メディアの包囲網

何か事が起きると、その事の当事者はメディアのかっこうの餌食にされる。一見して当事者になにがしかの非が認められるときは、いっそう凄まじく食い荒らされる。こういう状態をメディア・スクラムと言っている。ヤクザの仁義なき集団になっちゃう。

この状態はラグビー選手たちがスクラムを組んで攻撃する態勢になぞらえられている。新聞、雑誌の印刷メディア、ラジオ、TVの電波メディアのほか、近年はネット配信の個人HPやブログも参入して、一斉砲火を浴びせる。徹底的に叩きのめす。有る事、無い事をカサにかかって、批判、非難、罵詈雑言の矢を放つ。集中豪雨的報道とも言われる。

矢を射られる対象には官と民がある。官は国民の税金で職務を委任されている官庁とそこで働く公務員(いまや死語になりつつある公僕である)がいる。彼らは資本主義の激しい競争社会の埒外にあって税金で生計を保証されて、国民の生命、財産、安全安心を計る崇高な任務についている(ことになっている)。彼らは、その職務を希望して宣誓して業務についている。であるから、プライバシーの保護についても制約を受ける。

官庁と公務員諸君が不正や不祥事を起こすのは、宣誓違反である。つまり、国民の負託や信頼を裏切る行為だから、彼らが起こした問題の根源まで掘り起こして、徹底的に再発を防ぐ報道するのは当然である。たとえば、イージス艦の衝突事件は、いくらでも批判し、原因追及されるべきだ。

しかし、民、つまり民間の私人はちょっと事情が異なる。プライバシーを侵害されたり、名誉毀損にさらされないようにしなければならない。
ホリエモンや姉歯元建築士でも、法的保護のもとでは、現状は推定無罪
の立場にある。

なのに言い分に耳をかたむけないまま、一方的に社会的制裁を下す。現状は起訴、量刑という法治国家の手続きを受けるまえに報道によって断罪されている。ホリエモンなんかマスコミの手のひら返す豹変に驚いているようだが、マスコミは変わり身が得意なのである。平気でチェンジング・パートナーをやる。

この国のマスコミは、体験的にも言えることだが、権力、金力、暴力に
弱い。強者に弱く、弱者を挫く。強者がほころびを見せたり、失態を見
せるとなると、食いつく。

プライバシーや少年法の一部の遵守を除けば、言論の自由は完全に保障されるべきだと思っている。言論の自由は国民が最後まで守るべき砦だが、集団威嚇のようなメデイア・スクラムは執るべきでない。言論への不信をいっそう募らせる。

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