藤浪がんばれ

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藤浪晋太郎は、よみがえったか。
速球はよみがえったが、まだ持前のノーコンは癒されていない印象です。まだ「抜けるタマ症候群」に罹っているようです。

27日の対巨人戦。巨人のルーキーと見事な投手戦を演じました。冷静に巨人打線を抑えました。惜しいことに味方打線の援護点がないまま、7回、先頭打者の背中にデッドボール。ここでイヤな予感がしました。

なにしろ藤浪は、好投手との評判とはうらはらに2013,14年の最多デッドボール王(各年11個)と不名誉な記録を持っています。案の定、代走者の二盗に続き、サインミスによる暴投、そして代打者のタイムリーで、均衡を破られ、4敗を喫しました。ことしは、まだわずか3勝しかあげていませんが、デッドボールは7個目です。

今月中旬の対広島戦では、一か月ぶりの登板だったが、4回2/3を7安打、デッドボール2を含む7四死球で3失点でノックアウト、4敗目をとなり、またファームに落ちた。このときは京セラドームのスタンドで観ていましたから、フアンの落胆、ブーイングをじかに味わいました。フアン愛はすぐさま腹立ちまぎれの憎しみにかわりますから、こころないヤジも飛びました。

いう言うまでもなく、高校生のときは、春・夏・国体と三冠投手、プロに入っても新人特別顕彰、3年二ケタ勝利、オールスターやWBC選出など輝かしい実績があり、「日本の球界を代表する大投手」と期待されている金の卵です。タイガースにしても小山正明や江夏豊に続く大投手の系譜を継ぐ人物です。

しかしながら、2013年から同時にプロ人生を歩み始めた,セパの両雄との5年間をくらべると、こうです。

          勝  敗  三振  四球   死球   防御率

藤浪晋太郎  45 36  729    301 38     2.97

菅野 智之   57   33   737   166 19     2.25

大谷 翔平   39   14   597   184 23 2.55


二刀流の大谷と比べても、藤浪の総合力はやや劣ります。際立っているのは死四球の多さです。藤浪は昨秋には160キロオーバーを投げました。バッタバッタと三振を討ち取る正統派の速球投手ですが、どういうわけかコントロールにはいまいち冴えがない。粘られると、四球になってしまう。

今シーズンも開幕早々、ヤクルトの打者にきつい死球を食らわし、あわや乱闘騒ぎになりそうでした。この間の対広島戦でも対巨人戦でも、デッドボールがきっかけで崩れました。四球よりも死球を与えた方が投手が負うプレッシャーが大きいと思われます。ここが藤浪のメンタル面に響き、動揺を誘っているのかもしれません。

アスリートによく起こるイップス(精神的なことに起因する運動障害)になっているのではないか、という専門家の見方もあります。ストライクを取りに行くタマが抜けると、死四球につながります。それが怖くて、一定のコースを突く投球に迷いが生まれます。

若くして大舞台の厳しい場面を乗り切ってきたタフやヤツ、というようなイメージとは別の内面が藤浪にいるのかもしれません。メッセンジャーを欠くタイガースにとって、藤浪の完全復帰が待たれます。

いまのままでは、菅野、大谷に引けを取り、メジャーへ行った ダルビッシュ(日本ハム在籍8年 93勝38敗 奪三振1250個)や田中将大(楽天在籍7年 99勝 35敗 奪三振1238個)ら直上の先輩たちに続けられるかどうか。なによりタイガースのエースとして優勝投手になれるかどうか。がんばってほしい。

(写真はGoogle画像検索引用)

二つの式辞考

セミたちの気がふれたような大合唱、赤い百日紅の花が窓の外に見えます。
行く夏の午後、全国戦没者追悼式での二つの式辞について、考えます。

天皇は、こう述べています。

「ここに過去を顧み、深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」


(*1)

先の大東亜戦争(開戦時の正式呼称、戦後、連合軍側の呼称では太平洋戦争)を念頭に反省と将来での非戦を希求しています。

もう一つの式辞はアベ。天皇とは対称的に大東亜戦争について、被害を与えたアジアの国々と人々への加害責任も謝罪も一言も述べていません。アベにとって第二次政権発足いらい5度目の式典ですが、そのような趣旨には一度もふれていません。

これがアベや日本会議とか、あのイナダとか、あのカゴイケら、極右に共通する歴史認識です。つまり先の大東亜戦争は、自存自衛のための聖戦であり、アジアの国々を欧米植民地からの解放であったと美化する史観によるからです。

こうした歴史認識を持つ人が、少なからずいます。いまの政権の主潮ですから、本気でそう考えている少数者に加えて、それになびいた方が得策と打算している大勢の”営業同調者”が追随しています。

開戦時の商工大臣、のちの首相、キシ・シンスケでさえ、「あれは侵略だった」(*2)と述懐しているにもかかわらず、その孫、シンゾウは聖戦説を信奉しています。聖戦説に立つならば、敵は成敗するもので、心の痛みも反省もあったもんじゃないのです。

従って、アベの式辞はこうなります。

いま、私たちが享受している平和と繁栄は、かけがえのない命を捧(ささ)げられた皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであります。私たちは、そのことを、ひとときも忘れることはありません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます。


(*3)

310万人とされる戦没者を追悼する式典です。どちらが戦没者に誠実に向き合っているか、言うまでもありません。なぜ、かくも大勢の戦没者が出たのか、アベの式辞では、よって来る所以に触れていません。過去を反省することなく、現状を肯定し、かつ未来に明るい展望があるとは決して思えません。

こうした式典など述べられる先の大戦による「尊い犠牲者」という言葉に、いつも違和感を感じています。戦没者はかけがいのない命を国家のために進んで捧げたのか。「尊い犠牲者たち」は、ほんとうに自らを「尊い犠牲者」と納得しているのだろうか。むろん、いまになってその心境を知る由もないが、「尊い犠牲者」になりたくなかったのではないか。

まったく不条理にも、死地に追いやられ、あるいは撃たれ、焼かれ、あるいは病い得、あるいは孤立無援のなかで餓死したりしたことに得心しているのだろうか。「尊い犠牲者」として祀られた人々の慟哭や無念の情を想うと誠に痛ましい。

犠牲という言葉には、祭祀でのいけにえを意味したり、何事か企図した目的を果たすために、やむをえず大切のモノを失うという意味があります。少なくとも目的に沿うために不作為に生じる損失という意味があります。

犠牲者という言葉を使うのなら、こういうかたちのものに対してなら、適切ではないか。かつて訪れたあの黒四ダムの畔には建設に伴う殉職者171人の慰霊碑があります。これは犠牲者碑であります。調べてみると、青函トンネル工事では殉職者34人、東海道新幹線建設の陰に210人の殉職者、、、、、。

また、子どものころ知った偉人のエピソード。天然痘予防のためにジェンナーが 幼子に牛痘を植えつけて、疑似天然痘に罹らせたり、華岡青洲が母と妻に手術を試み、母を死なせ、妻を失明させたあげく麻酔手術を成功させた、というような人類に寄与した犠牲譚です。完成したダムからの電力や鉄道や治療法の恩恵にあずかっています。まさに「尊い犠牲者」たちによるものです。

先の大東亜戦争で大日本帝国が開戦を企図した狙いは、いわゆる「開戦の詔勅」にありますが、そのどこを見ても、自由と民主主義、主権在民を守る立憲主義の確立や自由主義経済など、現在,国民が享受している社会体制を実現するためとは一言半句も書かれていません。つまり、目的はぜんぜん別にあったのです。

開戦日である昭和16年12月8日 天皇の詔書に書かれているのは、

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米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。(中略)
ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。 皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。


(*5)

要するに、「(数年続く)日中戦争は埒があかない。その背景には米英の支援がある。このままでは東洋での覇権をたくらむ米英は大日本帝国にも野望を向けてくる。神とされる天皇制を継ぐ私としては、この国体を守り、東アジアの平和を確立するために立ち上がる」というふうに解されます。

戦後の日本は、アベが述べる「尊い犠牲者たち」が、まったく予想もしなかったような国家体制に変化しています。尽忠報国、一死報国、鬼畜米英打倒、、、「尊い犠牲者」たちが頭に叩き込まれたスローガンとは、なんのつながりもない国家に変身しているのです。

神がかりであった戦前の表現でいえば、あの世界に冠たる万邦無比で万古不易ーーーあらゆる国々に比べようがないほど優れ、永久に不滅であるーーー神国ニッポンは、跡形なく消えてしまったのです。

たとえて言えば、厳冬の富士山に無理やり登らされたために累々の遭難者を輩出したが、矢つき、刀折れたあげく到達したところは、そこはデナリ山(アメリカの最高峰)であった。こんなシュールな展開になったことになります。

戦陣に駆り出され、かつ銃後を食うや食わず守った人々からすれば、話がちがうじゃないか、という顛末です。あの神がかり、、いまやアベたちの懲りないアタマの中にしか残っていないのです。

アベの式辞は、本来、こんなのがふさわしい。せめて「多大の損害と苦痛を与えた」と詫びた「村山談話」(*4)の精神に触れたあとで、

「いま私たちが享受している平和と繁栄は、先の誤まった戦争を直視し、国家のあるべき姿を民主的に改革する一方、亡くなられた大勢の方々の無念に思いをいたしながら、勤勉な国民の不断の努力の上に築かれたものであります。」


(写真はGoogle画像検索から引用)

*1 宮内庁 主な式典におけるおことば(平成29年)
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/14

*2 安倍首相の祖父・岸信介衝撃発言!あれは「侵略戦争だった!!」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Pp-ocj8TrDU

*3 平成二十九年 全国戦没者追悼式式辞
    http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2017/0815sikiji.html 
    首相官邸

*4 外務省 「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)
   http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html

*5 詔書から筆者が一部を引用。改行も。

「謂われない圧力の中で」

奄美大島あたりで台風が停滞しているそうで、炎暑の候をさらにうっとうしくさせています。ふだんから、あまり使わないアタマがなおさら鈍くなってもおかしくない季節です。

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とはいえ、ネット上で偶然、目にした、屈指の進学校、灘中学・高校長による一文は、興味深かった。あらためて、この国を戦前回帰の国家主義に戻そうと、いわゆる「草の根運動」を進めている反動勢力のやり方を剔抉されています。反動勢力の魔手はここまで及んでいるのか、彼らの人脈や組織の実態は、あるいは、資金はどう工面されているのか、いろいろと考えさせられます。

あの「日本会議」はじめアベら極右勢力は、このような多角的で巧妙な圧力を加えて教育の現場を、自らの望む方向へ強引に転換させようと謀っている。そのいわば、同調圧力戦とも謀略戦ともいうべきやり方の実相がよくわかります。

そのことを身をもって体験した灘中高の校長は、顛末を具体的に冷静に報告しています。反動勢力への憤りとともに、校長のゆるぎない教育的信念の確かさに敬服する次第。猛暑を蹴飛ばす、さわやかな読後感をもちました。

いささか長文ではありますが、ネット上の公開文書とはいえ、今日の教育現場を襲っている反動勢力の実情が多くの人の目に触れられるといいと考え、全文を引用し紹介し対と思います。

謂れのない圧力の中で

       ̶̶ある教科書の選定について̶̶

                  和田孫博

本校では、本年四月より使用する中学校の歴史教科書に新規参入の「学び舎」による『ともに学ぶ人間の歴史』を採択した。本校での教科書の採択は、検定教科書の中から担当教科の教員たちが相談して候補を絞り、最終的には校長を責任者とする採択委員会で決定するが、今回の歴史教科書も同じ手続きを踏んで採択を決めており、教育委員会には採択理由として「本校の教育に適している」と付記して届けている。

ところが、昨年末にある会合で、自民党の一県会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問された。こちらとしては寝耳に水の抗議でまともに取り合わなかったのだが、年が明けて、本校出身の自民党衆議院議員から電話がかかり、「政府筋からの問い合わせなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけてきた。

今回は少し心の準備ができていたので、「検定教科書の中から選択しているのになぜ文句が出るのか分かりません。もし教科書に問題があるとすれば文科省にお話し下さい」と答えた。「確かにそうですな」でその場は収まった。

しかし、二月の中頃から、今度は匿名の葉書が次々と届きだした。そのほとんどが南京陥落後の難民区の市民が日本軍を歓迎したり日本軍から医療や食料を受けたりしている写真葉書で、当時の『朝日画報』や『支那事変画報』などから転用した写真を使い、「プロデュース・水間政憲」とある。

それに「何処の国の教科書か」とか「共産党の宣伝か」とか、ひどいのはOBを名乗って「こんな母校には一切寄付しない」などの添え書きがある。この写真葉書が約五十枚届いた。それが収まりかけたころ、今度は差出人の住所氏名は書かれているものの文面が全く同一の、おそらくある機関が印刷して(表書きの宛先まで印刷してある)、賛同者に配布して送らせたと思える葉書が全国各地から届きだした。文面を要約すると、

「学び舎」の歴史教科書は「反日極左」の教科書であり、将来の日本を担っていく若者を養成するエリート校がなぜ採択したのか?こんな教科書で学んだ生徒が将来日本の指導層になるのを黙って見過ごせない。即刻採用を中止せよ。

というものである。この葉書は未だに散発的に届いており、総数二百枚にも上る。届く度に同じ仮面をかぶった人たちが群れる姿が脳裏に浮かび、うすら寒さを覚えた。

担当教員たちの話では、この教科書を編集したのは現役の教員やOBで、既存の教科書が高校受験を意識して要約に走りすぎたり重要語句を強調して覚えやすくしたりしているのに対し、歴史の基本である読んで考えることに主眼を置いた教科書、写真や絵画や地図などを見ることで疑問や親しみが持てる教科書を作ろうと新規参入したとのことであった。

これからの教育のキーワードともなっている「アクティブ・ラーニング」は、学習者が主体的に問題を発見し、思考し、他の学習者と協働してより深い学習に達することを目指すものであるが、そういう意味ではこの教科書はまさにアクティブ・ラーニングに向いていると言えよう。逆に高校入試に向けた受験勉強には向いていないので、採択校のほとんどが、私立や国立の中高一貫校や大学附属の中学校であった。それもあって先ほどの葉書のように「エリート校が採択」という思い込みを持たれたのかもしれない。
三月十九日の産経新聞の一面で「慰安婦記述 三十校超採択̶̶「学び舎」教科書 灘中など理由非公表」という見出しの記事が載った。さすがに大新聞の記事であるから、「共産党の教科書」とか「反日極左」というような表現は使われていないが、この教科書が申請当初は慰安婦の強制連行を強くにじませた内容だったが検定で不合格となり、大幅に修正し再申請して合格したことが紹介され、本年度採用校として本校を含め七校が名指しになっていた。

本校教頭は電話取材に対し、「検定を通っている教科書であり、貴社に採択理由をお答えする筋合いはない」と返事をしたのだが、それを「理由非公表」と記事にされたわけである。尤も、産経新聞がこのことを記事にしたのには、思想的な背景以外に別の理由もありそうだ。フジサンケイグループの子会社の「育鵬社」が『新しい日本の歴史』という教科書を出している。新規参入の「学び舎」の教科書が予想以上に多くの学校で、しかも「最難関校と呼ばれる」(産経新聞の表現)私学や国立大付属の中学校で採択されたことに、親会社として危機感を持ったのかもしれない。

しかしこれが口火となって、月刊誌『Will』の六月号に、近現代史研究家を名乗る水間政憲氏(先ほどの南京陥落写真葉書のプロデューサー)が、「エリート校―麻布・慶應・灘が採用したトンデモ歴史教科書」という二十頁にも及ぶ大論文を掲載した。また、水間政憲氏がCSテレビの「日本文化チャンネル桜」に登場し、同様の内容を講義したという情報も入ってきた。

そこで、この水間政憲氏のサイトを覗いてみた。すると「水間条項」というブログページがあって、記事一覧リストに「緊急拡散希望《麻布・慶應・灘の中学生が反日極左の歴史教科書の餌食にされる;南京歴史戦ポストカードで対抗しましょう》」という項目があり、そこを開いてみると次のような呼びかけが載っていた。

私学の歴史教科書の採択は、少数の歴史担当者が「恣意的」に採択しているのであり、OBが「今後の寄付金に応じない」とか「いつから社会主義の学校になったのか」などの抗議によって、後輩の健全な教育を護れるのであり、一斉に声を挙げるべきなのです。理事長や校長、そして「地歴公民科主任殿」宛に「OB」が抗議をすると有効です。

そして抗議の文例として「インターネットで知ったのですが、OBとして情けなくなりました」とか「将来性ある若者に反日教育をする目的はなんですか。共産党系教科書を採用しているかぎり、OBとして募金に一切応じないようにします」が挙げられ、その後に採択校の学校名、学校住所、理事長名、校長名、電話番号が列挙されている。

本校の場合はご丁寧に「講道館柔道を創立した柔道の神様嘉納治五郎が、文武両道に長けたエリート養成のため創設した学校ですが、中韓に媚びることがエリート養成になるような学校に変質したようです。嘉納治五郎が泣いていますね……」という文例が付記されている。あらためて本校に送られてきた絵葉書の文面を見ると、そのほとんどがこれらの文例そのままか少しアレンジしているだけであった。どうやらここが発信源のようだ。

この水間氏はブログの中で「明るい日本を実現するプロジェクト」なるものを展開しているが、今回のもそのプロジェクトの一環であるようだ。ブログ中に「1000名(日本みつばち隊)の同志に呼び掛け一気呵成に、『明るい日本を実現するプロジェクト』を推進する」とあり、いろいろな草の根運動を発案し、全国にいる同志に行動を起こすよう呼びかけていると思われる。

また氏は、安倍政権の後ろ盾組織として最近よく話題に出てくる日本会議関係の研修などでしばしば講師を務めているし、東日本大震災の折には日本会議からの依頼を受けて民主党批判をブログ上で拡散したこともあるようだが、日本会議の活動は「草の根運動」が基本にあると言われており(菅野完著『日本会議の研究』扶桑社)、上述の「日本みつばち隊」もこの草の根運動員の一部なのかもしれない。

このように、検定教科書の選定に対する謂れのない投書に関しては経緯がほぼ解明できたので、後は無視するのが一番だと思っているが、事の発端になる自民党の県会議員や衆議院議員からの問い合わせが気になる。現自民党政権が日本会議を後ろ盾としているとすれば、そちらを通しての圧力と考えられるからだ。

ちなみに、県の私学教育課や教育委員会義務教育課、さらには文科省の知り合いに相談したところ、「検定教科書の中から選定委員会で決められているのですから何の問題もありません」とのことであった。そうするとやはり、行政ではなく政治的圧力だと感じざるを得ない。

そんなこんなで心を煩わせていた頃、歴史家の保坂正康氏の『昭和史のかたち』(岩波新書)を読んだ。その第二章は「昭和史と正方形̶̶日本型ファシズムの原型̶̶」というタイトルで、要約すると次のようなことである。

ファシズムの権力構造はこの正方形の枠内に国民をなんとしても閉じこめてここから出さないように試みる。そして国家は四つの各辺に「情報の一元化」「教育の国家主義化」「弾圧立法の制定と拡大解釈」「官民挙げての暴力」を置いて固めていく。そうすると国民は檻に入ったような状態になる。国家は四辺をさらに小さくしてその正方形の面積をより狭くしていこうと試みるのである。

保坂氏は、満州事変以降の帝国憲法下の日本では、「陸軍省新聞課による情報の一元化と報道統制」「国定教科書のファシズム化と教授法の強制」「治安維持法の制定と特高警察による監視」「血盟団や五・一五事件など」がその四辺に当たるという。
では、現在に当てはめるとどうなるのだろうか。第一辺については、政府による新聞やテレビ放送への圧力が顕在的な問題となっている。第二辺については、政治主導の教育改革が強引に進められている中、今回のように学校教育に対して有形無形の圧力がかかっている。

第三辺については、安保法制に関する憲法の拡大解釈が行われるとともに緊急事態法という治安維持法にも似た法律が取り沙汰されている。第四辺に関しては流石に官民挙げてとまではいかないだろうが、ヘイトスピーチを振りかざす民間団体が幅を利かせている。

そして日本会議との関係が深い水間氏のブログからはこれらの団体との近さがにじみ出ている。もちろん現憲法下において戦前のような軍国主義やファシズムが復活するとは考えられないが、多様性を否定し一つの考え方しか許されないような閉塞感の強い社会という意味での「正方形」は間もなく完成する、いやひょっとすると既に完成しているのかもしれない。


(*1)

(写真はGoogle画像検索)

引用文の改行について一部は、引用者によります。

*1 http://toi.oups.ac.jp/16-2wada.pdf?utm_content=buffer79104&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer  謂れのない圧力の中で

   引用文中にある水間政憲という人物のブログは以下の通り。
   http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/
   【水間条項ー国益最前線ジャーナリスト水間政憲のブログです。】
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