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軽くてパーがいい

国会終盤は、問責決議案とか、不信任案提出とか。
マスコミは、与野党の終盤の攻防とはやしますが、はじめから「数」が決まっているから波風は立たない。

参院選しだいだが、アベとかアソウとか、中学生レベル以下の学力コンビが、これからも長期政権を続けるのか。

かつて自民党の小沢一郎が権勢を誇っていたころ、「担ぐ神輿は軽くてパーがいい」と、”名言”を言い放ったことがありました。小沢が若くして党幹事長を降りたあと、最大派閥の実力者であったころのことです。

次の総裁候補3人を自分の事務所に呼びつけて”面接”したもので、その傲慢、剛腕は大きな話題になりました。派閥政治のころは、良くも悪くも、党内での駆け引きが活発な合従連衡で、熱気がありました。

あのとき、小沢の頭にあった「パー」は、カイフ・トシキか、ナカソネ.・ヤスヒロか、どちらかのことらしい。当時の派閥勢力からいえば、二人とも主流を外れた脆弱グル―プのメンバーでした。小沢にとっては、御しやすい総理総裁が都合がよかった。

当時、派閥領袖は、いわゆる「三角大福中」。結局、連中は派閥たらい回しで、みんな総理総裁になったが、この時代までは、まだ表向きは切磋琢磨、総裁選前には裏金が跋扈するなど、ある意味、精気がありました。

おかしくなったのは、そのあと「安竹宮」の時代。ここで出てくる「安」は岸信介の娘婿、いまのアベポンの父親、アベ・シンタロウ。総裁目前にがんで早逝した。

ここらあたりから、戦後の有力政治家の息子や娘らが一人前?になり、世襲が顕著に現われるようになりました。地盤、看板と金を引き継ぎ、なんの苦労もなく当選を重ねた輩たちです。露骨な閨閥政治が常態化しました。

小沢が言った「パーがいい」のが、違ったかたちで現れました。総理総裁は、「媚米従属」を深化さえすればすれば、「パー」で務まることが明らかになりました。つまり、アメリカからみて、「パー」でよくなったのです。

外交も内政の主要施策も、みんなアメリカの要請にこたえておれば、安泰というわけ。岸信介が戦犯釈放の代わりにCIAの在日エージェントとなり、資金提供を受けた発足した結党精神が、より深化してきたわけです。

コイズミ・ジュンイチロウ、アソウ・タロウ、フクダ・ヤスオ、アベ・シンゾウ。(ジュンイチロウの父は総理総裁ではないが)、こうした連中が、自民政権のリーダーたちです。小選挙区制のうえ、閨閥世襲は江戸時代の藩主みたいなもので、あんぽんたんでも世継ぎになれます。

ゴルフ、大相撲、炉端焼き。加えて1兆円を超す武器購入、空母加賀のお披露目で軍事同盟誇示、選挙後には農業関税とっぱらいの密約、イランへの不毛のパシリ(走り使い)、トランプに媚まくるアベに大方の有権者は、ウンザリしています。

こんなジョークがネットにありました。
「総理大臣求む、仕事は役人の原稿読み。高給」
「総理総裁はサルの方がいい。サルなら、壊れた戦闘機を100機も買わない」

フリガナ付の原稿を読めるサルが、総理総裁にとって代わる日が来るかもしれないが、その前にもう一度、政権交代が可能な政界になるには、どうしたらよいか。アリの一穴を何とか、参院選で開けたいものです。

追悼 おせいさん

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おせいさんこと、田辺聖子さんが亡くなられた。91才でした。

最近、天寿を全うして亡くなられる著名な方たちは、想えば、閑人の若いころ、青春時代といってもいい時分の前後から活躍され、耳目を集めた人たちが多い。京マチ子、杉葉子、兼高かおる、梅原猛、堺屋太一、小池一夫、ドナルド・キーン、、ああ、ドリス・デイもなつかしい。

とりわけ田辺聖子さんの死には深い感慨をおぼえます。閑人が社会人になり立てのころ、大阪から若い女性が芥川賞を取ってデビューしたのには驚いたものです。それが田辺聖子さんでした。さっそく受賞作の『感傷旅行 センチメンタル・ジャーニィ―』を読み、その経歴を知って、いっそう驚きました。

田辺聖子さんの生家は、閑人が通った小学校のすぐ近くで、中学校への通学路になると、毎日その前を通っていたからです。福島西通りを起点に港の方へ行く市電が走るあたりは、空襲を受けたところと、そうでないところは混在していました。あのころでも中学校の教室の壁は焼夷弾が貫通して大きな穴が開いたまま、隣の教室とツーカーだった。

その田辺聖子さんが生活のため事務員として働いていた金物問屋のあるところも、だいたい見当がつくあたりでした。いまなら御堂筋の梅田新道交差点そばの駅前第三ビルが建っているあたりです。当時は、まだ闇市の跡が再開発されていなかった。

閑人の当時の気持ちを思い起こせば、売れっ子の石原慎太郎、大江健三郎らとは全然ちがって、田辺聖子さんを地元が生んだヒロインみたいなに憧れたものです。

後年、社会部時代に何かの社会問題だったか、中身を忘れてしまったが、その問題の記事につけるコメントを求めて、自宅に電話したら、女性の秘書が出て、「時事問題なんかのコメントはお断りしているんですよ」をかわされた。そういえば、新聞紙上のコメントにいちいち付き合っていたら、仕事にならなかっただろう。

おせいさんの軽妙洒脱、人情の機微、男女についての達観など、大阪弁独特の語り口を生かした作品をよくよみましたが、なかでも週刊文春に十数年にわたって連載した「女の長風呂」シリーズは、おもしろかった。

おせいさんは、スヌーピーのぬいぐるみが好きで、宝塚の熱心なフアン。ご自身もヒラヒラががたくさんついた乙女チックなドレスを好んで着ていました。そういう興味深い愉快な個性となんでこんな世情のワケ知り、人間観察がすばらしいのと結びつくのか、いつも感嘆しながら愛読したものです。

いまごろ、”カモカのおっちゃん”と一杯やっていることでしょう。


(写真はGoogle画像検索から引用しました)
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