核持込み密約

今朝の毎日紙によると、外務省事務次官歴のある76歳が、取材に応えて日米安保条約にかかわる核持込みについてアメリカとの間に密約があったことを認めている。この件はすでにアメリカ側の公文書でも公開されているし、当時の佐藤首相による特使はじめ在日アメリカ大使、別の外務省関係者等が、密約があったことを認めている。しかし、日本政府はシラを切りとおしている問題である。

その限りでは、今回の証言は従来の[密約定説]を上書きしたようなものだが、証言の内容がきわめて具体的なことが目を惹く。彼氏が次官就任したとき、前任者から普通の郵便封書に入ったペーパーを引き継いだ。このことを大臣に説明してくださいというものであった。彼氏は二代の大臣に懸案を説明し、後任にも引き継いだと語っている。

いまさら密約がないと言い張るのは国の詭弁だと。また、核艦船寄港時の取り外しなどはありえないこと、3カイリに押さえてある津軽や対馬海峡における領海範囲も、核搭載の米艦船の通過を問題なくするための配慮であると述べている。

ここで改めて問題にしたいのは、日本政府のほとんど奴隷的なまでのアメリカ政府への追従である。冷戦が終わり20年、「主人側」のアメリカ政府がのほほんと核戦略の縮減、公開化を図っているのに、隷属する日本政府はかたくなに密約を否定しているおかしさである。ご主人のもういいよ、と指示がくるまで待機姿勢をとる忠実な犬を想像させて、哀れでさえある。

このような迷妄頑迷な情報非公開の姿勢から推察されることは、まだ他にもたくさん日本国民の利益に反する”密約”を隠しているだろうなと思わせることである。そんなことはないと、仮に政府が否定したとしても、嘘を突き通している政府を信じるわけにはいかないでないか。

それにしても、余談だが、この核密約のほかにも「沖縄返還にかかわる密約」もあるが、密約をスクープした往時の毎日紙が、そうそうに政府の軍門に下ったのは、かえすがえすも残念なことであった。取材方法と事実の重要性を天秤に計れば、最後まで言論の自由を守るために闘うべきであった。

あれはマスコミ不信を増幅させた弱腰であった。なにが国民にとって大切かというと、取材方法がどうであれ、取材の結果、明らかになった政府による国民を欺くやり方こそ法廷でも争うべきであった。結局、メディアは国民も朋友にならないことを露呈した一件であった。あの当時、メディア側の一人として肩すかしを食ったような失意を感じたものである。

であるから、せっかくの元次官の勇気ある証言を引き出したとしても、なんじゃ今頃というズレた違和感がつきまとう。

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