開会式余話

北京五輪の開会式に先立つセレモニーは、大ががりな演出を凝らして観る者を圧倒した。
場面転換に花火を打ち上げるというのは、中国らしかった。だが、感動の一夜あけてから、ポツポツと
演出上のボロが露呈されてきた。

一つは天空に打ち上げられた花火が、巨大な足跡の形となり、1歩1歩、鳥の巣に近づいてくるのは、CGの合成だった。TV画面で配信されただけで、実際にはなかった。

二つは九歳の少女が愛らしく中国革命を称える独唱が、口パクだった。実際には事前録音された別の七歳の少女の歌だった。かわいそうな九歳の女児!!

三つは国民を構成する56の民族衣装で行進した56人の子どもたちは、みんな漢族だった。ウイグル族もチベット族もいなかった。

三つ目のは、そういう各民族に扮する演出があってもいいが、それなら出ているのは各民族代表ではないと断るべきであって、あたかも民族融和のシンボルのような紹介の仕方に問題がある。

セレモニー演出は国際的に認められた映画監督、チャン・イーモーが総監督を勤めたとされるが、彼がすぐに露見するような馬鹿な仕掛けはしないであろう。共産党独裁の中国指導者が国際社会で威信を発揚するために、相当なムリ強いをしたであろうな、という気がする。おそらく、これからもっと五輪運営上の信じがたいボロがでてくるような気がする。

五輪が終わったあと、中国の最大の課題は、やはり基本的人権の尊重や政治の民主化をどこまで容認するかという命題に戻ることになるだろう。

コメントの投稿

非公開コメント

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
プロフィール

tajifu

Author:tajifu

ブログ内検索
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる