西部劇二本

DVDで久しぶりに昔の西部劇映画を見ました。子供の頃から西部劇を見て育ったクチですから、いまもって西部劇は楽しく、懐かしい。アルコール付きの気分転換にもってこいと思っています。

子供のころの西部劇は、白人とインディアンとの戦いが主要なテーマ。白人は善人、インディアンは悪漢とされて、悪漢の横暴極まる振る舞いに立ち上がる騎兵隊や白人の拳銃使いが必ず勝利するという構図でしたね。突如、奇声を上げて襲撃してくるインディアンを、どうやっつけるか。ワクワク、ドキドキしながら見ていました。

なんで、インディアンはわけもなく殺されるのか、なぜ、インディアンは父祖の土地を追われるのか。なんで、インディアンは、悪賢く汚く妙なカッコウをしているのか。そういう思索的な考えは一切ないままに見ていましたが、振り返って見て、言い訳めきますが、当時はそれは製作するハリウッドでもアメリカ人のなかにもほとんど配慮されていなかったと思います。

ところが、西部劇が、白人側の一方的な先住民への人種差別迫害、人権意識の欠如という観点から見直される時が来ました。その転換点になった映画の一つは1970年製作の映画「ソルジャーブルー」ですね。正しく善をなすはずの騎兵隊によるインディアン大虐殺をインディアン側から見た映画で、騎兵隊がヨチヨチ歩きの子供や母親まで皆殺しするシーンは、アメリカ人に大ショックを与えたと言われています。騎兵隊が太刀を振るい、子供の首がふっとぶ場面に胸が塞がれた記憶があります。余談ですがあ、キャンデス・バーゲンといういい女優が出てましたね。このころからインディアンを敵とする西部劇は急速に姿を消してゆき、やがて西部劇というジャンルが衰退しました。

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今回見た二本は、ですから、開拓時代の西部を舞台にしていますが、インディアンは登場しない。『大列車強盗』(1973年)の方は,亡夫が奪って隠した50万ドルを探しにきた若く美しい未亡人。これをアン・マーグレットがやっている。流れ者の拳銃使い、ジョン・ウエインが未亡人を追ってきた横取りを狙う一味と激しい銃撃戦をした挙句、金を見つける話。メデタシ、メデタシの最後にこの未亡人がとんでもないクワセモノという結末がある愉快な西部劇。あのカッコいいジョン・ウエインが、道中、未亡人に淡い恋心を持つが、もうトシだと腰が引けている役どころが珍しい。

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『夕陽の挽歌』(1971年)。こちらもウイリアム・ホールデンが初老のカウボーイ役。晩年はメキシコで自前の牧場を持ちたい夢を持っている。牧場仲間が馬に蹴られて死ぬ。カウボーイ人生に虚しさを感じているとき、気が合う若造のカウボーイにそそのかされて、一生一代の銀行強盗をやり、大金を奪って逃走する。モンタナからメキシコへ、追っ手をかわしながらの大逃走。西部の雪景色、夕日、佇立する大岩など大きな景色が美しい。叙情あふれるカメラワークがいい。途中で撃たれた若造を馬に引かせる担架に乗せて続ける逃走、やがて若者は苦しみながら死ね。独り身になって逃げる初老のカウボーイは、とうとう追い詰められて撃たれて落馬、草原のなかで息絶える。

どちらも、当時のハリウッドを代表する俳優が登場して、勧善懲悪や赫赫たる戦果を上げる、大成功をもたらす話ではないところが面白い。フランス映画が好むような味わい深い人生ドラマであります。このころからたまに作られる西部劇は、インディアン退治という主題から遠く離れて行きましたね。

インデアンは悪人などという先入観で作られた西部劇。それを当たり前として楽しんでいた西部劇フアン。よくよく考えれば、当たり前にしてはならないことを、当たり前としていることが暮らしの周辺にもあるに違いない。例えて言えば、原発は安全というような思い込みと同じものですね。

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西部劇とインディアン

一筆啓上。昔の西部劇は常にインディアンを悪とえがいていたわけではありません。偉えらい評論家たちは見落として」いますが、」

フォードの「アイアンホース」には戦死したシャイアンの戦士に愛犬が駆けより、顔をフセwルシーンがあります。youtubeで視聴可。
「駅馬車」ではアパッチの女が、追われた故郷ををしのぶ歌をスペイン語で唄っています。字幕はなし。
私が生まれた故郷の土地よ
私の心は悲しみにあふれる
淋しさに堪えかねて
この唄を歌えば
私の心は、苦しみはいやされる---。
無声映画時代にもインディアンの立場に立った』作品があります。
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