山の遭難

「くれよん しんちゃん」の作者が荒船山の崖から落ちて亡くなった。合掌。51歳だそうだから、まだ若い。残念なことである。その後の調べから、デジカメで写真を撮ろうとして、断崖から滑落したのであろうと推察されている。

警察庁の山岳遭難統計の分類によると、中高年層というのは、40歳以上となっているので、この人は中高年層に当たる。じつは山の遭難事故を起こすのは、決まってこの中高年層ということになっている。統計によると、毎年、山の遭難のうち、中高年層が80-90%の高率を占めている。その頭数でいえば、200人前後が死亡、もしくは行方不明となっている。山での不明は、稀有な生還例を除けば、事実上の死亡を意味する。

いまひとつの統計分類では、遭難の態様だが、遭難の原因の一番は道迷い、ついで転落・滑落・転倒であるとされている。つまりクレヨンの作者の死は、統計上の典型例に当てはまるといえそうだ。

インドアにしろアウトドアにしろ、毎年こんなに中高年が亡くなる趣味の分野はない。誤解されると困るが、新型インフルエンザやO157型食中毒などの犠牲者の比ではない。野球やラグビー、あるいはどんな学校体育であっても、これだけの死者が毎年出るとしたら、おそらく活動停止になるだろう。

なのに山の遭難については、ニュースとしてはごくごく一過性の題材にすぎず、報道されてしまえば、忘れ去られている。今回はクレヨンの作者であることから、やや詳細に報道された。今夏の北海道トムラウシ山系でのツアー登山遭難もいっとき関心を持たれた。前者は有名人、後者は大量遭難である点で注目されたのに過ぎず、世間一般の一人ずつで起きた遭難事例では、こうも関心はもたれない。

山の遭難は、このようによほど特別なケースでないかぎり世人の関心をそそらない。したがって、どんなに遭難者の山を築いても、中高年登山者の遭難防止の対策には力にならない。山の遭難を防ぐ一番いい方法は、山に行かないことに尽きる。だから、遭難は、すべからく本人責任の問題とされている。行政による登山道の管理不行き届きが招いた遭難、たとえば間違った道標による道迷いなどいうケースは十分に考えられるが、死人に口なしなので、検証されることがない。

登山というのは、自然のなかで自然という大舞台で羽を伸ばす遊びであるから、それをやる以上、周到な準備と万一に備えた覚悟が必要な遊びである。死の覚悟がひそかにに要求される遊びは、そう多くない。そこに登山の課題がある。

そうは言って毎年200人前後の中高年が亡くなっている現実をただ拱手傍観していていいかとなると、登山愛好家としては、忸怩たるものがある。どうしたものか。

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