スポーツ三題

その1 タイガースは今年、優勝できるのかどうか。セ・パ交流戦を控え、2位につけていますが、5位まで1ゲーㇺ半。いまのところドングリの背比べ。勢いからすると、カープ三連覇が最も近い、DENAも潜在力は侮れないのではないかと思ってしまいますね。

金本監督もことしは正念場。ロサリオが期待通りの活躍をしないは、能見や藤浪が停滞するはで、しんどいね。星野元監督の追悼式で誓った「優勝を墓前にお届けしたい」の約束が重くのしかかって大変。

永年のファンとしては、言うまでもなく、優勝を切望するけれど、先の対巨人3タテのような試合を見せてくるのなら、それでも十分楽しませてくれる。めったに優勝しない、できないチームのフアンは、シーズン途中になると、哀しいことに期待値を下げて満足するようになります。とにかく、巨人だけには負けるな。

その2、例の日大アメフット部の卑怯な醜態。ボールを蹴ったり、投げたりしてゴールを争って、ナンボのものや。というのが、あらゆるスポーツにつきまとう、ある意味、アホらしさなんですが、そこはそれルールを作って、厳格にルール内の約束事でもって力と技を競うところに面白さがあります。その枠組みを戦略的に破壊してまで勝ちにこだわり、バレたら逃げまくる指導者たちと大学法人。

まったく話にならない。閑人が若いころ、日大のことを「ポン大」とはしょって言ってましたが、その語感からくる中身の薄い、軽いーーイメージは健在だったようです。これからは、「アメフ大」ということで通るようになるかな。

その3 大相撲は鶴龍が勝ちました。終盤の優勝争いには、「日本出身力士」は加われませんでした。それで思い出すのは、あの稀勢の里。すでに7場所休場中です。来場所も休むとすれば、休場新記録になります。もともと稀勢の里を横綱に昇格させたのは、当時の「日本出身力士」の横綱待望論に沿った感じのもので、多少ムリがあった。

いまや大相撲は国際的な興行になって、隆盛を保っているのですから、日本人かそうでないかを区別する必要はぜんぜんありません。仮にプロ野球やサッカーのようにベンチ入り外国人プレヤーの人数を限定するやり方を大相撲に適用すれば、もう面白い興行はなり立たないでしょう。

強い「日本出身力士」待望論はあってもおかしくはありませんが、その風潮にのって、日本人力士を微妙に優遇するのは、好ましいことではない。結果としてフアンの期待を裏切ることになりますよね。

へつらい官僚バカ

作家の辺見庸さんが、昨今のアベ政権を支える、一連の官僚の堕落は、あまりにも低次元で、論ずる気にもならないと時局の感想を述べていました。(*1)

なかでも首相秘書官や省庁の高官たちの目を覆うばかりの忖度、虚偽、ごまかし、言い逃れ、不誠実について、もともと官僚というのは、権力者にへつらい、権力者の覚え目出度く、出世することを人生の目的にしているバカもんの職業人と定義できそうな、たとえ話をあげているのが興味深かった。

辺見庸さんは、「官僚のどこが優秀かといえば、とにかく徹底的に上にへつらうところ」と言い、馬鹿という言葉の由来を語っています。馬鹿の語源なり由来なりには諸説あるようですが、辺見庸さんは、中国・秦の時代の故事をあげています。ネット上で調べると、辺見庸さんの話は以下のような事と同じです。

昔、中国の奏の趙高(引用者注・権勢を誇る最高官)という方が、二世皇帝の宮中に鹿を連れ、「珍しい馬がおります」と献上した時に、皇帝は「馬ではないのか?」と聞き返されました。しかし、趙高は「これは馬でございます」と答えました。

そして、趙高の家臣に「これはどう見えるか?馬か?鹿か?」と尋ねたところ、趙高派の家臣たちは、「馬でございます」と答えましたが、趙高に不満がある反趙高派の家臣たちは、「鹿でございます」と答えました。

反趙高派の家臣たちの発言は趙高の怒りを買い、その後に処刑されたそうです。このことにより、「自分の持った権力をいいことに矛盾したことを押し通す意味として「馬鹿」と言うようになった」という説です

(*2)

サガワとかヤナセとかイズミとか、別筋のフクダとか、いわゆる忖度高官たちは、権勢の顔色をうかがい、へつらうこと習い性になってしまった中国故事にちなむ由緒正しい”馬鹿モン”たちだということがよくわかります。

「アホな上司に異を唱えないで、いっしょになって『馬』だという。今、問題になっている官僚たちはこれを地で行く話で基本構造は同じ。安倍(首相)が『馬』だと言い張れば、それに隷従するのが美徳だから、みんなして『馬』だと口裏を合わせる、、、、、、」と辺見庸さんはいいます。同感至極です。

昨今のアベ政権の腐敗ぶりにうんざり。いちいち批判するのが面倒くさくなってきた。この欄に取り上げて書くのも億劫になってきた。そんなことを同憂の士に話すと、それがアベの狙い、飽きられて、ほとぼりが醒めるのを、アベは待っているのだと。まったく、そうに違いない。

*1 2018年5月18日、毎日新聞夕刊
「官僚らによる一連の不始末ーーーーー辺見庸さんに聞く」

*2 http://shunnowadai.com/archives/1174.html
馬鹿の語源と由来 日本語の面白い語源を学ぶ

アベファンの不思議

国有地売却へ友だち優遇
学部新設へ行政捻じ曲げ
公文書改竄、
公文書隠蔽、
虚偽答弁、
司法懐柔
米軍追従
首相による改憲主導

アベ政権は、これまでかろうじて保ってきた自民党の擬似民主主義さえ手放しました。まるで三十年ほど前まであった開発途上国の独裁国家か、かつての共産圏諸国のような専制国家並みに堕ちてしまった。

憲法や法令のもとで国民の命と暮らしが守られる法治主義を捨て、私利私欲、党派党略の恣意的な施策をやりたい放題です。いまや底なしの腐臭ふんぷん、デタラメ政権です。

にもかかわらず、アベを支持ないし擁護する一定の勢力があります。自公維の政治家、忖度官僚、右翼メディア、熱狂的な支持者たちがいます。彼らには、もう正常な知性も論理もおろか、ごくごくフツーの常識さえ通用しなくなっています。ただただ理屈抜きにアベファンなのです。

これが野球チームや音楽グループのマニアックなフアンであれば、ほほえましくあり、勝手に騒げ、と傍観してもいい。あるいは、世人には理解不能の妙な宗教の信者であっても、まだ手をこまねいていてもいいかもしれません。

しかし、アベ支持者たちは、冒頭にあげたようなアベ政権のムチャクチャな政治手法についてさえも、一も二もなく賛意を示し、逆に批判する人たちを「反アベ派」と感情的になって一蹴します。

彼らも日常生活では交差点が赤信号なら止まり、青なら進むルールや、痴漢や万引きは罪だというくらいは理解しているフツーの生活者であろうことは疑いもないのですが、コト、アベのやることとなると、正常な回線がとち狂うらしい。

冷静に考えてみれば分かります。国家の政策決定過程を記録する決済された公文書を、あとで都合よく改竄するような行為は、アベが首相であろうと誰れであろうと決して許されない不正行為です。ところが、アベファンは、これを不正行為と思えないらしい。改竄だというのは、アベおろしのための言いがかりだと断じる始末です。

選挙で選ばれたわけでないアキエが感涙し、アベも共感したということから国粋教育をする幼稚園経営者のために国有地がタダ同然で払い下げられるのは、アベであろうと誰であろうと、許されない不公平な不法行為です。アベファンは、これを不法行為と考えないらしい。正当な契約であって、とやかく言うのは、反アベ派のプロバガンダだと言ってはばからない。

憲法をでいちばん擁護義務があるとされる立場のアベが、期限まで切って戦争が可能になる軍事国家の道を広げる改憲を主導するという、明らかな「違憲発言」でさえ、アベファンにとっては英断に映っているらしい。発議できるのは立法権をもつ国会、その背後にある国民であるという自明の理に目を向けない。

こうした話は、政治的な戦術戦略という技術的な問題ではないのです。法治国家であるなら当然の規律、規範に関する統治機構が正常に働いているか、どうかの問題です。

だが、不正不法行為の認識や現憲法についての判断についても、アベファンたちにとっては、是々非々という選択の余地がないらしい。ひたすら「反アベ派」の”アベおろし”なる政治的な画策だと断じてやまないのです。贔屓の引き倒し、もう常軌を逸しているとしか言いようがない。

いつまで続くアベ政権、いつまではしゃぐアベファン。内外政の破たんが露わになってきました。まもなく命脈を断つにちがいありません。

31870434_1650972484956460_8828877345096990720_n.jpg(*1)

過日の南北会談。その報告を文大統領からうけたトランプが、その後、アベと「30分会談」と官邸や外務省が発表しています。ほんとうは5分くらいか、という見方があります。

日米首脳がじっくり互角に会談したという印象操作のために時間を「水増し」して発表したようです。改竄、破棄、、、の政権ですからもうなんでもありか。上のは、そういう想像がマトを得ているなと思わせる英語会話学習マンガ。


*1 http://bogonatsuko.blog45.fc2.com/blog-entry-1546.html%E2%80%ACから引用



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