いい加減にせい

カン改造内閣が発足した。
昨日は組閣人事が盛んに報道された。

ろくに大臣の名前を覚えないうちにというか、どんな実績を残したかもわからぬうちに、ころころ変わるから、ほとんど関心がない。たとえ変わったところで、官僚の手のひらで踊っているのだから、政治家独自の色合いがでるとは思えない。

カンさんが代表選最中に明かしていたように、従来の閣議は、各省政務次官会議で絞られて懸案を大臣が、イエスのハンコを押すだけであると。つまり、大臣はだれでもいいのだ。これが官僚主導の実態で、政治家はシャッポにすぎない。何ン十年も続いている弊風である。

ところが、その組閣人事を報道各社は、論功人事だ、派閥人事だと難詰しているが、マンツーマンの争いでは勝った方が、勝った方の都合がいい人事をするのは、当たり前である。だからこそ争ったのであって、それが嫌なら争わなければいい。あるいは、じっくり状況判断して、勝ち馬に乗ればいいのだ。

古今東西の常識である。そういう観点からの論評が一切なくて、なお対決抗争が潜行するようなことばかり記事にするは、マンネリもいいところだ。国会議員票が拮抗しているから党運営が大変だというような話は、素人にでも
分かる読みである。そんなアホらしい論評から抜け出さないと、マスコミはいっそうアテにされなくなる。

プロ野球の監督は負ければ辞任する、企業経営者は、利益を上げなければ退任を迫られる。当たりまえの常識である。権力抗争に負けた政治家連中は、ひそかに捲土重来を期すか、勝者の軍門に下り、政策協力すればいい。それも不満なら、離党して、他党に移るか、新政党を起こせばいい。

くだらない争いにもう、うんざりしている。いい加減にせい、と言いたい。

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