”忖度だんだん”劇

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例の森友学園への国有地払い下げ問題。
25日の週末までに行われた証人喚問、参考人喚問で、わかったことは、すべてアべ政権の”忖度だんだん”で進められた結果、国民みんなの財産が、極右教育ビジネスに激安でたたき売られたということです。

想定されるシナリオを要約すると

愛国教育を自慢する幼稚園.。保護者からアキエへ一度視察に来られては、、、という誘いがあり、それにのって、アキエが籠池の塚本幼稚園を視察。教育勅語の暗唱や「アベ首相がんばれ」の大合唱に感激して、これぞニッポンのあるべき教育とアベに進言した。アベもまた「私の考えに近い教育と共感」し、視察と講演を約束した。ここまでが導入部。

一方で籠池夫婦は、幼稚園だけでは満足せず、ゆくゆくは小学校から高等教育までの一貫教育施設の開校構想をアキエに語り、アキエも当面、開校予定の小学校の名誉校長に就任を引き受ける。このような意気投合の場面だから、例の100万円の授受も、想像に難くない。

むろん籠池側が計画している国有地の払下げについても、それなりの協力を言葉あるいは態度でみせた。籠池夫婦を、そう”忖度”したにちがいない。

籠池側は29年度開校で児童募集を開始。ところが、肝心の国有地払下げの実務処理に手間取った。「開校に間にあわない」。ここから籠池夫婦は教育方針で同志になったアキエへお願い、陳情のラッシュが始まる。

やり取りを通じて、アキエはいつしか籠池夫妻と昵懇の仲となり、いっぱしの「政治家的」(籠池証人の言)気取りで、関係省庁へ「内閣総理大臣夫人付秘書」を通じて声をかけるなり、問い合わせなりをして、協力した。籠池が証言した「神風が吹いたかのように急転直下の動きとなった」とは、このことだろう。

「内閣総理夫人・アキエ」と「内閣総理大臣夫人付秘書」が動くと、関係官庁の役人は、ためらうことなく、忖度につぐ忖度を積みかさねたと見るのが自然。役人は保身が身上なのだ。

しかし、妙なところに妙な名前の学校建築が進む現場を不審に感じた一人の豊中市議が土地払下げについて近畿財務局へ資料開示を求めたところ、購入者名までが黒塗りされた文書が提示されたことから、世にも不可解な払下げが露見した。ここから新たな展開が始まった。

こうした経緯をみると、「アベの肝いり」、「アキエが名誉校長」、「総理夫人付秘書からの照会」。こんなキーワードが付く案件を関係官庁の役人が忖度しないはずがない。この国の役人は、こうした横車を無視して、法令を遵守する公僕である。国民は誰一人そう信じていない。

忖度とは、あまり普段遣いする言葉でないが、この国に蔓延している人間関係に欠かせない心理状態のこと。一時はやった”空気を読む”と同義語です。古くからある”阿吽の呼吸”もそうに違いない。

たとえば、暴力団の組長は、ライバルをやっつけるときに子分に対して「やれ」とはいわないもの。子分が勝手に殺意を「忖度する」のです。無能社長が毎度同じことしか言えなくても、社員は苦労して真意を”忖度”せざるを得ないのです。企業では忖度上手が出世すると言っても過言ではありません。

ネットの類語辞典シーソラスによると、忖度とは「相手の立場を考えて物事を行うこと」とあり、その類語として、次のような言葉を上げています。

「気をまわす ・ 気遣いをする ・ 気づかいをする ・ 勘ぐる ・ 斟酌する ・ 思いを汲み取る ・ 思いを汲む ・ 思い遣る ・ 思いやる ・ 気を利かす ・ 気遣う ・ 気を利かせる ・ 心を汲み取る ・ 気持ちを汲み取る ・ 気持ちを推し量る 」。

かつてハシモトが大阪市長のころ、厳しい内容の職員基本条例案を提案したとき、「組織(市役所)自体が市長の顔色をうかがわないで誰の顔色をうかがうのか。僕の顔色しっかりうかがってもらって、方針にそって組織を動かしてもらえばいい」とのべて物議をかもした。ハシモトは公務員は、全体の奉仕者、市民のためにあることを、とんと理解していなかった。(*1)

権力者が、これほど露骨に忖度を強要することはマレだが、アベらは、下僚たちが忖度することをを重々承知しながら、問題について「関与」も「圧力」も「口利きもなかった」と言い張っています。まさに唾棄すべき傲慢横暴です。

民進党の議員が、参考人に呼ばれて、天井を見上げながら憮然とした役人たちを前に「こんなアベ政権の尻ぬぐいをさせられて可哀そう」と言っていた。

「忖度」についてアメリカ人放送プロデューサーのデーブ・スペクターさんは以下のように話しています。
 「忖度(そんたく)」は、便利なようでずるい日本語。「よろしくお願いします」って、色んな意味を含み過ぎて英訳できない。その悪い部分が前面に出たのが、森友学園の問題なんだと分かった。当人たちはその自覚もなさそうで、なおさら怖い」。(*2)
 
ユダヤ人数百万人を組織的に虐殺したナチ親衛隊のアドルフ・アイヒマンは,死刑になる裁判で「私は命令に従っただけで、歯車の一つに過ぎない」」と弁明した。忖度は命令ではない。不可解なことに加担した役人たちは、こういう命令だったと弁明の声を上げることさえできない立場になる。

アベはムキになって「密室でのやり取りだから水掛け論だ」とか「仮に100万円寄付しても違法性はない」など”だんだん”という趣旨の答弁をしているが、こういうのを語るに落ちるというのだろう。

「忖度」も「空気」も「阿吽の呼吸」も、物証ではない。物証が無ければ逃げおおせられるとタカをくくっている連中に鉄槌がおりる日が近いことを期待したい。なにしろ、ほとんどの国民が、アベの口利きがあったと”忖度”しているのですから。

(写真はGOOGLE画像検索から引用)


*1 moltoke_Rumia1pのブログ
   http://ameblo.jp/moltokerumia1p/entry-11222745415.html

*2 【森友学園】「忖度」は英語でどう通訳された? 籠池氏会見で外国人記者に
   http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/23/moritomo-sontaku-in-english_n_15572790.html

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