惨状! 後追い新聞

またか、という思いですね。
あまりにと言うか、アマリ大臣に浮上した汚い「政治とカネ」の問題ですが、それだけではありません。

またか。その強い思いは、黒いカネをスクープしたのが週刊誌であったことにあります。パンツ大臣疑惑も、そうでした。週刊誌のスクープといってもベッキーの横恋慕やSMAPの分裂騒動劇のことなんか、どうでもいいのです。いまや政界の闇を暴くのも週刊誌か、という感慨です。

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週刊誌の伝える通りであれば、これは絵に描いたような「政治資金規正法」と「あっせん取得処罰法」違反。古典的な口利き汚職の罪ですから、東京地検特捜部がおっとり刀で駆けつける筋合いの事件です。
 
閑人のような新聞社でメシを食ってきたものには、今日のような覇気のない、だらしない新聞の体たらくには、がく然とします。ジャーナリズムの中心にあった新聞は、どうなってしまったのか。もう長く新聞が目を見張るようなスクープを放ったのを見たことがない*1。世の中の不祥事、政財界の巨悪を暴かなくなった新聞は、歌を忘れたカナリア、世間から見放されててもやむ得ません。

スクープには当然、優れた取材力が必須ですが、それ以上に大切なことは、媒体が情報提供者から信頼されているということです。それがないとスクープに結びつくタレこみ(情報提供)はえられません。つまり、取材力と信頼と、その両輪さえ、お株を週刊誌に奪われているという現状を悲しみます。

近年はとくに「軽減税率」などというまやかし表現を受け入れて、たった2%の税率をまけてもらうために政権の顔色を窺っています。中、高校生にもわかる見え見えの政権側のマスコミ懐柔策にのせられて、まっとうな政権批判さえ行いません。

新聞幹部たちは戦前、道を誤った新聞史だったという反省が身についていないようです。当時、軍部に口封じをされたのは事実でもありますが、その一方で誤った国策を暴走する軍部に積極的に擦り寄り、発行部数の拡張競争に狂奔したのも事実です。

新聞の役割のイロハにあるのは、権力の監視です。世の中に潜む不正や不実を暴くことです。その監視の目が回り回って世の中をよりよく明るい住みやすい社会へ寄与するというのがマスコミの大義です。政権側に都合がいい情報の垂れ流しなら、広報誌かチラシにすぎません。

紙面の片隅にある「首相日々」欄にしょっちゅう新聞社や放送局幹部がアベやスガと会食しているメモが載ります。こんな無様な供応をマスコミ幹部が公然と受けて恥じないのです。

最近では政権ヨイショ派の読売、産経、日経とNHK幹部だけが出席している会食もあります。政権側は、情報のリーク先を選別することでもってマスコミをゆさぶっているようです。新聞側に矜持も覚悟もありません。

(写真はGoogle画像検索から引用)

*1 暦年の新聞協会賞の編集部門はスクープ報道が受賞しますが、2001年いらい政界の闇をえぐったスクープはめったびありません。以下の3件くらいが目立ちます。

2010年 大阪地検特捜部検事による押収物ねつ造事件(朝日新聞)
 〃      核密約文書、佐藤元首相邸で存在、初確認(読売新聞)
2014年 猪瀬・東京都知事が徳州会から5000万円受け取った事件(朝日新聞)

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