サクラ咲く

sakura1.jpg

庭でサクラが二輪咲きました。
3月30日の朝のことです。

二年前に引っ越しした際、ちょうど孫娘が大学に進学したこともあり、その記念にとソメイヨシノの苗木を植えました。
サクラの成長は早く、わずか一年間で二メートル近くまで背が伸びました。

この調子で伸びると、狭い庭に根を張る大木になりそうになったので、根から掘り起こし、大きめの鉢に移植していました。植え替えてからは、うまく根づくかどうか、枝葉が生きているかどうか、ずっと心配しながら二年目の春を迎えてました。

見た目には、とても血が通っていない、つまり、枯れた枝もありますが、一方では二、三の枝には3月のはじめころから、小さな葉芽が出現して、期待が膨らんでいました。

咲いた二輪は、夕方までに花弁を満開させました。幸い暖かな日差しだったので、誠に素直に淡い紅色の花を広げました。翌日は、さらに一輪咲きました。

sakura2.jpg


枯れたと思われる枝と一つの樹です。それなのに、生きている部分と枯れている部分がはきっり見えて面白い。どうしてこんな差が起きるのかな。日当たりのせいか。こういう植物の生態について、長く生きてきたのに、なんにも知らない。

ソメイヨシノは、通説らしいですが、江戸の末期にオオシマザクラとエドヒガンサクラを交配して生まれた雑種。実生で生育しない園芸種だから、全国各地のソメイヨシノはすべて遺伝子が同じクローンの挿し木だそうだ。

そうだとすれば、散る桜 残る桜も 散る桜 と詠んだ良寛?が見たサクラや西行や在原業平が見上げたサクラは、いま見ているサクラとは別種の違ったサクラだったことになります。

願はくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの もち月のころ    (西行)
世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし    (在原業平)

サクラが好まれるのは、その咲き方、散り方がパッと咲き、パッと散るので、古来から日本人の死生観、無常観とマッチするといわれていますが、本当かどうか。友人からのメールに「あと何回の桜?」とありました。サクラに重ねて、来し方行く末を思う気持ちがあらわれています。

サクラは確かに美しいけれども、モクレンもコブシもハナミズキも似たような開花と散り方をします。春の花は、おおむね似ています。

古来、日本人が好んだ花は梅と菊だといい、好んだ樹木はモミジやキリ(桐)だといいます。菊は皇室や皇族の紋章であり、いちばん格が高い。キリも硬貨や勲章などの紋章に使われていいます。サクラをいまのように特別な鑑賞樹木に持ちあげ、特別な精神的意味合いをもたせたのは、おそらく明治以降のことではないか。それ以前はもっとひっそりと山間に白い花を咲かせていて、一部の好事家に愛されていたのではないか。

いまのように花見が盛んになったのは、クローンで育成が簡単になって各地に広がった。それとともに、庶民の安直な物見遊山の場となり、満開を心待ちする気持ちがふつうになったに違いありません。

明治になって、新渡戸稲造がでっちあげた「武士道」のような精神主義的な観念がサクラ花の生態が似ています。つまり、天皇の
ために命を惜しまぬ忠誠心が富国強兵の精神的支柱とする国是となり、その精神鼓舞の風潮と歩みを重ねて、サクラの落花の風情を尚武の気風、潔きよさなどの美学と賞揚したからではないのかな、と考えたりします。

ちなみにサクラは大日本帝国海軍の紋章であり、いまも自衛隊や警察のような武力組織の分野では階級章に使われています。国民学校の校章にも採用されてました。

いずれにしろ、サクラにすれば知ったことじゃない世界で、日本人の独特な思い入れが醸成されて行ったと思うと、興味深いものです。「サクラサク」が入学試験の合格を伝える電報の文言だったのも、いまや昔語りとなりました。

コメントの投稿

非公開コメント

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
プロフィール

tajifu

Author:tajifu

ブログ内検索
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる