正当性

昨夜(30/Oct)のアソウさんは,追加経済対策についての記者会見で、総選挙対策のバラマキを発表した。そのあとの質疑応答の場面で、記者がこういう趣旨の質問をした。

「もう三代にもわたって国民の信任を得ていない首相が続いているが、首相はその正当性に関してはどう思っているのか」

 これに対し、アソウさんは
「わが国は議院内閣制であるから、合法的であり、なんの問題もない。大統領制と違うのだ」

たしかに議院内閣制は、多数党(連立党)のなかで首相を選ぶ権利を憲法で定めている。とは言え、わずか任期4年間のうち三年足らずでコイズミ、アベ、フクダ、アソウと四人目の首相が就任するのは、異常な事態であると考えるのが国民感情である。

その異常性について、政権のトップにいるものは、何か感じることはないのか、と記者は質しているのだが、アソウさんは合法性を盾に、本質的な回答をはぐらかした。

合法であれば、すべてOKというものでもあるまい。たとえば死刑制度は、この国では合法であるが、その制度に論理的に反対する人もすくなくないし、制度があることに不快感を持つものも相当数いる。国際社会では死刑制度は廃止されて、死刑がはもはや合法でないのが大勢を占めている。つまり、合法だということは人工的なお約束に過ぎず、説得力に欠ける場合がある。

総選挙の首班指名でコイズさんが総理になったのは、議院内閣制の趣旨通りであって問題がないが、あと有象無象はタライ回しである。タライ回しまで議院内閣制は担保しているとは思えない。大切なのはタライ回し政権についての常識的な国民感情である。

自民党内には当面の総理志願者が、かっこだけの総裁選で見る限り、あと四人居るようだが、彼らを一ヶ月交代で、みんなを総理にすることも合法的、可能である。合法性がいつも正当性を保障するものではない。内閣は国会に対して責任をもつ。この場合の国会とは衆議院なのだが、もう一つ参議院は拘束力がないとはいえ、現政権を否定する民意を抱えているのである。

アソウさんは、正当性について、国民感情や直近の民意にたって、丁寧に答えるべきであったろう。彼が永年の夢を実現して喜んでいることと国民感情とは別個のものである。追加経済対策のなかには、たとえば、四人家族に現金数万円交付とか。これは見え見えの選挙目当てのバラマキ。アソウさんは、徳政令みたいに得意になっているが、正しい有権者はこうして対処しよう。

呉れるものは、ありがたくもらっておいて、でもね、一票の行方は別腹よ、と。

やすやすと懐柔されてはなりません。

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