歳末寂寥

師走が押しつまってきたといっても、とうの昔に現役を離れた者にとっては、普段の時間の流れとなんの変わりもありません。やっておかなければならない仕事も、つじつまをあわせておく世間体への気づかいもありません。

それにしても、時は人を容赦なく老いにおいこむ。最近、ひししと身にしむ話が続きました。

東の方の遠方の友人の奥方から便りが届きました。駆け出しのころ、はるかな赴任地で競い合って仕事した同年輩の友人が記憶を失いつつあるらしく、昨今は週二回、介護のデイサービスをうけに通所しているとありました。ショックだった。早く旅立った友人、知人はすくないないけれど、老いの症状からディサービスを受けるという友人が現れたのには驚く。

そんなことがあっても不思議でないトシなのだと思いこもうとしますが、気持ちが落ち着きませんね。年齢からすると、そういう境遇の人は世間にいくらでもいますが、あんな元気がいい、どんな物事にも、しかるべき一家言があったポシティブ思考の友人を思うとつらいことです。きっと食事や入浴はじめ運動なり生活機能なりの介護を受けているのにちがいありません。その現実に涙がでます。粛然とします。

西の方の遠方の友人は、しこしこと十年間続いていた、ご自身のブログを閉鎖することを決めた。自然とともに生きる農業の哀楽や季節感あふれる作物のことや集落の暮らしやペットの犬猫のことなどを書いて、いつも読ませてくれた。町に住む者には暮らしの示唆に富む、まさにハートウォーミングな掌編ブログでした。閉鎖のいちばんの理由は、やはり気力の衰えにあると自覚されたようです。

つまらない感想で申し訳ないことことですが、お二方のありようは、そのまま明日は我が身にふりかかることと痛烈に胸に響きます。

朝の散歩がてらに近くの公園に行きましたら、寒い平日とあって、走り回る子供たちの歓声やふざけあう姿が全然ありませんでした。大きな遊具が忘れられたようにたたずんでいます。青い空のもとで吹く冷たい風。風邪をひくから、今日はダメと言いきかす母親たちの声を想像します。今どきの公園には、老いた者からみれは、まことに贅沢なカラフルな大型遊具がそろっています。

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まさに人影の絶えたリゾートビーチの秋、雪の終わったスキー場、観客がはねたあとの舞台、旬を過ぎた花、木守が一つ残る柿木坂などをしのばせる風景です。昔聴いた『誰もいない海』という歌を思いだしました。多くの歌手が歌っていましたけれど、閑人にはトワ・エ・モアの歌が記憶にとどまっています。加齢の悲哀というのは、経験がなければ、遠いことのように思われますが、経験しつつあると、残酷な告知であり、不可逆な悲しみであります。


    今はもう秋 誰もいない海
     知らん顔して 人がゆき過ぎても
    私は忘れない 海に約束したから
    つらくても つらくても
     死にはしない       
    作詩 山口洋子  作曲 内藤法美 






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