「私は三年間、老人だった」を読む



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アメリカ人の若くて美しい大学院生兼デザイン会社員の女性、パット・ムーアは26歳のとき、ふとひらめいて、85歳の老人になることを思いつく。

人を驚かせたり、エンタメのためではない。専門に研究しているのは工業デザイン。パットは工業デザインは工業と芸術の間にあって商品開発をしなければならない。お年寄りが使いやすい、お年寄りに役に立つデザインとは、どういうものか。「本物の」老人のライフスタイルとはどんなものか、それは老人になってみないと分からないのではないか。しかし、何十年後かに老人になるまで待つわけにいかない。遅すぎる。

パットはテレビのメイクアップ・アーチストの協力を得て、白髪、顔のしわ、カラスの足跡、瞼のたるみ、首筋まで独特のラテックスの乳液でマスクをかぶったような上に化粧、胸を押さえる腹巻、足には包帯をまいて靴下をはき、手袋をする。きれい過ぎる瞳にはオリーブオイルをさしてしょぼくれた眼にした。目立つきれいな歯は黄ばみ黒ずんだ色に。腰にコブをつくり、杖をついて、、、。

誰からも、親しい友人からも見抜かれない老人に変装して、三年間、全米14洲116都市とカナダで実験した。老人になりきって、街を歩き、買い物をして、公園で他人と話をし、会合に出て議論の場に入る。その三年間の稀有な体験を本にしてある。

ある文房具屋の店員の応対の例では、老人の姿で買い物すると、店員は邪険に面倒くさそうにするが、26歳の本来の姿で、まったく同じ買い物をすると、店員は実に親切でよくしゃべり、扉まで送ってくれた。ある店の店員は、もたもたと大きめの額面の紙幣を出したら、お釣りをゴマかした。お年寄りでも「貧しい」お年寄りには、世間の見る目が格別冷たい。

お年寄りは「価値がなく、必要とされず、大切な存在ではない」と世間から想われているし、老人のなかにはそう想っているものものいるが、
パットは考える。「明日の自分のためにできること」を。

     パット・ムーア著、木村治美訳 朝日出版

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