真珠湾パフォーマンス

oahu.jpg

ことしのブログは、前回の「水槽の手入れ」でおしまいにするつもりでした。しかし、アベとオバマ大統領が演じた真珠湾慰霊と称するパフォーマンスが、あんまりだったので、感想を述べます。

ふだんからアベは歴史や文化やその他、社会人ならある程度は持っている教養といった品位にかかわるところがぜんぜん感じられない。アベの身近な者が研究者との対談でも語っていたことだが、アベは、担ぎ上げられてなった総理大臣という役割を「演じているような」人物。つまり、芝居の総理大臣役らしく振舞い、それらしくセリフを口にしている人物です。

ですから、素の発言では、およそ知性を感じられない。人の心を打つところがない。国会答弁などは支離滅裂で何を言っているかわからないのに、演説となると、気の利いた言い回しや、難しい言葉をつかっています。自分の言葉でありませんから、いくらいい言葉でも、一貫性がありません。

これは、しかるべきスピーチライターが背後にいて、アベはただ音読しているからにちがいない。役者の陰に演出家がいます。スピーチライターがいるのは、もちろん構わないが、ふだんとの落差が大きすぎるので、滑稽な違和感を覚えます。

今回の所感。真珠湾に寄せてはかえす波の音に耳をすませ、ふりそそぐ陽の光、、、、アベの柄にもない、アホらしい感傷で始まり、作家、アンブローズ・ピアスやエイブラハム・リーカーン大統領の言葉をちりばめた所感には、75年前、Sneak Attack (卑怯な奇襲)と蔑まれた先制攻撃から戦端を開いた大戦への反省も謝罪も盛り込まれていません。

(“悪魔の辞典”で知られるビアスをアベが知っていて引用したとは、誰も思わないでしょう。残念なことに、そういう点がアベの言説が自分の言葉ではなく、リアルと感じられないのです)

アベの口から「不戦の誓い」という言葉が飛び出していますが、戦争法制化や自衛隊の海外出兵、最近の核禁条約の反対など次々と打ち出す軍事化との整合性はどうなっているのか。その場を取り繕うカメレオンのようなリップサービスで、これまたまったく信用できないスピーチです。

所感のテーマに「和解の力」(The Power of Reconciliation)とあるのもは、おかしい。和解というのは、迷惑をかけた者が、かけられた者へ言う言葉ではない。加害者が非を認め、誠実に被害者の立場にたって問題の解決、解消のために譲歩したり、合意することを指します。法律用語でも「互譲」を条件にしています。

寛容の精神を説いていましたが、寛容もまた迷惑をかけた側が大きな顔をして言うべき言葉ではありません。かけられた側からの心の広さの問題です。

一体アメリカはなにを譲歩したのか、あるいはするのか。日本側が言う「和解の力」には主客転倒の観がぬぐえず、これは後日、アメリカからきっと異論が出そうな気がしています。

閑人は1996年、ハワイを訪問、真珠湾にあるアリゾナ記念館を見学したことがあります。途中の船の中や記念館はアメリカ人の見学者ばかりで賑わっていて、当時でも日本人はなんとなく不審な目で見られているんではないかとひるんだ覚えがあります。

arizona.jpg

そのときに購入したのは、パールハーバーを襲った日本軍に驚く当日の地元紙の号外(復刻版)です。3号までの全ページ号外が綴られています。題字横にに「ルーズベルト大統領は今朝、日本軍がマニラとパールハーバーを攻撃したと発表」とあり、特大の文字で「WAR!」とあります。それとアリゾノ・メモリアルの冊子です。

オバマ大統領のヒロシマ訪問の返礼、トランプ次期大統領への牽制といった見え見えの政治的パフォーマンスではなく、真珠湾攻撃の以前から続いた韓国、中国、そして軍靴で荒らしまわった東南アジアの諸国へ戦後を清算する政治家はいないものか。

アベはアメリカの真珠湾生き残り兵のまえで膝を屈して握手して見せたが、本来なら、その行いと同様のことをアジアでやらなければならない。

(この場面もオバマ大統領がヒロシマで被爆者をハグした振る舞いとそっくりさん。どこまでも対米追従です。対米追従といえば、アベが本気で真珠湾慰霊を考えていたのなら、オバマ大統領のヒロシマ訪問に先立って行うのが、加害国側の筋でしょう。)

極東の島国を再び軍事大国に変貌させて、「世界の平和に貢献する」としゃしゃり出る必要性が、どこにあるのか。国民は、そんなアベの時代錯誤の大国願望なんか望んでいない。国民の幸せ第一、国民の暮らしを豊かに向上させることに専念する政治家が切に望まれます。

水槽の手入れ

年の暮れが押し詰まったとはいえ、常在閑中にある者にとって、急いでやらねばならないことはなにもない。
昨日に続く今日もそうだし、明日もそうに違いない。
たどりついた今であるから、わが身上に得心していて、なんの不満もない。

そうと割り切ってはいるものの、改めて、そう思うと、何やら肩のあたりにすきま風が吹くような気がします。こころの移ろいというのは気ままなものです。つまり、本性が貧乏性なのでしょう。

でも、ありました。見つけました。熱帯魚の水槽に緑のコケが密生しているのです。これは掃除してやらなければ、エンゼルフィッシュが息ぐるしい。鑑賞用の水槽なので見苦しくもあります。

ショップの店員さんからサカナ飼育のコツをなんど教えてもらっていても、コケの発生をよう食い止めないのです。光の明るさ加減と水質保持、エサの量とサカナの排泄物、いろいろと注意点があり、それなりに注意を払っていて、この始末です。

思い立って、水コケの取り除き、 浮遊物をすくいとり、 汚れた水のとりかえなどの作業を、昼飯を挟んで、ざっと3時間かけてやりました。外付けのフイルターにコケ防止剤と濁りや臭いを吸着するバイオ剤を敷き詰めます。これらの”水ピカピカ剤”はなぜか効力が永持ちしないので、けっこうモノ入りなのが難点です。

夏場は水温を気にしないで済むから、サカナごと別の容器に移して、水槽の底砂ごと丸洗いできて、比較的ラクですが、真冬はそうは参りません。サカナを取り出さずに温度調整のサーモスタットを入れたまま作業しますから、こちらも感電に注意しながらの作業です。

その間は、可哀そうなことにサカナは右往左往しています。大変なストレスを与えていますので、明朝が心配です。これまでも、起きてみたら死んでいた、という悲劇がすくなくないのです。

enzel.jpg


区切りがついて2時間もたつと、水は飲めそうなくらい透明に澄んで、大きくなったサカナがゆっくりと泳いでいる姿を楽します。尾長鶏のシッポのように、エンゼルフイッシュの腹ビレは白く長く美しい。ひらひらとそよがせて、エンゼルは何を想って泳いでいるのかと思います。

エンゼルはエンゼルで、水槽の向こう側で自分を眺めながら、ビールを飲んで、ほっとくつろいでいる後期高齢者を、どう思っているのだろうか。

こうして今年も、夢かうつつか幻か、と暮れて行きます。

いつもお読みいただいて、ありがとうございます。



アベの狙い 北方領土交渉

アベは、このところ世界中にカネをばらま一方、超大国のトップを拝顔跪座することに夢中で、肝心の国内政治の方は多数決にまかせて強行採決を重ねています。

この一見、活動的な振る舞いを推して、長期政権を不動のものにした大宰相と持ちあげるメディアや御用評論家の声が散見されます。国民の暮らしの向上よりも戦前の全体主義国家へ回帰を急いでいるとんでもない首相です。

img_2.gif


来週の15日にはプーチン大統領を自らの選挙区に招いて、日露首脳会談を行う予定です。会談場になる温泉料亭旅館は、そのために大リフォーム、そこへつながる山口宇部空港からの道路は景観整備や警護準備でてんやわんや、すでに”プーチン道路”と異名がついたそうです。

この日程を組んだとき、アベの目論見からすれば、「70年間,果たせなかった」領土返還交渉に大きな成果を上げられると踏んだのに間違いありません。道路事情が悪い過疎地の選挙区にまで、わざわざプーチンを招くのですから、なんの目途もつかない交渉を行うわけがないと見るのが妥当でしょう。

おらが郷土で開く領土交渉の”成功ショー”を選挙民に見せつける。郷土に”錦を飾る大宰相”という思惑があったに違いありません。そして、大叔父、佐藤栄作と同じような栄誉を受けたいと思ったのでしょう。

アベは、ほんとに北方領土(*1)が返還されると考えているのか。戦勝国が戦果にした領土を敗戦国へ無血で返還することはめったなことでありません。戦勝国側にも多くの血の犠牲を伴っているから、国民感情が許さない。ロシア側には「日露戦争で奪った樺太(サハリン)を返さなかったのに、奪われたから返せというのは虫が良すぎる」とする感情もあるようです。

実際、翻ってみても、軍国主義日本は、樺太どころか、台湾や南洋諸島など多くの分捕った割譲地、満州国や朝鮮半島などの侵略地を、相手の国民や住民の悲痛な要請通りに手放さそうとはしたことはありません。敗戦でお手上げになるまでに。

沖縄が返還されたのは、世界史的にも例外の事象だった。なので、「非核三原則」を唱えた当時の佐藤栄作首相はノーベル平和賞を受賞しました。しかし、米国から返還された裏に日本側の屈辱的な大譲歩があり、いまも、その屈伏状態に苦しんでいます。

口先では「非核三原則」を唱えている佐藤首相は、それを裏切ったうえ、米軍の核兵器持ち込み、基地建設の費用肩代わりなどの密約をかわしていたことが、その後に明るみに出ました。平和賞は表向きの「無血返還」が注目されたために与えられたものであって、この授賞は間違いだったという声がいまも出ています。(*2)

佐藤栄作は、アベの大叔父です。アベが尊敬する祖父、開戦内閣商工大臣であり、安保条約改定時の首相だった岸信介の実弟です。こうした系譜を眺めると、アベの北方領土返還交渉のモチベーションには、大叔父のノベール賞受賞があるのではないかと勘繰りたくなります。「ボクちゃんももらいたい」、、、、。

今回の日露会談を設定したあとから伝わる報道では、プーチン大統領はアベが入れ込んでいるほど、乗り気ではなくて、むしろ領土問題をタテに極寒の島々に日本側から経済支援策、大規模な投資を見込んでいるようです。アベも最近は「70年間、果たせなかった」の後に「そう簡単なことではない」と逃げ口上の予防線をはっています。

それあってか、今回の会談は、領土問題を棚上げして両国の共同経済活動へ観点をずらそうとしているようです。ロシア側の主権を認めた上での経済行為は目先の処理であって、領土の帰属問題をいっそう難しくしそうな成り行きです。

今回の会談で、日ソ共同宣言(*3)にうたわれた歯舞、色丹の2島先行返還とか、国後、択捉島に関して領土交渉が1センチでも2センチでも前進するとしたら、その裏で佐藤栄作首相が謀った沖縄返還と同じように多くの密約がかわされたと考えても、あながち不思議なことではありません。なにしろ、したたかなプーチンが見返りなしに応じることはありえないし、功を焦るアベが裏取引を持ちかけるかもしれないからです。

日本国民にとって許されないような譲歩をしないよう見守ることが肝心です。いまとなれば領土返還よりも平和条約の締結の方が先決問題だと思われます。「70年間、果たせなかった」のは、冷戦終結後も米国の顔色を窺ってばかりいて、本格的に取り組まなかった歴代自民党政権の怠慢のせいであります。

{地図はGoogle画像検索引用)

追記 16日、プーチンが帰国した。会談を終えての印象を一言

アベは領土問題は「私の世代で終止符を打つ」と会談まえに大見得を切っていたが、結果はそうなった。領土交渉は交渉課題にもならず、ロシア領であることを再確認することで終止符を打った。おそらく二度と交渉の焦点にならないだろう。アベの対応は、2島返還の余地を残した日ソ共同宣言より前に後退してしまった。

*1 1951年6月、サンフランシスコ講和条約で、日本政府は北方領土とされる国後島からカムチャッカ半島先端の占守島までの千島列島を放棄しています。この結果、当時のソ連が千島列島を実効支配する体制は、沖縄や小笠原諸島を抑えた米国も認める暗黙の了解事項となった。

風向きが変わるのは、米ソ冷戦の過熱。放棄された千島列島の範囲について米国が千島諸島南側、つまり4島は含まれていないと解釈を変えたためとされています( 領土内に含めた地図参照)。1952-1953年ころから北方領土返還運動が起こりますが、政府も運動団体も4島一括、2島先行返還など見解は定まらず今日に至っています。

*2 リベラル21 「茶番だった佐藤栄作首相のノーベル平和賞」
    http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-1011.htm
   
    https://ja.wikipedia.org/wiki/ ウイキペディア 「ノーベル平和賞」項目に「物議をかもした受賞」例に挙げられています。

*3 1956年12月12日 日ソ共同宣言締結 この宣言に「日ソ両国は引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結後にソ連は, 日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡す」との条項がも盛りこまれました。あくまでも平和条約締結後という前提です。


高齢者ドライバーの事故

高齢者ドライバーの評判が悪い。
高齢者ドライバ―の事故のたびにマスコミの報道が燃え上がります。
警察が高齢者ドライバーの免許証返納を奨励しているのと軌を一にしている印象をうけています。

閑人は、トシに不足はない。高齢者に当てはまるから、一応、気にしています。このあいだも娘がやってきて、運転をやめたらと言ってきた。心配してくれるのは、ありがたいけれど、まあ、そのうちにと言葉を濁しています。

指摘されるまでもなく、運転に必要な瞬発力や反射能力が衰えているのは自覚しています。運動神経が鈍くなっている、片目が見えなくなったのもアブナイ。すでに十分に免許証を返上した方がいい条件を満たしているかもしれません。

それでも、車を運転する利便性に惹かれて、結論をのばしている。さあ、気をつけて、安全運転で行こう、電車の運転士が指呼確認をするように言い聞かせて、ハンドルを握っている現状にあります。

とはいえ、この高齢者ドライバーへの風当たりの強さにクビをかしげています。また、高齢ドライバーの事故をことさらにセンセーショナルに取り上げるマスコミ報道にも不満を持っています。どこか作為的な高齢者ドライバー排除の気配を感じるからです。

本当に高齢者ドライバーの事故は、他の世代に比べて多いのか。高齢者ドライ―バ―は社会の邪魔者なのか。結論を先に言えば、統計(*1)でみても、高齢者ドライバーの事故は決して多くないのです。若い世代に比べても、きわだって多いとはいえない。事故件数でいえば、2、30代の方がずっと多い。

団塊の世代の高齢化の進展に伴い、高齢者(65才以上と統計上は分類)のドライバーが急速に増えていますから、事故件数も比例して増えているにすぎない。

厳密にいえば、各世代ごとの免許証保持者数という分母を揃えて比較すればわかりやすい。つまり、各世代の10万人当たりで事故件数を比べると(*2)

「16~19歳」が傑出して多く、それに続くのが「20~29歳」。その次に来るのが「80歳以上」です。70代となると、他の年代とほとんど差はありません。中略 (年代別死亡事故)全件数でみると、やはり20代や40代が多く、80歳以上が起こす死亡事故は少ないことがわかります。この年代で運転している人が、そもそも少ないのかもしれません。(16才というのは原付、バイク免許があるからです。中略も引用者注)



80才代がここに来ていますが、死亡事故件数が少ないのに、事故報道で特記されるのは、ただ、事故の態様が、高齢世代にありがちな身体能力の衰えによるものが多いだけ、目立っているのです。ブレーキとアクセルの踏み間違い、一方通行路や高速道の逆走、運転中の急病といった事故が、それです。若い世代のようにスピードの出しすぎとか酒酔い、酒帯び運転によるものではないのが特徴です。

車は、利便性に優れている文明の利器だが、その構造物からして使い方を誤まると副作用が大きい。そのことは作る方も使う方も周知のことです。ならば作る方は性能の向上のなかに安全性の向上という条件を充足する義務があります。そのことが、もっぱら
スピードやエンジンの改善、スタイルいじりに向けられて、なおざりにされてきたと考えます。

その結果、副作用の起こり方について使う方の責任を問うというのは、おかしい。使う方はどんどん高齢化していく成り行きは何十年もまえから人口動態で予測されていた。高齢者の身体能力の及ばぬ事態を想定した開発があってしかるべきだったのです。

自動ブレーキはじめ信号検知、接触や車線越えの危険喚起、ブレーキとアクセルの踏み間違い防止装置、40キロ以上でない速度制限装置、、、いろいろと工夫する分野がいっぱいありそうです。

取り締まり当局は、面倒な事故処理が減れば、それで満足するに違いありませんが、免許証を持つ高齢者ドライバ―が当局の返納運動に同調して一斉に返納するとすれば、当然、車を手放すことにつながり、いちばん困るのは作る方じゃありませんか。

すでに480万人もいる高齢者の免許所有者を邪魔者扱いすれば、作り手の自動車産業がいちばん大きな打撃をうけるのは目に見えているじゃありませんか。

現状では、もっぱら個人の自覚の問題にされていますが、ほんとうは車抜きの暮らしが成り立たなくなっている社会を想定した安全安心車の早急な開発と普及にあるわけです。作る方や国は、どっち向いて車を作っていたのかと言いたい。

四国一周徒歩旅行した経験からすれば、10キロも20キロも歩いても商店やコンビニ一軒ない地域が広がっているのです。トシとったから、やめとけなんて言ってすまされる問題ではないのです。トシとっても、それ相応に安全運転できる車を作るのが、時代の要請じゃないんですか。


*1 警察庁交通局統計 平成26年
   http://www.npa.go.jp/toukei/koutuu48/before/hasseijokyo/PDF/H25hasseijokyo.pdf

*2 高齢ドライバーの事故は20代より少ない 意外と知らないデータの真実
    http://bylines.news.yahoo.co.jp/mamoruichikawa/


最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
プロフィール

tajifu

Author:tajifu

ブログ内検索
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる