池に魚がいるわけは?

日暮れに散歩に出ます。散歩道の一つの途中に池の畔があります。「明治池」という立派な名前がついていますが、いつからそう呼ぶようになったのか、それはわかりません。

というのは、このあたりは旧住宅都市公団が三十数年前に大規模住宅開発のために整地したところです。昭和に開けた新開地です。それ以前は南北に延びる長い丘陵の雑木林だった。せいぜい柴刈りや山菜取りに人が入るくらいのひなびたところにすぎなかったと聞きます。

閑人がこの地に来たころ、まだそのころの面影が色濃く残っており、空き地からキジが飛び立ったり、ヒワの大群が旋回していた。ときに狸や蛇が出没していた。動植物の世界に人間が闖入したところです。

明治池に行くと、必ず釣りをする人が三,四人います。彼らは何を狙っているのかくらいは、釣りをしない閑人にもわかります。ブッラクバスだのブルーギルだの、コイとかフナとか。なんでこんな池に外来魚がいるのかもだいたい見当がつきます。

池の岸辺には鉄柱の柵がめぐらされてします。転落防止のためだが、釣り人たち、その柱と柱の間にすっぽり収まる手製の座椅子状の板台を置き、そこに腰を下ろして竿を出しています。そばに当座に必要なボトルや用具を並べて、いかにも長期戦でやるぞ、というスタイルです。冬場などは、寒々した風景で、見ている方が寒くなります。

閑人は彼らの背後を見ながら、小さな橋を渡り、小高い丘を上り下りして、また別の橋を渡り、池を一巡、また最初に見た釣り人の後ろまで戻ってきます。その間、釣り人たちが魚を釣りあげた気配はぜんぜんありません。彼らは釣ることよりも水面を見つめて座っているだけが趣味なんじゃないか。あるいは、何か一心に修行しているような、世間に背をむけた孤独な姿を楽しんでいるんじゃないかと映るときもあります。

何度も池の周囲を歩きましたが、釣り上げたのを目撃したのは、たった一回だけです。釣り人のおっさんは、ウォーと素っ頓狂な歓声を張り上げて、竿を繰り寄せ、網で大きな魚をすくい上げていました。会心の歓喜であることは、よくわかります。この一瞬のために修行しているのかもしれません。

おっさんは、釣りあげた魚を針がついたまま、頭を上にしてぶら下げるや、素早くデジカメで写真を撮った。そして、次に意外な行動をとった。すぐに魚の釣り針を外して、池の水面にぽーんと放り投げたのです。魚にしたら、釣りあげられて痛い目にされるわ、空を飛ばされるやらで驚いているだろうが、これがキャッチ・アンド・リリース。資源保護をこめてのフィッシュングの醍醐味なのだろう。

釣りあげたのはおそらくブラックバスにちがいない。この池にはブルーギル、それにカメもいる。これらの魚やカメたちは、世話が面倒になった飼育者から遺棄されたものと推察されます。はじめからブラックバスやブルーギルのように外来種がいるわけがないからです。

それにしても、この池の水源は、雨水しかない。雨水が溜まったものです。そこにブルーギルやフナやコイの稚魚でもない小魚がいっぱい居るのは、どうしてか。これは池に入る川も、出てゆく川もない丘陵の独立?池の謎ですね。

どこから魚はきたのか。池に魚がいるまっとうな理由なら、こんなことが考えられます。
一、人が魚を養殖すべく運んできた。
二、気まぐれに人が飼育魚や稚魚を放した。
三、河川湖沼とつながる水路がある、または過去にあった。
四、周辺の河川の洪水で一時、流水が及んだ。

つまり、人間がかかわるか、自然の治水の変化しか考えられないのだが、明治池には三、四の理由はあり得ない。一のようなことが行われていたとは聞いたことがない。しかし、三だけでは納得できない川魚がいるのは、なぜか。そういう疑問を抱いていました。

ところが、最近、読んだアーサー・ビナードのエッセイ『空からきた魚』で、なぞがとけました。ビナードの妹は水質浄化が専門の科学者。汚濁にまみれた吐き気がするような汚水を野外の第一浄化槽、第二浄化槽、第三浄化槽と時間をかけて流して改善してゆくと、第三浄化槽では、いつの間にか、魚が泳いでいるという。

いったい、魚はどこからやってきたか。ビナードの科学者の妹は、鳥が運んできたと理解しています。鳥はなんでも餌についばむ。空中を飛ぶため、つねに身軽である必要から数分後には飛びながらでもフンをする。あるいは浄化槽の縁にとまって脱糞する。そのなかに未消化の魚の卵も含まれていると推定しています。

鳥の糞は酸性が強力で、車の屋根などに落ちると、塗装が痛むくらいだ。その胃の中を潜り抜けて、空から水面に落下、そして卵から稚魚に孵るというストーリーとなるわけだ。池の魚のなかには、想像を絶する大冒険の末に泳いでいるものがいることになります。

花木の実が鳥に食われて、遠方に運ばれて、繁殖することで種を増やしていることは知っていましたが、魚まで、そうした知恵をもっていたとは、驚きます。

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というような、トレビアの泉のような、どうでもいいことに、あれこれ頭をひねるのは、安直な消夏法です。閑人は、これで半日、暇つぶしできました。しかし、先にはまだまだ長ーーーい夏が続きますね。

(写真はAmazon引用)

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