水着

水泳の世界で、どの水着を着て泳ぐかが大きな話題になっている。
イギリスのスピード社製の水着だと、新記録が続出しているからだ。

むかし棒高跳は竹を利用していたが、グラスファイバー製の棒を使う
と飛距離がいちだんと伸びた。議論があったが、結局、一般に採用
された。野球やゴルフのボールなんか常に改良されている。あらゆる
スポーツの靴などは、改良に改良を加えつづけていると言ってよい。

こうした機器の使用によって、スポーツ能力を伸ばすのは、いんちき
である面が強い。ほんらいの人間の最大限の能力の競いあいには
不純な要素が入りこむからであるが、裸でやらない限り、そうはいっ
ても時代が追及した科学の成果からまっく距離を置くこともできない。

水泳などスピードを競う争いは百分の一秒単位の争いで順位が決まる
から、ほんのわずかな水着の差異で記録が違ってくるが、水着自体に
スピード性や浮力や人の運動力をサポートする性能があるとすれば、
それは人間力の争いというよりは、水着の争いである。

問題をややこしくしているのは、すべてビジネスや名誉や威信が、水着
問題の背後にあるからだ。メダリストとそうでない者は、その競技世界
で生涯受ける利益が違う。企業の景況や競技連盟の威信や名誉も
違ってくる。

日本の水連はいまのところ三種の企業の水着を公認してきた。三種を優遇
しているからには、おそらくしかるべきものが水連に寄付されているにちがい
ない。互恵の関係であろう。有名選手も各自が水着メーカーとイメージキャラ
や支援金協力を結んでいる。これも相互扶助である。スピード社製を利用して
、いい記録を伸ばすために大きなジレンマが生じているゆえんだ。

水連は既存の三社にたいしてスピード社のものと似たような水着改良が
出来ないかと持ちかけて、先日その成果の発表があった。これに満足しな
い選手が本番でスピード社のものを着用することが予想されるし、水連は仮
に公認規制が無視されても、メダルを獲得したりすれば、ほとんどお咎めをし
ないないだろうことも予想される。「勝てば、すべてよし」の世界であるからだ。

水着問題だけでなく、スポーツは、ある種のストイックで厳格な規制のもとで、
競技運営をしなければ、いずれサーカスのようなショーとなり、古代五輪が衰
退したように人々から離れてゆくだろう、な。

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