入試投稿

京大など4大学で試験中に「YAHOO智恵袋」の問題が投稿され、回答を得ていた事件は、予備校生の仕業と分かった。IT時代の新手のカンニングで、不正とは言え、いまどきのケータイの性能、操作性に疎い者にとっては、信じられないような高度のスキルで驚いた。

この事件に、いろいろな論評があったが、なかでも面白かったのは、毎日新聞のコラムで、論説委員氏がアメリカ留学中の体験を紹介していた記事。数学の試験を受けて、一生懸命、答案の余白で数式を書いて計算、余白がなくなると、先の部分を消して、筆算を続けた。ところが、他の米人学生らは、さっさと計算して、退室してゆく。そこで、気づいたことなのだが、彼らはみんな電卓のような計算機を持っているのだ。数学のテストに計算機は必需品とされているのだ。

論説委員氏は、こういう趣旨のことを考える。日常生活では計算する際、電卓を使うのは当然。連絡・照会にケータイを使うのも日常生活では欠かせないアイテム。それなしに、いまの社会生活、人間関係が回らない。ならば、試験のときだけ、あえて非日常の空間を設けて、日常から隔離することに意味があるのか、と。

なるほど。大学での普通の期末テストなんかでは、辞書、ノート、関連図書なんでも「持ちこみ可」という試験をやっている。これは日常と非日常の乖離がない。「持ちこみ可」にしても、デキない学生は幾らも居る。大学入試でもケータイを持ち込ませて使用自由にしたら、どういうことになるか。「持ちこみ可」を前提に出題すればいい。
ケータイ不携帯、ケータイ退治をあれこれ考えるよりも、逆転の発想で興味深い。

ただ、こうしたことにすると、一番困るのは大学側である。出題側の負担が大きくなる。いまでも、たいがいの大学や教授たちは入試問題作りなんか雑用だと軽視しているし、ほんとうは、予備校に出題作りを委託している大学もたくさんあり、さらに出題を作る能力のない教授や大学はザラにあるからだ。

ろくに大学当局で不正発生の経緯を検証することもなく、警察沙汰にしてしまう大学。根が深い病弊は、自立性を失くしたいまの大学側にある。ケータイ万能学生の行為が不正でなくなるのは、いつの日のことだろうか。

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