3.11に想うこと

3.11から5年。追悼や反省や教訓をマスコミはわんさか取り上げています。
巻き込まれた当事者たちの涙や痛みが胸を打ちます。

大きな惨事が起きた記念の日として、いろいろなイベントが行われました。
当然の営みでもありますが、同時にどこかむなしく、切ない思いがあります。

一言でいえば、センチメントな話題が多く、このような災難を招いた無策、無防備への批判、そこからの提言が少ないのです。ですから、これからも、性懲りもなく、国民は「想定外の天災だった」「まだ科学技術が及ばぬ、やむ得ない人災だった」などと言う政府や当局者の釈明を繰り返し聴くことになりそうです。

表情豊かな四季、海と陸と山、大きく繊細な自然に恵まれた列島は、同時に自然災害にしばしば直撃される災害列島であります。古来からすこしも変わらぬ列島の環境であります。ここがポイントです。古来から災害から逃れられぬ地形、地質なのです。

しかしながら、日本人は、自然を暮らしに生かすためにやってきたことは、ありのままの景観をいつくしみ、あるいは侘びや寂びを観じ入ることにふけり、マイナス面からの防御については、ほとんど成り行きまかせでした。雨風も津波も地震も、自然の振る舞いであって、どうすることもできないと諦観、無常観で向きあってきたと思います。心情としては、十分に理解できます。

しかし、地域的な災厄については、地域の篤志家たちが、河川をつけかえたり、濠を作ったり、山を削ったりした物語はいくらもありますが、国家による大局的な国土強靭施策として、実効ある措置を取ってこなかった。戦後、高度経済成長を果たすさなか、列島改造論議でも、ビル建設や高速道路をあちこちに敷設するのに熱心でしたが、あれほどの熱意で防災施策を重点的に行うという施策は行われることはなかった。防災については、おりおりの事案に対症療法をしてきただけです。

話は人災に変わりますが、この国は誤った国策の結果、無謀な戦争を遂行し、犠牲者は死者だけでも310万人に上った過去を引きずっています。広島・長崎に投下された原爆の犠牲者も、統計のまとめ役や時期で多少のずれがありますが、両市合わせて34万人が痛恨の不合理な死を迎えています。

近年のことといえば、阪神淡路大震災では、死者6400余人、そして、東北大震災では津波と原発の複合事故で、消防庁調べで震災関連死19、418人、行方不明者は、警察庁調べで2、562人に上っています。

しかしながら、戦争という最悪の人災について本当の意味での反省はなく、この国は米軍の強大な核の傘に入り、軍事基地とカネとヒトを提供し続けて、さらにアベ政権によって、再び兵を戦地に送り出す国策を打ち出しています。

唯一の被爆国で大量の犠牲者を出しながら、拡廃絶や反戦への教訓は生かされていないどころか、米軍の核抑止力に依存しています。日米原子力協定(なんと正文は英語だけで、日本語文は仮訳という)には日米の安全保障が盛り込まれ、明らかに平和利用が豹変する可能性を残しています。歴史的にも大津波に襲われ、地震列島であるにも関わらず、海辺にある原発を再稼働させることに汲々としています。

敗戦記念日や原爆忌や多くの災厄の記念日も、セレモニーとしては様式化されておりますが、セレモニーの意義が本当にいかされていない思いがあります。つまり、過去を顧みることは、明日に活かすという歴史を学ぶ基本姿勢が欠落しています。

「世界でいちばんビジネスのしやすい国にする」などと言うアベ政権では望むべきもありません。憲法が自分たちの考えと合わないのが厄介だとして、憲法順守義務があるのに、勝手に解釈を変えてしまうようなアベの独断専行は、国家と国民に重大な人災をもたらしつつあります。

「世界でいちばん天災、人災から安全な国にする」を掲げる政府の登場が待たれます。

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