪市民は,都構想によって不利益を被ることも,大阪の中心核が衰弱していくことも無い,ということになります(行政的にはもちろん,そのように説明されています).

しかし残念ながら,都道府県の財政運営の「法的常識」から考えて,そういうことは起こりそうにありません──.そもそも,「府」が,府内の核自治体から税金を一旦吸い上げ,その後に配分するのは,「所得の再分配」といって,自治体間の貧富の格差を埋めるために行われるものです.

だから,その2200億円が,これから(千早赤阪村や四條畷市等を含めた府内の)他の自治体に回されたり,あるいは,昨今財政が厳しくなった大阪府の財政のために活用されるようになる可能性も,十二分以上に考えられるわけです.

事実5】特別区の人口比は東京は「7割」,でも大阪では「たった3割」

とは言えもちろん,もしも大阪市の人口が大阪府全体の多くの部分を占めているのだとすれば,大阪府が大阪市(特別区)のために,手厚い行政を展開することも考えられます.しかし残念ながら──やはりそうはならないのです.そもそも大阪の場合は,23区民が全人口の7割を占める東京都とは真逆に,特別区民となる現大阪市民の割合は,全体のたった3割にしか過ぎません.

だから,大阪知事は,東京都知事のように,特別区の住民の意向に特に手厚く配慮しながら行政を進めていくことは,そもそも不可能なのです.

そして大阪府議会においても,大阪市(特別五区)選出議員の数は全体の約3割で,残りの7割が大阪市以外の市町村からの選出なのです.したがって府議会の議論は,東京都の様に,特別区の住民の意向を特に重点的に配慮したものとは,ならないのです.

つまり,「数の論理」から考えれば,東京都の様な,都心を特に重視した「大都市行政」は大阪においては期待できない,ということになるのです.

先ほど,大阪市から流出した2200億円のおカネは,大阪の中心核である大阪市のために使われる傾向は低いだろう,ということを申し上げましたが,こうした「数の論理」から考えても,そうなることは明白だと考えられるわけです(なお,この2200億円も,現時点での協議会資料ではそうなっている,というだけで,これからさらに拡大していくことも,十二分以上に想定されます).

事実6】東京23区の人々は,「東京市」が無いせいで「損」をしています.

ところで,都構想について,次のような漠然としたイメージをお持ちかの方もおられるかも知れません.

(1)大阪市は今,疲弊している.
(2)東京23区は羽振りが良い.
(3)だから,大阪でも東京と同じような「特別区」にすれば,羽振りがよくなる.

しかしこれは,大きな勘違いです.それは例えば「今,一番モテている奴は,いつも髪の毛がくしゃくしゃだ.だから自分も髪の毛をくしゃくしゃにすれば,それでモテるようになる!」なんて考える様な愚かな話です.

そもそも,東京23区がもしも「東京市」だとしたら,東京都心はもっとさらに強烈な集中投資が進んでいるだろうことが明らかなのです.もしも東京23区に「東京市」という,今の大阪市のような一つの「政令市」があったとしましょう.政令市というシステムは,

その内側の都市行政を保護する「保護システム」です.したがって,政令市という保護システムさえあれば,その東京市には,今,「東京都」に召し上げられている,莫大な税金がそのまま残され,その結果,より豊富なおカネを自由に使うことが可能となります.つまり,東京23区の住民は,政令市という保護システムがないせいで随分と「損」をしているのです .

大阪都構想の賛否を考える際,この東京23区の真実も,重要な意味を持つでしょう.

【事実7】東京の繁栄は「都」という仕組みのせいでなく,「一極集中」の賜(たまもの)です.

ではなぜ,現在の「大阪市」は疲弊しているのに,現在の東京23区が豊かなのかと言えば───それは行政の仕組みの問題ではなく,そもそもの経済規模が全く違うのからなのです.

人口についても経済規模(GDP)についても,大阪市と東京23区との間には,実に四倍前後のもの巨大な格差があるのです.これは,首都東京に,あらゆるモノが一極集中していることを示しています. これが,東京23区の豊かさの秘密です.

その豊かさは,「都と特別区」という制度によってもたらされたものなのではなく,「首都」という特殊な事情がもたらしたものだったのです.さらに言うならその豊かさは,「東京市」という政令市の保護システムがないせいで,自主財源が流出し,23区民が「損」をしたとしても余りあるほどの豊かさだった,という訳です.

ところが──大阪市はそもそも,23区とは比べものにならない位の「少ない」人口と,「少ない」GDPしかありません.その結果,23区とは比べものにならないくらいの「少ない」自主財源しかもっていないのです.にも関わらず,大阪市という,政令市の「保護システム」を解体すれば,大量の自主財源が流出し,大阪市民は,さらなる疲弊に苛まれるようになることは,決定的なのです.
・・・・

以上,いかがでしょうか?

大阪都構想に賛成するにせよ反対するにせよ,以上に紹介した7つの事実については,少なくとも十分に吟味した上で,ご判断いただきたいと思います.

実は都構想を巡っては,さらに重要な「事実」が様々にあるのですが,それについては,また別の機会にお話したいと思います.本稿が,大阪の明るい未来に少しでもお役に立ちますことと,祈念いたしたいと思います.

(なお、本記事の意見は全て藤井聡個人の見解であり、関連する如何なる組織の見解とも関係ありません。)



藤井教授が指摘した七つの事実というのは、都構想が仮にも実現するとしたら、こうなるという論点と現に特別区制を敷いている東京都との比較を提示し、住民投票の判断の材料にあげたのにすぎません。しjかし、この論評が出ると、さそっくハシモトから例によって、汚い言葉でもって藤井教授をツイッターでこき下ろした。それを産経電子版が翌日報道しています。


【大阪都構想】
「おバカなことをおっしゃるお世間お知らずのお学者様」
      橋下氏、ツイッターで怒りの連投


 大阪都構想の実現を目指す大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長は27日夜、自身のツイッターで都構想に批判的な学者が過去に「非礼極まりない言葉をぶつけてきた」として、「バカな学者の典型」「専門外のことに口を出すな」など怒りの書き込みを続けた。

 閲覧者の1人が都構想に批判的な主張をしているとして、学者名を書き込んだことが“号砲”となり、橋下氏が批判を展開。「非礼な学者はやっつけにいきます」と宣言したが、過去にぶつけられた「非礼極まりない言葉」の内容が明かされることはなかった。

 橋下氏支持とみられる閲覧者から言葉遣いを注意されると「はい。」と応じる一幕もあったが、やはり納得がいかないようで「おバカなことをおっしゃる非礼極まりないお世間お知らずのお学者様」と書き込んでいた。



ハシモト支持者のなかには、良識がある人もいるらしく、ハシモトの下劣な言葉づかいを諌める人がいたと見えて、、罵倒している藤井教授について「おバカなことをおっしゃる非礼極まりないお世間お知らずのお学者様」とバカ丁寧、慇懃無礼としか言いようのない表現に改めて、からかっています。幼児性丸出し、こんな人物が大阪の首長か。こちらが恥ずかしくなります。

さて、藤井教授は、その後も大阪都構想について,予想されるデメリットをわかりやすい説明をしていますので、次回、紹介します。

*1:三橋貴明の「新」日本経済新聞  三橋貴明公式サイトwww.mitsuhashitakaaki.net
*2 産経 1.28付け電子版
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「大阪都妄想」反対 その2

政治家は、政策よりも人となり、です。「大阪都」妄想を進めるハシモトは、どんな人物か。

もともと,ご本人は「名誉欲と権力欲を満たす最高峰」*1の職業が政治家と認識している人物ですから、国民の暮らしや命については、見向きもしていません。ただ、彼は狡知な扇動者の素質が大ありですので、それでは世間に広く受け入れられないことを知っていて、知事選でも「子供が笑う大阪」などというキャッチフレーズを掲げていました。

過去の言動から、閑人が察するには、ハシモトは推進する「大阪都」妄想なんかは、その最高峰の権力を掌握するための小さなステップに違いありません。彼にしたら壮大な?打ち上げ花火を上げて、満天下をうならせたら、今度は真の狙いである国政に選挙で打って出て、独裁政治を極め、国民を手足のように自在に統制したいのでしょう。彼は核兵器保有論者でもありますので、近隣諸国と一戦を交えることも辞さない覇権欲に取りつかれたファッシストであると思います。

最近でも民主政治の基本である市民の意見無視、議会無視、公務員らの基本的人権無視、都構想に関する市職員のへの緘口令(口封じ)、そして反維新論がのる広報だより紙の配布中止、反維新論者をTV出演させるなと放送局へ圧力など言論封殺をやりたい放題。自分の気に入らないことは徹底的に排撃する一方、強者には、こびへつらっています。

彼は権力を得るまでは選挙という民主的手法を容認しますが、勝てば白紙委任を受けたとして独裁そのものの政治姿勢に変わるのは、すでに見聞してきました。これはヒットラーのやり方と同じです。目的のために手段を選ばぬ危険な政治家です。

ハシモトの特異なパーソナリティについては、専門家によってほとんど語り尽くされています。専門家の的確な見方を二、三紹介します。

あれよあれよと言う間に彼がタレントから大阪府知事になったころ、精神科医でノンフィクション作家でもある野田正彰さんが切り込んだ分析は興味深いものでした*2。野田さんは、『大阪府知事は「病気」である』」としてハシモトが弱者、あるいは、いじめやすい人や組織を挑発・攻撃しては強者のようにふるまう特異な性格の持ち主だとして、「自己顕示欲型精神病質者」、また「演技性人格障害者」ととらえました。

この演技性人格障害というのは、どんな性格か。同じく精神科医で福祉施設法人理事長の野末浩之さんは、『橋下政治を読み解く』のなかで、こういう定義を紹介しています*2。「自己の劇化、演劇的傾向、感情の誇張された表出」、「浅薄で不安定な感受性」、「興奮、他人の評価、および自分が注目の的になるような行動を持続的に追い求めること」、「不適当な扇情的な外見や行動をとること」という。

つまりは極端な目立ちたがり屋で、言ってることが日々コロコロ変わるパーフォマンス先行タイプ。感情の起伏が激しく、不安定な性格を表していて、ハシモトの言動や振る舞いが納得できる分析です。

野末さんは、これらの性格のうえ日常診察しているDV(家庭内暴力、ドメスチック・バイオレンス)の加害者とハシモトの性格に共通点があるとして、以下の項目を上げています(要約)。

第一は、自分のコントロール下にある人への激しい攻撃です。
第二は、DV加害者は、被害者をいいくるめる能力にたけているということです。
第三は、DVの加害者が暴力を振るったあと、反省し、謝罪し、被害者の機嫌をとり、パッピーな時間をとることです。

ようするに、弱者や他人の弱点と見れば、怒鳴りつけて畏怖させ、面従させると、一転、機嫌を取る芝居がかった性格です。二人以外の精神科医でも、こうした見方をする医師がいるところからして、ハシモトは医師から見ても、よほど特異なキャラクターのようです。

哲学者で作家の適菜収さんは『「週刊文春』に「今週のバカ」という人気コラムを毎週連載していますが、2014年の一年間の「年間バカ大賞」*4にコスプレ不倫のハシモトを選んでいます。適菜さんは、ハシモトが言う「統治機構の改革」なんてものを全然信じていません。

ご自身が書いた下記のようなタイトルのブログの文章が拡散されることを希望しています。やや古くなった事例もありますが、早くからハシモトのいい加減さに注目しているわけで、悪行の事例を想起するだけでも改めて値打ちがあります。いささか長文ですが引用します。*5


橋下徹は詐欺師である。

 橋下徹を巡る一連の騒動を総括すれば、「だから言わんこっちゃない」のひとことに収まると思います。どうしてここまで来ないと気づかないんでしょうかね?
 半分以上はメディアの責任でしょう。

 ワイドショーしか見ていない主婦ではあるまいし、新聞や雑誌にモノを書いている連中が橋下を野放しにしてきたわけです。それどころか、無責任に「将来の首相候補」などと持ち上げ、反日アナーキストという橋下の本質を隠蔽する工作に勤しんできた。

 もちろん、きちんと批判をした人もいたが、橋下の増長を押さえ込むことはできなかった。結局、橋下が終焉を迎えたのは、同盟国の軍隊に買春を勧めアメリカの心証を悪くしたことだったり、意味不明の出直し市長選というドツボに自ら突き進んでいったからです。つまり、われわれ日本人は自分たちの手で橋下を除去したのではない。これは極めて恥ずべきことではないか。依然としてわが国は橋下徹や菅直人のような独裁を唱える狂人が出現する危険性を抱えている。

 橋下は、大阪都構想の制度設計の話し合いが行き詰ったとして「民意を問う」ために出直し市長選を行うという。こんなことがまかりとおるのなら、最初から住民投票(民意)で決めればいい話。つまり、橋下徹のやっていることは政治と議会の否定である。たとえ橋下が再選されても、議会の構成が変わるわけではない。約六億円とされる選挙費用は完全に無駄。これについて橋下は「民主主義で選挙のコストがかかるのは当たり前。(府と市の)二重行政にかかるコストの方が莫大だ」と説明していたが、むしろ、橋下の存在自体が現行の選挙制度における最大のコストなのだ。

      ※※ 

 芥川龍之介に『或阿呆の一生』という短編小説があります。芥川の自殺(一九二七年)後に見つかった原稿で、同年十月号の雑誌「改造」に掲載されました。
 この半自伝的小説の冒頭で芥川はこう記す。
「どうかこの原稿の中に僕の阿呆さ加減を笑つてくれ給へ」
 ここは芥川に倣い、フラグメント(断章)形式で橋下の過去の悪行を振り返ってみたい。題して、橋下徹版『或阿呆の一生』。

     一 反日

 彼はその日も阿呆だった。テレビ番組に出演し、「日本国民と握手できるか分からない」と本音を吐いてしまったのだ。
「日本をグレート・リセットする」
「国は暴力団以上にえげつない」
「日本の人口は六〇〇〇万人ぐらいでいい」
「能や狂言が好きな人は変質者」
 こうした過去の発言からもわかるように、橋下は日本を深く憎んでいる。橋下はいつでも日本国民の敵にまわる人物である。彼の過去の発言・行動から見えてくるものはなにか? それは現代社会が抱える大きな闇だった。

     二 独裁

 彼はその日も阿呆だった。
「今の日本の政治で一番重要なのは独裁」
「僕が直接選挙で選ばれているので最後は僕が民意だ」
「(選挙は)ある種の白紙委任だ」
 議会は議論をする場所である。民意を直接反映させるのが政治なら、議会は必要なくなる。要するに、橋下には政治に対する基本的な素養がない。橋下の手法は、ナチスのアドルフ・ヒトラーと酷似している。「大阪府は破産会社と同じ」とデマを流し、公務員をスケープゴートに仕立て上げた。「思想調査」を行ない、内部告発や密告を奨励する。府立和泉高の校長が国歌斉唱の際、口パクかどうかチェックをしていた件について、橋下は「完璧なマネジメントだ」と述べている。

     三 買春

 彼はその日も阿呆だった。 沖縄の米軍司令官に対し、「もっと風俗業を活用してほしい」「性的なエネルギーをある意味合法的に解消できる場所は、日本にある」と発言。アメリカが激怒すると、「(風俗には)ダンスやパチンコまで含まれる。売買春ではない」と誤魔化し火に油を注いだ。
 また、「(銃弾が飛び交う中)命をかけて走っていくときに、精神的にも高ぶっている猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら慰安婦制度は必要なのは誰だって分かる」と発言。
 これが問題になると、「僕は慰安婦が必要とは言っていない」と平気な顔をして嘘をついた。さらには「その時代の人たちが必要と思っていたと述べた」と論点をすり替え、「大誤報をやられた」「日本人の読解力不足が原因」とマスメディアや国民に責任転嫁した。薄汚い卑劣な人間である。

     四 歴史観

 彼はその日も阿呆だった。橋下はツイッターで「そもそも竹島問題も、李承晩ラインを引かれ、その後韓国が竹島に建造物を設置し、着実に実効支配を積み重ねたときにそれを阻止できなかったのも自民党」とつぶやいている。
 李承晩ラインが引かれた一九五二年には自民党は存在していない。「日本は歴史教育が足りない」「僕は近現代史の教育が不足していると言い続けている」と言う橋下だが、近現代史の教育の不足こそが、橋下を増長させているのだ。
「竹島は(韓国と)共同管理すべき」
「従軍慰安婦制度がなかったとは言いません」
「日韓基本条約で法的にすべて解決しているということの方が慰安婦を傷つけている」
「学術上(の定義が)定まっていなくても敗戦の結果として侵略だった」
 いずれも歴史観以前の問題である。

     五 文楽

 彼はその日も阿呆だった。文楽協会への補助金凍結を表明していた橋下は、近松門左衛門原作の『曾根崎心中』を鑑賞後、「ラストシーンでグッとくるものがなかった」「演出不足だ。昔の脚本をかたくなに守らないといけないのか」「演出を現代風にアレンジしろ」「人形遣いの顔が見えると、作品世界に入っていけない」などと騒ぎ立てた。
 さらには、ツイッターで「自称インテリや役所は文楽やクラシックだけを最上のものとする。これは価値観の違いだけ。ストリップも芸術ですよ」と発言。
 橋下が怖れたのは、日本の伝統と日本人の美意識だった。橋下は無意識のうちに自分の敵を正確に見抜いたのだ。

     六 カジノ

 彼はその日も阿呆だった。橋下は府知事時代からカジノの誘致を進めてきた。ギャンブルは必要悪なのかもしれない。
 しかし、「(大阪について)こんな猥雑な街、いやらしい街はない。ここにカジノを持ってきてどんどんバクチ打ちを集めたらいい」「小さい頃からギャンブルをしっかり積み重ね、全国民を勝負師にするためにも、カジノ法案を通してください」といった発言は常軌を逸している。全国の未来ある少年少女をギャンブル漬けにしてどうするつもりなのか?
「日本を下品のどん底に突き落とす」という悪意しか感じることができない。

     七 著書

 彼はその日も阿呆だった。タレント時代に書いた本の内容が話題になったのだ。
 著書『まっとう勝負!』では「なんで『国民のために、お国のために』なんてケツの穴がかゆくなるようなことばかりいうんだ? 政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ」「自分の権力欲、名誉欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければならないわけよ」と述べている。こうした国や国民に対する憎悪に近い意識は、政治家に転身したくらいで消えるものではない。  
 また、『図説 心理戦で絶対負けない交渉術』では、自らの厚顔な交渉術を公開している。たとえば、相手に無理難題をふっかけた後に譲歩の条件を提示し、落としどころを中間地点にもっていく。こうした橋下の手法は北朝鮮外交に近い。「あいつはキチガイだ」と周囲に思わせることにより交渉を有利に進めるわけだ。

     八 嘘

 彼はその日も阿呆だった。橋下は「二万パーセント府知事選には出ない」と言いながら、出馬の準備を進めていた嘘つきである。
 維新の会が撒いたビラには「だまされないで下さい!!」と書いてある。その下に「敬老パスはなくしません」と書いておきながら敬老パスの有料化を打ち出し、「大阪市は潰しません」と書いておきながら大阪都になれば大阪市は潰れるわけだ。嘘つきは橋下のはじまりである。

     九 矛盾

 彼はその日も阿呆だった。橋下の目的は大衆煽動なので、平気で矛盾することを言う。
「今度の選挙は、政策選択選挙だ。候補者が誰かなんてことは重要じゃない」と言い、選挙が終われば「政治に政策は関係ない」と言う。
「口で言ってきかないなら手を出さなきゃしょうがない」と体罰を正当化しておきながら、桜宮高校で体罰による自殺が発生すると、「いじめによる自殺よりはるかに重い」と言い出した。
 自分の子供を知事室でサッカー選手に会わせたことを「公私混同」と批判されると、「僕の子供は一般家庭の子供とは違う制限を受けている。個人ではなく、政治家のファミリーとして見てほしい」と述べ、その一方で、父親が暴力団員だったことや従兄弟が殺人犯であることを報じられると、「僕には子供がいる(だから配慮しろ)」と正反対のことを言う。
「日本の電力はあり余っている」「産業での節電など全く要らない」と言いながら、いざ原発の再稼働が決定すると、「実際に停電になれば自家発電機のない病院などで人命リスクが生じるのが大阪の現状だ。再稼働で関西は助かった」と発言。任期途中に市長を辞職することはないと言っておきながら、市長を辞職した。つまりはデマゴーグである。

     十 コスプレ

 彼はその日も阿呆だった。橋下は自分を異常人格者と認めている。女房の妊娠中にコスプレ不倫を繰り返し、それがばれると「娘に制服を着ろと言えなくなった」と発言。この異常人格者をもてはやしてきたのがメディアだ。橋下は「メディアが相手にしなくなったら自分は終了」と述べている。つまり、メディアの腐敗が、橋下を増長させたのだ。
 テレビは、政治番組のエンタメ化を図り、面白ければなんでもいいという風潮をつくりあげた。視聴者は真っ当な議論よりも奇抜なものを求める。

     十一 選挙

 彼はその日も阿呆だった。台風18号により氾濫の恐れがあった大和川を視察した堺市の竹山市長に対し、「単なるパフォーマンス」と罵倒し、自身は「久しぶりのツイッターだな~。以前の感覚、忘れちゃった」などと書き込み遊んでいた。フォロワーから「災害時に不適切」と指摘されると「嫌なら見るな」「極めて日本的だ」と逆ギレした。「日本的」という言葉をマイナスの意味で使うところにこの男の本質が表れている。
 堺市長選では維新の会の対立候補である竹山市長に対し、「オレオレ詐欺以来の堺壊れる詐欺」などと罵倒。竹山陣営の街宣車に向って「嘘八百号がきました」と叫んでいる。これは日本人の感覚ではない。選挙最終日の橋下の演説はヒトラーを彷彿とさせるものだった。
「コラァ、共産党、ちょっとオレの前に出て来い!」
「エエッ、自民党民主党社民党共産党、お前らふざけんじゃねえぞ!」

     十二 パワハラ

 彼はその日も阿呆だった。橋下が導入した公募制度で就任した民間出身の校長や区長が次々と不祥事を起こしたのだ。
 児童の母親にセクハラをした公募校長に対して橋下は、「絶対に許されない失敗だとは思っていない」。女性職員にセクハラした東成区長については「もう一度チャンスを与えていただきたい」。
  身内には甘いが、気に入らない相手には法的根拠もなく厳罰を下す。
 市営地下鉄で男性助役がタバコを吸って火災報知機が作動し、電車が一分遅れたことがあったが、橋下は「(自分に対する)挑戦的な行為」「過去の事例と関係なく厳罰にする」と述べ、懲戒免職の検討を指示した。この程度の失態でクビにできるわけがないが、橋下は「司法で決着すればいい」「裁判になっても構わない」と騒ぎ立てた。結局、市長側の顧問弁護士が「免職は解雇権の乱用にあたる」と指摘し、助役は停職三カ月の処分を受けた。わが国は法治国家である。

     十三 詐欺

 彼はその日も阿呆だった。大阪都構想は基本的に詐欺である。当初、維新の会は「二重行政を解消して年間に四千億円ほどの財源を生み出すことは最低ラインだ」と言っていたが、大阪府と大阪市の試算では九百七十六億円だった。この時点で四分の一以下だが、この数字も粉飾だった。市営地下鉄の民営化による財政効果を二百七十五億円としていたが、約九十四億円も多く見積もっていた。そもそも地下鉄は市営なので都構想による統合効果とは関係がない。その他にも都構想とは無関係な案件が組み込まれている。
 なぜこんなことが起きたのか?
 橋下が粉飾を指示したからだ。橋下は「数字は何とでもなる。見せ方(次第)だ。もっと何か乗せられないか」と大都市局の職員らに伝えていた。この一連の詐欺について、記者から追及されると橋下は「議論しても仕方ない」と言って逃げた。

     十四 下品

 彼はその日も阿呆だった。橋下の最大の特徴は下品であることだ。「バカ新潮」「バカ文春」「バカ学者」「オナニー新聞」「クソ教育委員会」「経済界なんてクソの役にも立たない」……。
『週刊朝日』が連載記事の内容について橋下に謝罪をすると、「謝り方も知らない。鬼畜集団だ」と非難。一方、自分の妄想により『週刊朝日』の記者を「人間じゃない。鬼畜、犬猫以下」と罵倒し、事実が判明すると「ツイッターでの謝罪で十分」と開き直る。他人に厳しく自分に甘い。

     十五 撤回

 彼はその日も阿呆だった。橋下の唱えた政策はほとんど撤回されている。法螺を吹いて愚民を騙し、タイミングを見計らい撤回するわけだ。橋下は「ふわっとした民意を誘導するのも政治」と述べているが、これは全体主義の手法そのものである。
「相対評価で最低ランク(全体の五%)が二年続いた教員」を分限免職の対象とする案も撤回。
 市水道局の民営化も撤回。
 民主党政府倒閣を宣言するも撤回。
 大飯原発の再稼働について「基本的には認めない」と発言した翌日に「事実上、容認する」と述べ撤回。
「大阪都」構想実現のための法案が成立した場合、国政進出しない可能性に言及したものの、四日後に撤回。
 普天間基地の県外移転、資産課税、小中学生の留年、 ベーシック・インカム、市職員に対する強制アンケート……。結局、橋下がやってきたことは、嘘と欺瞞と詐欺の積み重ねであり、政治に対する信頼を地に落とすことだった。

      ※※

 太宰治の『人間失格』もまた半自伝的小説です。連載最終回の掲載直前に太宰は自殺しており、一九四八年に雑誌「展望」で発表された。
「第一の手記」で主人公はこう述べる。
「恥の多い生涯を送って来ました」
「つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかないのです」
 人間を理解できない主人公は、やがて「道化」として振舞うようになった。一時的に人気者になり、チヤホヤされた。人々の注目も浴びた。嘘に嘘を積み重ねた人生だった。主人公はやがてドツボに嵌り、最後に脳病院に収容される。
 彼はこうつぶやく。
「いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、癈人という刻印を額に打たれる事でしょう。
 人間、失格。
 もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました」
 芥川と太宰の小説は、人間という存在がどこまで落ちぶれることができるか、その「悲しさ」を描いている。そしてその「悲しい人間」には、現代社会の狂気が少なからず反映されている。


『日本をダメにしたB層用語辞典 』より、一部抜粋。
橋下徹の過去の悪行をまとめておきました。
橋下が国政に出ようとしています。
フェイスブック、ツイッター、ミクシィ、ブログなど、方々で拡散してください。



とまあ、大阪都妄想を進めるハシモトという人物について細かくわかったところで、次回は、その「大阪都構想」は、どのような内容になり、どんな効果があるのかないのか、京大教授で内閣官房参与の藤井聡さんの説明を紹介します。

*1 『橋下徹 まっとう勝負』(小学館)
*2 『新潮45』」 平成11年11月号 「最も危険な政治家」橋下徹研究
*3 『週刊新聞 新かながわ』 2011年10月28日金曜日号
*4 『週刊文春』 2015年1月1、8日合併号
*5 「適菜収オフィシャルブログ」 (2014-11-19 17:35:02 )

「大阪都妄想」反対。「大阪市廃止、五特別区案」 その1

「大阪都構想」の賛否を問う住民投票の予定日が5月17日とされ、すでにカウントダウンされています。

この話は、二年前に堺市長選で反維新の候補が当選した時点で、終わっている話です。ハシモトが最初言いだした「大阪都構想」は実質的に不可能になったのです。つまり政令都市である大阪市と堺市の2市を軸に周辺9くらいの自治体も巻き込むという都構想は最初から頓挫したのです。これからあとの経過は、実現しても意味がない「大阪都構想」というホラ話を、ああでもない、こうでもないと強弁しまくっています。ハシモトの妄想ですね。

ですから、実態は仮にやれるとしても大阪市内の再編成しかできる余地がないのに「大阪都構想」と言う看板を取り下げず、誇大宣伝をやめていません。これはインチキ商法と同じです。現状では、より正確に言うと、ハシモト案というのは「大阪市廃止、24区制を5特別区にする」案です。それによれば、たとえば、大阪市阿倍野区民が大阪府南区民になるだけのことです。その南区に公選の区長と区議がいる議会を設置、しかし、財源の大部分は一括徴収した大阪府から配分を受けるという行政区です。

大阪市を5分割して人口規模を30万ー35万人くらいの行政区イコール「中核市」にすれば、きめ細かい住民サービスが可能になると「大阪都妄想」は言っていますが、すでに「中核市」である近隣の東大阪市や高槻市や尼崎市が、合理的な行政の下で住民が明るく住みよく暮しているというような話は寡聞にして知らない。

これまでの経緯をさらに言いますと、府市統合の手順を決める法定協議会と府市両議会で、こんなもんはいらんとの反対勢力が強く、賛意がえられなくなりました。とくに野党勢力のうち公明党が反対を表明した時点で、「都妄想」は堺市長選の続いて二度目の死亡宣告を受けたと言えます。

それなのにハシモトは、まず法定協議会メンバーを強引に維新系だけにして単独決定する一方、議会を飛び越えて一気に大阪市民の「住民投票」で決着する方向に舵を切りました。議会無視の独裁です。ここでも反対多数でしたが、一転、状況が変わりました。

公明党というのは国政レベルでもそうなんですが、不可解な動きをする政党です。反対していたはずの公明党が、大阪市民による「住民投票」だけは付き合いますと寝返ったために、「都妄想」は息を吹き返しました。なぜ寝返ったか。政権与党とか維新とかと取引をしたとかの党利党略があったとか、あるいは学会本部から指導があったのか、いろいろな憶測があります。いずれ明るみになるでしょう。

つまり、首長と議会という民意を表す民主政治の二元代表制のうち、府議会と市会レベルでは完全にハシモト案は日の目を見る機会がなくなっていたのに、大阪市民にだけに賛否を問うというかたちになったのです。

ここで問題なのは、大阪府民(約700万有権者)の三分の一弱に当たる大阪市民(約214万有権者)だけが仮りに賛成したら、府民全体を抱え込む呼称である「大阪都」になるというのは、なんとも不合理な話です。

余談ながら、これで「大阪都寝屋川市」とか「大阪都高石市」とかの行政区画ができるのなら、住民投票は大阪市民だけでなく、大阪府民にも賛否を問わないと不公平でないか。必ず、そうした議論がでると思います。*1

もっとも、実際には仮りに大阪市民の賛成多数であっても「大阪都」を名乗れません。政令都市が「都」を名乗る根拠となる法律がいまのところないからです。*2 この都制にする法律を自公政権に作ってもらう代わりに維新は憲法改悪に賛成する取引があるのではないかと忖度されています。

それにしても、いまの段階ではハシモトは華やかな印象を与えがちな「都」というイメージ先行の詐欺的手法を使っています。いずれ騙すつもりはなかった、その方向を目指していたのは間違いないと強弁することでしょう。

まことに率直な疑問ながら、なんで大阪市を「都」にしたいのか、どんなメリットがあるのか。住民はいかなる効果を期待できるのか。そこのところの具体的かつ平易な説明がハシモトの口から聴いたことがありません。

いちばんの謳い文句は「二重行政の解消」*3というものですが、大阪維新の会があげている事例は、目くじらたてるほどのものではありません。実際に過去には自治体が企業的な業務内容を持つハコモノ行政をした際には、ムダな二重投資がありましたが、そんなことは今ではとっくに反省されており、府・市で話し合えば簡単に調整可能なことです。

ハシモトは水道事業や複数の大学や複数の病院や複数の図書館があるなどととあげつらっていますが、こうした教育・文化、医療についての行政サービスは、住民サイドにとっては三重でも四重であっても構わないのです。水道や下水道や交通機関などライフラインに直結するものも複数ある方がリスク担保にもなるし、多様な選択肢にもなりこそすれ、ムダにはならない。

二重行政の一つとしてあげられた水道事業なんか結局、一元化できない状況にありますが、なぜ一元化したいのか、あるいは民間まかせにしようとするのか、そこがわかりません。公営のうえ複数ある方が万一のときは安全・安心にきまっています。

儲からないから民間に売り飛ばすというなら、買った民間企業が儲からないから、どこそこ地域の水道を止める、どこそこ路線の電車を走らせないという論理に歯止めが利かなくなる。(実際には地下鉄は黒字経営です)ハシモトは住民のための公益、公共性という意味を、単にカネ儲け話としか考えていないようです。

「都にしたら、多数のメリットがある」のなら、人口200万人以上(周辺を含む)の横浜や神戸など9政令都市には資格がありますが、わざわざ政令都市よりも権限が縮小される特別区に分割しようという機運は全国的にも全然ありません。それどころか、最近では東京の世田谷区や新宿区なんかも特別区制を離れ、世田谷市、新宿市にしたら、、という議論さえあると伝えられているのに。*4

結局、「大阪都」妄想というのは、ご本人が知事時代に増やした府の借金をウヤムヤにしてしまうには、豊かな財政の大阪市を取り込んで、足して二で割って、ごちゃこちゃにすればいい、という感じの思いつきですね。*5 口先三寸で次から次へと話題を作り、マスコミをひきつけ、住民の関心を手元に寄せ付けていないと消えてしまう一発屋芸人の恐怖心が生んだもので、引っ込みがつかなくなっているのかな。

ハシモトが言う「大阪都構想」では、大阪が東京と並んで名実ともに経済成長の牽引になるというような発展神話ばかり。都市名を改名すると、なんで発展するのか、まったく意味不明です。いちばんの問題は、肝心の住民がどんなにハッピーになれるか、という点ですが、この視点はハシモトにはありません。なぜなら、彼が政治家をやっているのは、「名誉欲、権力欲を満たす」ためだと本人が本で著述しているのですから。*6

いくら仕組みや制度をいじっても、ハシモトが行政や教育改革と称して公募した区長、校長、あるいは特に目をかけて重用した教育長や観光や交通局長らがいかにお粗末な連中ばかりです。世のヒンシュクを買っているにも関わらず、罷免すると本人の浅見と任命責任を問われるので擁護しています。

つくづく思うことは、制度や仕組みよりも人材です。政治家というのは、政策云々のまえに、よき性格です。よき資質です。この側面については、哲学者の適菜収さんが、見事に論破していますので、次回に紹介します。

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「大阪都構想入らない、、、、、民意の声」作成

(この項続く)

*! 5日付け毎日新聞朝刊では開会中の府議会で松井知事が、その点に関して府民による住民投票がありうると答弁している。大阪市民と大阪府民の二つの住民投票が必至になりそう。

*2 政令都市に特別区を設置できるという「大都市地域における特別区の設置に関する法律」はありますが、都制には触れれていない。

*3 大阪維新の会の「大阪都構想」のホームページによると、主な推進項目として、
1、民営化して新たな財源生み出す(例、地下鉄、水道、下水道などストックの組換え)
2、重複したサービスの見直し、(例、大学、病院など)
3.府市がバラバラにやってきた戦略、政策を一本化(例、成長戦略、観光政策、 スポーツ推進計画など)。

*4 特別区である現職の世田谷区長、保坂展人さんは、ホームページ『「保坂展人のどこどこ日記』のなかで「大阪都構想の欠陥 東京23区の現実」と題して「「特別区制度」は、人口規模も自治体実務をめぐる役割分担でも制度疲労が目立っているというのが今の実感です」、「大阪のように「政令市を廃止して特別区へ」という議論には肯きがたいものがあります」 などと書いています。

*5 自民党大阪府議会議員団のホームページによると、平成24年9月28日、出来成元議員が府議会で財政問題を質した論議のまとめとして、こう書いています。
《まとめ》
 橋下前知事は就任時には大阪府を破産会社だと言い、退任時には優良会社だといい、昨年のダブル選挙では貯金を1,000億円作りましたと言い、あたかも自分一人で大阪府を建て直したかのようにおっしゃってこられました。
 今にして思えばこうした言動も、単年度収支の黒字を達成したのだというために、あるいはWTCビルの購入や私立高校無償化などのパフォーマンスのために、健全化団体転落の危機を知りながら、負担を先送りしてきたということではなかったのか、つまり、ご自身の知事としての功績を上げ、野望を実現するために、将来の大阪府民を踏み台にしたのではなかったのかと思えてなりません。今後、橋下前知事の後継者であられる松井知事が、二度とこのような負担の先送りをしないよう、しっかりと注視していくつもりであると申し述べておきます。

*6 『橋下徹「まっとう勝負」』(小学館)


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