温暖化

北海道で季節はずれの夏日があって驚いたら、
こんどは雪だという。大阪でも急に寒くなり、しまいこんだ
セーターを引っ張り出したり、コタツをセットし直した人の話を
聞く。遠くビルマのサイクロンの暴威も空前のものである。

こんな気候変動があると、そこらへんの(失礼)オバサンや
オジサンまで、急に大局的で、学術的な問題に目を向ける。

「やはり地球温暖化のせいかな」
「ほんと昔はこんなことはなかった。地球は大丈夫なのか」
「孫が大人になるころには日本も熱帯になるってねえ」
こんな漠然とした,だが、切実な不安、危惧の嘆息を話している。

季節やお天気の話題は、日常的にだれにも好まれているから
晴れたの、雨だのと一喜一憂するけれど、昨今のように気候変
動を見聞して地球環境の将来や人類の暮らしの安全にまで、
ふだんの会話に現れるのは、やはり異常な事態だな。こんな
心配をする人々がこんなに大勢居るのは、人類史上初めてだろ
うな。空から天が降ってくることを心配した中国人いらいのことで
ある。

いまもって地球温暖化なんて、人間の経済活動の負の結果
ではない。地球と宇宙にかかわる大きな自然現象のせいだ、
氷河期があったように、温暖化期がやってきたのだ、、、という
説を唱える人もいる。

世界の経済活動を引っ張っている企業や工業化を望む開発途
上国は、温暖化の原因を経済活動のせいにしたくないし、温暖化
抑制のために高いコストを負担するのに消極的である。

北海道で今夏開かれるサミットの主要テーマに温暖化が取り
あげられるが、あの会議は年一回の首脳の顔合わせにだけ
意義が残っているような無意味な会合なので、おそらく何も
進展しない。論議するポーズに終わるにちがいない。

簡単に言えば、温暖化が人間活動のもたらしたものとすれば、
損すること、暮らしの水準を今より下げること、この二つの命題
を甘受しなければならないが、そういうプログラムは、これまで
の人類の汗と涙の「進歩」を全否定するからである。

結局、筆者もふくめて世のオジサン、オバサンたちの疑念は
これからも氷解することなく、空を仰いで、あれこれ嘆息する
ばかりであろう。

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