二つの式辞考

セミたちの気がふれたような大合唱、赤い百日紅の花が窓の外に見えます。
行く夏の午後、全国戦没者追悼式での二つの式辞について、考えます。

天皇は、こう述べています。

「ここに過去を顧み、深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」


(*1)

先の大東亜戦争(開戦時の正式呼称、戦後、連合軍側の呼称では太平洋戦争)を念頭に反省と将来での非戦を希求しています。

もう一つの式辞はアベ。天皇とは対称的に大東亜戦争について、被害を与えたアジアの国々と人々への加害責任も謝罪も一言も述べていません。アベにとって第二次政権発足いらい5度目の式典ですが、そのような趣旨には一度もふれていません。

これがアベや日本会議とか、あのイナダとか、あのカゴイケら、極右に共通する歴史認識です。つまり先の大東亜戦争は、自存自衛のための聖戦であり、アジアの国々を欧米植民地からの解放であったと美化する史観によるからです。

こうした歴史認識を持つ人が、少なからずいます。いまの政権の主潮ですから、本気でそう考えている少数者に加えて、それになびいた方が得策と打算している大勢の”営業同調者”が追随しています。

開戦時の商工大臣、のちの首相、キシ・シンスケでさえ、「あれは侵略だった」(*2)と述懐しているにもかかわらず、その孫、シンゾウは聖戦説を信奉しています。聖戦説に立つならば、敵は成敗するもので、心の痛みも反省もあったもんじゃないのです。

従って、アベの式辞はこうなります。

いま、私たちが享受している平和と繁栄は、かけがえのない命を捧(ささ)げられた皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであります。私たちは、そのことを、ひとときも忘れることはありません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます。


(*3)

310万人とされる戦没者を追悼する式典です。どちらが戦没者に誠実に向き合っているか、言うまでもありません。なぜ、かくも大勢の戦没者が出たのか、アベの式辞では、よって来る所以に触れていません。過去を反省することなく、現状を肯定し、かつ未来に明るい展望があるとは決して思えません。

こうした式典など述べられる先の大戦による「尊い犠牲者」という言葉に、いつも違和感を感じています。戦没者はかけがいのない命を国家のために進んで捧げたのか。「尊い犠牲者たち」は、ほんとうに自らを「尊い犠牲者」と納得しているのだろうか。むろん、いまになってその心境を知る由もないが、「尊い犠牲者」になりたくなかったのではないか。

まったく不条理にも、死地に追いやられ、あるいは撃たれ、焼かれ、あるいは病い得、あるいは孤立無援のなかで餓死したりしたことに得心しているのだろうか。「尊い犠牲者」として祀られた人々の慟哭や無念の情を想うと誠に痛ましい。

犠牲という言葉には、祭祀でのいけにえを意味したり、何事か企図した目的を果たすために、やむをえず大切のモノを失うという意味があります。少なくとも目的に沿うために不作為に生じる損失という意味があります。

犠牲者という言葉を使うのなら、こういうかたちのものに対してなら、適切ではないか。かつて訪れたあの黒四ダムの畔には建設に伴う殉職者171人の慰霊碑があります。これは犠牲者碑であります。調べてみると、青函トンネル工事では殉職者34人、東海道新幹線建設の陰に210人の殉職者、、、、、。

また、子どものころ知った偉人のエピソード。天然痘予防のためにジェンナーが 幼子に牛痘を植えつけて、疑似天然痘に罹らせたり、華岡青洲が母と妻に手術を試み、母を死なせ、妻を失明させたあげく麻酔手術を成功させた、というような人類に寄与した犠牲譚です。完成したダムからの電力や鉄道や治療法の恩恵にあずかっています。まさに「尊い犠牲者」たちによるものです。

先の大東亜戦争で大日本帝国が開戦を企図した狙いは、いわゆる「開戦の詔勅」にありますが、そのどこを見ても、自由と民主主義、主権在民を守る立憲主義の確立や自由主義経済など、現在,国民が享受している社会体制を実現するためとは一言半句も書かれていません。つまり、目的はぜんぜん別にあったのです。

開戦日である昭和16年12月8日 天皇の詔書に書かれているのは、

bun.jpg

米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。(中略)
ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。 皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。


(*5)

要するに、「(数年続く)日中戦争は埒があかない。その背景には米英の支援がある。このままでは東洋での覇権をたくらむ米英は大日本帝国にも野望を向けてくる。神とされる天皇制を継ぐ私としては、この国体を守り、東アジアの平和を確立するために立ち上がる」というふうに解されます。

戦後の日本は、アベが述べる「尊い犠牲者たち」が、まったく予想もしなかったような国家体制に変化しています。尽忠報国、一死報国、鬼畜米英打倒、、、「尊い犠牲者」たちが頭に叩き込まれたスローガンとは、なんのつながりもない国家に変身しているのです。

神がかりであった戦前の表現でいえば、あの世界に冠たる万邦無比で万古不易ーーーあらゆる国々に比べようがないほど優れ、永久に不滅であるーーー神国ニッポンは、跡形なく消えてしまったのです。

たとえて言えば、厳冬の富士山に無理やり登らされたために累々の遭難者を輩出したが、矢つき、刀折れたあげく到達したところは、そこはデナリ山(アメリカの最高峰)であった。こんなシュールな展開になったことになります。

戦陣に駆り出され、かつ銃後を食うや食わず守った人々からすれば、話がちがうじゃないか、という顛末です。あの神がかり、、いまやアベたちの懲りないアタマの中にしか残っていないのです。

アベの式辞は、本来、こんなのがふさわしい。せめて「多大の損害と苦痛を与えた」と詫びた「村山談話」(*4)の精神に触れたあとで、

「いま私たちが享受している平和と繁栄は、先の誤まった戦争を直視し、国家のあるべき姿を民主的に改革する一方、亡くなられた大勢の方々の無念に思いをいたしながら、勤勉な国民の不断の努力の上に築かれたものであります。」


(写真はGoogle画像検索から引用)

*1 宮内庁 主な式典におけるおことば(平成29年)
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/14

*2 安倍首相の祖父・岸信介衝撃発言!あれは「侵略戦争だった!!」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Pp-ocj8TrDU

*3 平成二十九年 全国戦没者追悼式式辞
    http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2017/0815sikiji.html 
    首相官邸

*4 外務省 「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)
   http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html

*5 詔書から筆者が一部を引用。改行も。

コメントの投稿

非公開コメント

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
プロフィール

tajifu

Author:tajifu

ブログ内検索
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる