飛蚊症

朝、目を覚まし、そのまま白い天井を眺めていたら、視野の先がいつもと違います。天井にコウモリのようなかたちの小さな影が見えます。目を動かすと、黒いコウモリもいっしょに動く。

若いころから飛蚊症を持っていますので、小さい虫のようなものが飛ぶのにはなれていますが、こんなかたちのモノが目に現れたのは初めてのこと、飛び起きました。

なにしろ左眼が三年ほど前、突然、失明した身。このうえ、見えている右眼にも異変が起きたら大変とあって、恐ろしくなり、行きつけの眼科医へ。

なにやら薬剤を点して20分ほど右眼を閉じていたあと、眼球の写真を撮り、簡単な診断の結果、そうとう年配の医師の診たてでは、「飛蚊症ですな。飛蚊症には大小、形もさまざまあるが、この程度なら、大丈夫。網膜剥離なんかにはつながらんでしょう」。

というわけで一安心。飛蚊症には生来のものと疾病のものとがあり、疾病のものは網膜の膜が大きく剥がれたり、黄斑部がはがれると、視力低下、失明という事態に進むらしい。そうなると、目先が真っ黒になるそうだ。怖いなあ。

医師は「僕にも大きな飛蚊症を持ってますよ」と笑っていた。ふだんぶっきらぼうの老医師は左眼失明いらいの付き合いだから、おもいやってくれたようです。

司馬遼太郎のエッセイには、よく自身が飛蚊症であることを書いています。たいがいは自力では、どうしようもないことのたとえに使っていたような記憶があります。

天変地異の自然災害はじめ、神も仏も及ばぬ事柄は森羅万象に多々あります。西洋文化はそれらを科学的、合理的に解析、抑え込もうと挑みますが、東洋の文化では、諦念をこめて受容し、共存しようとつとめます。

とはいうものの、さる高僧ががんになったとたん、慌てふためいたという逸話や、さる実業家が病床につくや、山のような大金を積んで特別な治療を懇願したという体たらくもあります。要するに、往生際になると、受容と共生の東洋文化もあったもんじゃない、欲望丸出しというのが現実のようです。葉隠れの武士道なんて、ありもしない建前といっしょで、内実は、ガタガタです。

右眼まで失明するのかと心配しだすと、恐ろしさが止まらないだけに、この新しい飛蚊症の出現には驚かされました。春なお浅い朝の一幕でした。

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