また入院

おごれるものは、久しからず。ただ春の夜の夢のごとし、とか。

あのアベ・シンゾウとアキエ。国有地破格払下げ問題に端を発して馬脚を大きくあらわし、その権勢が著しく衰退、取り巻きの”営業右翼”(*1)の連中ともどもに選挙区である長門国下関の壇ノ浦に沈む形勢が濃厚になってきました。盛者必衰の理がリアルになりつつあり,喜ばしい。

なんちゃって成り行きを期待しながら、病院のベッドでうんうん苦痛に呻吟していました。過日の午後、猛烈な下痢と嘔吐を繰り返し、ダウン。あいにく週末だったので、2日間は自宅で死んだも同然、ひっくりかえっていました。明けて月曜、最寄りの病院に行くと、腹部膨満、腹痛を伴う腸閉塞と診断、即入院とあいなりました。

まずは、最初の1週間、絶飲絶食、栄養補給は点滴のかたわら、鼻から2メートル20センチ(最終的に、さらに20センチ延長)のイレウス管を腸内に留置、チューブを伝って、ベッド脇の袋のどんどん腸内異物が溜まってゆきます。

もちろん、その間にも採血、レントゲン検査、CT, 内視鏡検査が続きます。レントゲンはほぼ毎日あった。点滴とイレウス菅でつながれていますから、動くに動けません。

つくづく老体になってきた感懐に落ち込みます。この数年間の四度も入退院を重ねています。少しずつ小規模の崩壊を繰り返しつつ、どーんと破局を迎える崖の土砂崩れをわが身に重ねます。こっちの感懐は、諸行無常の響きあり、という感じ。

点滴を引きずって、歩けるようになって、4人部屋が続く病棟内を歩いても、どの部屋もご老体ばかり。女性が多い。目立つのは、骨折患者たち。腕を吊り、よちよち歩き、足を引きずり、杖をつく。おそらく骨粗しょう症なのではないかな。

15日間、相部屋(4人)になった人たちは、入れ替わり含めて、延べ7人。閑人とおなじ消化器内科系が5人、整形外科系が2人だった。男性が年を取り、体に疾病を抱えると、どういうことになるか。

献身的な看護師や理学療法士に、いつも感謝の言葉を口にして、指示をしっかり守り、おとなしく療養に努めている良識ある人物は2人いました。患者の鑑です。ムダにトシをとっていません。

しかし、医師指定の痛み止めではなくて、坐薬を出せ、オレを朝まで寝させないのかと野太い声で看護師をしかりつけるおっちゃん。夜中に尿瓶を床に落として、ベッド回りを尿の海にしたおじさん、一晩中、菓子袋やレジ袋をカサカサ、ぐちゃぐちゃ、引き出しを音を立てて開け閉めするおっさん。見舞いの家族と口喧嘩が絶えない爺さん。いやはや”百鬼夜行”です。

おおむね、高齢者というのは、人の迷惑なんかどこ吹く風といった”無分別人間”に変身してゆくものらしい。やはり、いちばんの理由は、心身の劣化現象ではないか。

とくに長命というのは、本人の意思が及ばぬ現象だから、成り行きに任せていたら、精神のタガが緩んでいくようです。自戒を込めて、そう思いましたね。


*1 もともとしっかりした思想信条にもとづく右翼、極右ではなく、権力者がそうなら、そうした言動をとる方が世渡りの得だとおもねっている人間のことと理解しています。

先の大戦は、アジア解放の正義の戦争だった。新憲法は押し付けられたもので改憲は当然、東京裁判は間違っている、教育勅語こそ道義大国になる根本精神などと言い募って、アベに群がる連中のこと。おべっか政治家、御用学者、評論家などのほか、サンケイ、読売はじめ右翼雑誌などマスコミにも目立つ。

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