君君たらずとも

サガワ某の証人喚問は、予想どうりの茶番劇でありました。サガワは上には忠誠心をいかんなく発揮し、すべての責任は部下にあり、自分は立場上、たまたまその職にあったため責任があるといえばある、という逃げの証言しました。

むなしい一幕が終わると、いろいろな有識者がもっともらしい見解を述べていました。自民党幹部のように、「これで一件落着した」という発言を除けば、いずれも当たらずとも遠からずです。おしなべて証人喚問の限界に不満を抱く内容です。

そのなかで、核心部分の経緯や理由について回答を避けるサガワの姿勢を批評した前文科次官、前川喜平さんの言葉が心に残りました。前川さんは、こう述べています。

「封建時代の君主に仕える家来のイメージで見ていた」と説明。「『君君たらずとも臣は臣』とも言うが、どんなに主君がひどい人でも、仕える者は命がけで仕えるんだという封建時代の倫理を感じた」と語った。

(*1)

サガワにとっては、「アベ一派のお家大事」が第一であり、次にそうすることによって「家禄」を守ることに必死だったというわけ。21世紀のいま、国民のためではなく、一部の権力者へのへつらい、わが身の保身だけを汲々と語る時代錯誤の公務員の正体を見せられたもので、すこぶる後味が悪い。

公務員は国民全体の奉仕者であり、一部の党利党略に加担するべきものでない、という民主主義の原理を口に出すのもアホらしいような話です。あれほどまでしてアベ一派への忠誠心をあからさまにし、保身を図りたいのか。権力者の威を借る役人へ憐憫の情さえ浮かびます。こうした気分のときの憐憫の情は、軽蔑よりも、なお深い感情です。

喚問する側だった国会議員、なかでも自民の質問は語るに落ちた。ここでも民主主義を語るのがむなしいほど、堕落ぶりでした。国民の共有財産であるべき公文書が行政の都合で改竄されているのを知らされず、一年以上、国会で議論をしていた。

政権と行政が裏で手を結び、国会、つまり国民全体をだましていたことに何の怒りも反省もなく、騙されていたことを容認する自民党とは、いったい何なのか。

自分の責任について、たまたま破格払い下げが発覚したから、仕方なく自分の責任を認めただけで、ほんとうは、そうではないというニュアンスが込められていました。これは、サガワにすれば、巡り合わせが悪かったという気持ちなんだろう。

実際、サガワが財務局長になったときは、すでに取引は終わっていたからです。改竄の件の前に破格払下げがあり、この点はサガワの前の局長であるサコダが噛んでいるのは間違いない。カゴイケの愛国教育に共鳴したアベとアキエが総理秘書官、イマイやアキエ秘書、タニサエコを操り、暗躍したのもサコダ時代です。

悪いヤツをいつまで眠らせるのか。


*1 https://www.j-cast.com/tv/2018/03/29324848.html?p=all






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